第152話 カトゥスの承認

統一歴九十九年四月十六日、昼 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア



「で、具体的にどうしたいのだね?」


 要塞司令部プリンキピア執務室タブリヌムに腰かけた部屋の主は目を閉じ額を揉んだまま問いかけた。

 要塞司令官プラエフェクトゥス・カストルムの職に就いて以来、これほど突拍子もない要望を受けた事はまだなかった。脇に立つ補佐役の事務官カッリグラプスも普段のポーカーフェイスはどこへやら、あからさまな呆れ顔を見せている。


「それも含めて御相談したいのですが・・・」


 難題を持ち掛けてきた若き新任大隊長ピルス・プリオルは直立不動の姿勢は保ちつつも、申し訳なさそうに言った。

 大隊長はクィントゥス、持ち掛けてきた話題は部下たちの性処理問題である。

 クィントゥスにしてみれば正直言って想像していた通りの反応だ。自分が要塞司令官の立場でも、今自分が持ち掛けた相談を持ってこられたら同じような反応を示す事だろう。


 要は要塞カストルムに娼婦を呼び込んで営業する許可をしてもらえないかという話だ。


 そんな話は持ってきた奴を叱り飛ばしてお終いにしてしまうのが当然であろう。カトゥスだってセウェルスだって普段だったらそうしたに違いない。

 だが問題はそう単純では無かった。


 クィントゥス率いる特命大隊は要塞からの外出を厳しく制限されている。降臨者リュウイチの警護に専従している彼らだが、表向きには陣営本部プラエトーリウム周辺の警備をしていることになっており、実際の任務内容については要塞内でも軍団レギオー内でも機密扱いとなっていた。

 他の軍団兵レギオナリウスたちの間では「何であいつらだけ?」といぶかしむ声も無いではないが、機密を保持することには現状で成功している。

 現状を維持するためには、彼ら特命大隊の要塞外への外出は制限され続けねばならない。

 大隊の性欲問題など各自の右手でどうにかしろ・・・普段ならばそれで話は終わらせることもできただろう。


 だが今、要塞内には多数の避難民がおり、その大多数が女性だった。しかも叛乱事件で焼け出された娼婦等性風俗関係者が結構な割合で含まれていて、彼女たちは生活のために商売をしたがっている。


 そして最悪な事に両者は極めて近い距離にいて、引き離す事が出来ない。


 機密保持のために既に追い出せる限り避難民を追い出しているが、これ以上の追い出しは現状ではもう無理だろうというところまで来ている。少なくとも、彼女たちが生活する仮設住宅を要塞の外に建設するまで、彼女たちを要塞の外へ移すことはもう出来ないだろう。

 特命大隊の方はいわずもがな、彼らの任務は要塞内に留まる事だと言ってもいい。


 新たな警備部隊を創設して特命大隊と避難民の間に配置し、両者を物理的に隔離するくらいしか方法は無いのだが、被災地の復旧復興に人手を割かねばならない現状では無駄に兵力を割くわけにはいかない。

 だいたい、避難民を自軍の部隊から守るために別の部隊に警備させるなんて、傍から見れば明らかにおかしい。特命大隊は何か隠してるんじゃないかと人々の注目を集めてしまうのは間違いないだろう。当然、機密保持の観点からすれば全くよろしくない結果を招くことになる。

 そんな真似は絶対に出来ない。


 かといって、避難民に含まれる娼婦たちに要塞内での営業活動を許すなどもってのほかだ。風紀が乱れ、規律が壊される。

 女性避難民を性犯罪被害から守るために要塞内に収容しておきながら、その実娼婦を自分たちで囲い込んだだけだった・・・などという風評が流れれば、軍団の、ひいては領主の権威や名声も傷つくだろう。


 認められるわけがない。


 しかし、だからといってこのまま放置することも出来ない。

 性欲を募らせた軍団兵と避難民に含まれる仕事をしたがっている娼婦・・・互いに利害の一致した者同士が目の前にいるのだ。いくら規律で縛り上げようといずれ両者が接触し、手を結ぶのは目に見えている。

 むしろ、いままでそうなっていない事の方が考えられないくらいなのだ。(もしかしたら把握してないだけで既にそうなっているかもしれないが・・・)



「避難民に含まれる商売女に要塞内での営業をさせるわけにはいかん。

 それは絶対だ。」


 カトゥスは長い沈黙の後、溜め息を一つついて言った。


「やるなら、要塞の外から連れて来るしかない。

 ただし、機密保持ができなければならない。

 収容避難民にも、要塞守備兵にも、他の軍団兵にも、知られないようにだ。

 そんなことができるのか?」


 セウェルスとクィントゥスは驚いてカトゥスに目を見張った。その発言は方法次第では許可しようとしているかのように聞こえたからだ。


閣下カトゥス、よろしいのですか!?」


 セウェルスは思わず確認を求めると、カトゥスはあからさまに顔をしかめ、面倒くさそうに手を振りながら答えた。


「よろしいなどとは言ってはおらんよ。

 しかし、ダメだと言えば問題は解決するのかね?

 仕方がないでは無いか。

 軍団長閣下レガトゥス・レギオニスが承認しているのなら無下にも出来ん。」


「ありがとうございます!」


 クィントゥスは思わず大きな声で礼を言うと、カトゥスはムッとしたように釘を刺す。


「早合点するな。

 許可はしないぞ!?

 あくまでも条件を満たすならば、ということだ。

 だが、カトゥスはその条件が満たせるとは思えん。

 だから、この話は

 いいな?

 以上だ。退出したまえ。」


 そういうとカトゥスは立ち上がり、執務室の出口へ向かって歩き出す。そして出口で立ち止まると背を向けたまま思い出したように言った。


「セウェルス君、クィントゥスもこのままでは収まりがつかんかもしれん。

 後は君の方で彼が納得するまで相手をしてやりたまえ。」


閣下カトゥスはどちらへ!?」


「便所だ!」


 不機嫌そうにそういうとカトゥスは出て行った。

 戸惑いながらも無言で見送るクィントゥスだったが、セウェルスの大きな溜め息で我に返った。


「ではカッシウス・アレティウスクィントゥス殿、別室でお話ししましょうか?」


「は!?」



 クィントゥスにしてみれば許可が得られたのか得られなかったのかハッキリわからず戸惑っていたのだが、要するにカトゥスはセウェルスに丸投げしたのだった。


 責任回避するにしてももう少しスマートな言い方があるだろうに・・・。


 カトゥスから面倒を押し付けられる事にはもう慣れてしまったセウェルスだったが、今回の言い逃れ方はいくらなんでも雑過ぎるだろうと言わざるを得ない。


閣下カトゥスは『条件を満たすならば』とおっしゃいました。

 

 なら、閣下が黙認できるように条件を満たす方法を検討しましょう。」 



 野暮丸出しである。

 説明するセウェルスも聞くクィントゥスも恥ずかしくなるような思いがした。おそらく、カトゥスも自分で自分が恥ずかしくて便所に逃げたんじゃないかと思いたくなる。


「あ、アレはそういう意味だったんですか?

 『聞かなかった事にする』って言ってたから、てっきりクィントゥスは・・・」


「ソレは『お前たちだけでやれ』って言う意味です。

 さあ、こちらへどうぞ。

 閣下が便所から帰ってくる前に別室へ移りましょう。」

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