第151話 評価の結果

統一歴九十九年四月十六日、午前 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア



「・・・かような次第で、カエソーとこれに控えるレムシウス・エブルヌスアントニウス卿は一度帰らせていただくことと、あいとなりました。

 降臨者リュウイチ様のお傍を辞するのは、いささか名残惜しくは存じますが、これも公務にござります。

 後はこちらに控えまする大隊長ピルス・プリオルバルビヌス・カルウィヌスが軍団兵レギオナリウスと共に引き続きアルトリウシア支援のために残留いたしますゆえ、我らサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアへ御用の折はこの者にお申し付けください。」


 サウマンディア軍団の代表としてアルトリウシアを訪れていた筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスカエソー・ウァレリウス・サウマンディウスはうやうやしく頭を垂れてあいさつの口上をのべた。

 その両脇には同軍団の軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムであり元老院議員セナートルでもあるアントニウス・レムシウス・エブルヌスと、カエソーの紹介を受けた大隊長のバルビヌス・カルウィヌスが控え、カエソーと同じように頭を垂れる。



『お役目ご苦労様です。

 短い間でしたがお世話になりました。

 特にレムシウス・エブルヌスアントニウス卿には無理な両替えしていただき助けていただきました。』


「とんでもございません!

 本来であれば即座に全額両替えできていてしかるべきものを、たった半分しか両替えできず、残りはお待ちいただくことになりました。

 我らの力不足を恥じ入るばかりです。

 それよりも帝国の経済政策に極めて有力な御助言をいただきましたこと、こちらこそ御礼を申し上げねばなりません。

 いくら言葉を尽くしたところでこの感謝は言い尽くせませぬが、まことにありがとうございました。」


 リュウイチの礼にアントニウスはやや大げさに応える。


『まあ、あれも素人考えですので、上手く行くと保証できるものではありませんが・・・』


御謙遜ごけんそんを!

 降臨者リュウイチ様のあの御助言がなければ我々は成功するはずもない政策を執り、帝国の経済を確実に破綻させていました。

 それを回避する機会がもたらされた、それだけでも大いなる恩寵おんちょうと呼べましょう。

 無論、細部で色々調整もすり合わせも必要になりましょうから具体的な事は帰京の後に詰める事になりましょうが、それはあくまでも我らの仕事、我らの責任。

 良い結果を御報告できますよう、微力を尽くさせていただきます。」



 そう言うアントニウスはホクホク顔だった。貴族や商人ならお世辞、お追従の類は口からポンポン出て来ても不思議は無いのだが、彼の顔を十人が見たら十人ともアントニウスは本心で言ってるのだろうと確信するだろう。

 実際、彼にとって現在執ろうとしている政策が確実に失敗するであろうという観測と、金の先物証券というアイディアは空前のビッグチャンスだった。


 まず確実に降臨者・・・それも伝説の《暗黒騎士ダークナイト》その人との間に元老院議員として初めて接触し、友好関係を持つことが出来たというその一事だけでもかなりな功績となるだろう。しかも、帝国の経済政策に対する降臨者からの助言をを持ち帰るのだ。

 アントニウスの元老院セナートスでの地位は大きく向上するはずだ。


 そして、金の先物証券・・・このアイディアは新たな金鉱山の共同出資者の一人でもあるアントニウスにとって巨大なビジネスチャンスである。

 金鉱が枯渇していた帝国で新たな金鉱を開発する・・・ただでさえその利益を独占できることが確実な鉱山開発への利権を手にした時点で、すでにビジネスは成功したようなものだった。しかし、ただ金を採掘しただけでは、採掘した金の価値分の利益しか得られない。


 だが、もしも帝国が金の先物証券というアイディアを採用すれば、やり方次第で金貨の相場が崩れるより早く未採掘の金を銀貨へ替えることができる。それが出来るのはおそらく最初の数年程度であろうが、実際に埋蔵されている金の数倍に相当する銀貨を得られるだろう。その増大分は莫大なものとなるはずだ。


 アントニウスにはそれを帰京後速やかに実現させ、その富を獲得する目算があった。もちろん、そのことは誰にも話してはいない。情報は秘されてこそ武器になるのだ。

 そのチャンスを与えてくれたリュウイチには文字通り感謝しかない。ホクホク顔になるのも当然だった。



「しかし、本当によろしいのですか?

 をお借りして・・・」


 満面の笑みを浮かべるアントニウスをよそに、カエソーが少し心配そうにリュウイチに尋ねる。

 とは、昨日性能評価した武具の一部だった。各種のロリカなどの防具や刀剣類で、防具はいずれも銃撃を受けて穴が開いたり弾痕が残っていたりして無事な物は一つもない。


『ええ、どうせ使えませんし・・・それに、貸すのは別に良いのでしょう?』


 それらはいずれもこの世界ヴァーチャリアでは聖遺物と呼ばれる貴重品である。傷ついているとはいえ贈与すれば大協約に違反し、恩寵独占を問われる可能性が高い。

 今回はあくまでも貸すのであって、返してもらう事を前提としている。そして、その資料情報はいずれ公開する事としておけば恩寵独占を問われることはないだろう・・・という目論見であった。


 属州アルビオンニアに降臨したリュウイチなる降臨者がどういう存在かを説明するための材料として、カエソーがサウマンディアに、そしてアントニウスがレーマへ持ち帰ることとなっている。


「はい、なるべく速やかに御返却申し上げるつもりです。

 また、仮にお返しする前にリュウイチ様が《レアル》へ御帰還あそばし、御返却がかなわなかった場合はムセイオンへ送り、世界の共有財産として保存されるよう取り計らいましょう。」


『そうしてください。

 こちらとしては、むしろ奴隷にあれらを持たせても良いと言って貰えた方こそが「ホントによろしいんですか?」なんですが。』


 結局、昨日の試験に供した武具については全て奴隷に持たせて良いという回答が出されていた。


「それにつきましては繰り返しの御説明になりますが、あれらはいずれも確かに素晴らしい逸品ばかりで、その性能もこの世界ヴァーチャリアの物を隔絶しておりますが、あれらを身に着けた奴隷が暴れたとしもさほど脅威とはならない、という結論に達したがゆえでございます。

 あれらの防具は確かに短小銃マスケートゥムの銃弾に対し優れた耐弾性を発揮しますが、装備者は被弾の際の衝撃には耐えきれないであろうと判断いたしました。

 また、刀剣類につきましても刀剣として強力ではありますが、刀剣では銃には勝てません。」


 同席していたアルトリウスが説明する。

 その説明は本日二度目だった。一度目は昨日の試験結果を検討した結果、奴隷に持たせても良いと判断したと、今朝リュウイチに報告した際に行っている。



 アイアン製の防具の性能はこの世界ヴァーチャリア産の最上級の鋼鉄製防具と同等かやや上回ると判定されている。

 スチール製とミスリル製の防具は耐弾性能ではほぼ同等でアイアン製の三倍強ほど。ただし、ミスリル製はスチール製よりも圧倒的に軽く、スチール製の七分の四程度の重さしかない。


 問題はその重さだった。

 いくらアイアンがヴァーチャリア産最高レベルの鋼鉄と同等の耐弾性を有し、スチール製はその三倍という性能を誇ったとしても、銃弾に堪えるにはそれなりに鈑金の厚さが必要になり、当然重くなる。

 至近距離での被弾にも耐えるようなレベルの防具となると、重さゆえに動きが鈍くならざるを得ない。

 そこでスチール製と同等の防弾性能を持ちながら半分ちかい重さしかないミスリル製が魅力的に思えてくるのだが、今度はその軽さが命取りとなるのだ。


 銃弾が柔らかい物体に当たったとしよう。銃弾が持つ運動エネルギーは物体を破壊して、銃弾は余った運動エネルギーで突き抜けてしまう。

 銃弾が硬い物体に当たったとしよう。銃弾の運動エネルギーは物体に伝えられはするが物体は破壊されない。その代わり、伝達された運動エネルギーは物体を動かそうと作用する。

 それが例えばヘルメットなら、銃弾によって運動エネルギーを伝えられたヘルメットは動かされ、ヘルメットを被っていた頭にぶつかることになり、衝撃となって頭を揺さぶる。


 ここで、ボールを投げて空き缶にぶつける事を想像してほしい。

 空き缶が空っぽならば、ボールをぶつけられた空き缶は軽々と飛ばされてしまう。しかし、空き缶の中に水や砂が詰まっていたら・・・その重さゆえに空き缶は飛ばされず、その場に倒れるだけで終わるだろう。

 同じ運動エネルギーが加えられるにしても、軽い物はそれだけ大きく飛ばされ、重たい物はその重さによって運動エネルギーを吸収してしまう。


 ヘルメットも同じで、重たいヘルメットは銃弾の運動エネルギーをその質量で吸収し、衝撃力を減衰させて頭に伝えるが、軽いヘルメットは衝撃を減衰させることなくそのまま頭に伝えてしまうのだ。


 これは昨日の実験で試した刀剣のうち、スチール製とミスリル製の切れ味に大きな違いが生じた事を受け、更に実験を重ねた結果判明した事実だった。


 刃の鋭さが同じ剣なのに、スチール製とミスリル製で斬撃ざんげき力に大きな差が生じた理由も質量の差だった。

 剣が何か物体を斬る時、剣は物体に接触した瞬間から減速し始める。しかし、同じ物体を同じ形状、同じ鋭さの剣で斬るのであれば、軽い方が減速しやすく、重たい方が減速しにくい。つまり、重い剣の方が、斬撃の運動エネルギーが剣自体の質量(慣性)によって保持されるのである。

 軽い方がより速く振れそうな気はするが、所詮は人間の腕で振る以上トップスピードに大きな差はない。せいぜい、トップスピードに達するまでの時間が早いか遅いかぐらいの差だ。ならば重たい方が運動エネルギーが乗りやすい。


 そこに気付いた者が、じゃあ防具の方はどうなんだ?と、ミスリル製の盾とスチール製の盾で打撃を受け比べてみた。

 その差は歴然としていた。

 ミスリル製の方が伝えられる衝撃が明らかに激しかったのだ。


 そこからもう一度銃撃試験を行った。

 カカシに着せた防具は銃撃後、スチールよりもミスリルの方が激しくていた。

 なんと、最後は実際に志願兵に防具を着せて至近距離から銃撃する真似までした。

 憐れな志願兵は衝撃に耐えられず骨折し、リュウイチの治癒魔法で治療してもらう羽目になった。


 そうした昨日の試験結果を踏まえ、軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムたちで協議した結果、少数の奴隷たちに持たせる分には大丈夫だろうと判断された。


 その結果をリュウイチに伝えたアルトリウスは念を押して言った。


「ただし、あくまでもリュウイチ様が御自身の奴隷たちに使わせる分には、黙認せざるを得ないというだけのことです。

 武具としての性能は脅威とまでは評価しませんが、金銭に置き換えた場合の価値は計り知れません。そこに御留意ください。

 他に譲ったり奪われたり盗まれたりしないよう、くれぐれもご注意をお願いします。」

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