第1305話 見送り
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
ティフの乗った馬は
「あまり、キョロキョロなさらぬことです」
馬上のティフにすぐ横から野太く低い声が忠告する……声の主はもちろんグルグリウスだ。
「ふん、見られては困るものがあるのか?」
「それならアナタ様に再び魔法をかければ済むことです」
ティフはムッとした。魔力に優れるはずの聖貴族が、それもハーフエルフが他人の魔法で前後不覚に
「な、なら俺が何を見ようが勝手だろ!?」
恥ずかしさを振り払おうとするかのようなティフの反論はしかし、グルグリウスの呆れを誘うのみだった。
「ここは一応軍事施設、あまり興味関心を示さないようにするのが礼儀というものです。
それに、あまりキョロキョロなさると目立ちますし、怪しまれもするでしょう」
言われてみれば、人通りなどほとんどないにも関わらず、そのわずかな通行人の目はいずれも光って見えた。目がこちらを向いているから、随行するホブゴブリン兵の掲げる松明の光が反射して光って見えるのだ。
ティフは居住まいを正して顔を正面に向ける。
「お前たちのせいで人目を引いてるだけだろ」
たしかにグルグリウスの姿が人目を引くのは確かだ。長身のランツクネヒト族をも上回る上背にコボルトかホブゴブリンを思わせるほど隆々と盛り上がった筋肉、闇夜に浮き上がるほど青白い顔というだけで充分人目を引くというのに、さらに明るいグレーのジャケットと白いズボン、そしてジャケットの襟元からは輝く様な白いシャツと銀色の
「何がおかしい?」
笑うグルグリウスにティフが不機嫌に尋ねると、ペテンの種明かしでもするようにグルグリウスは答えた。
「この辺りには
つまり、皆
今更、珍しがったりはせんでしょう」
グルグリウスのことが
しかしティフにはそんなことはわからない。二人の前後を歩いているホブゴブリン兵……ヨウィアヌスとカルスも、二人の英語の会話の内容は把握できておらず全く不反応だったことから、ティフはグルグリウスの言ったことを否定する材料を見つけることが出来なかった。
「それよりもやはり、
「何でだ、馬に乗ってるからか?」
「違いますとも」
誰も反論しないのをいいことにグルグリウスは一人満足したように続けた。
「ここは軍事施設……本来なら民間人は勝手に立ち入ることのできない場所です。
つまり軍隊にとってあまり見られたくないエリアなのです。
そして周囲にいるのは皆軍人……この場所をあまり見られたくないと思っている張本人たちなのです。普段から外部の者に見られないように気を使う癖がついてしまった者たちの目の前で周囲をキョロキョロと見回す仕草をしてごらんなさい。
そりゃあ怪しんでくれ、警戒してくれと言ってるようなものではありませんか?」
ティフは話に納得したわけではなかった。それどころか、グルグリウスの話に納得するのは、何かグルグリウスに言い負かされたようで気に入らなかった。だが反論する材料が
「ふんっ」
周囲に聞かせるようにワザと大きく鼻を鳴らし、背を伸ばしてまっすぐ前を見る。馬が驚いたようにわずかに首を曲げ、耳を後ろへ向けた。
「これでいいか?」
ティフの反抗心を押し殺したようなその態度は、グルグリウスには酷く素直なものに見える。グルグリウスはティフの素直な態度には、嫌味や皮肉を返すことなく素直に評価した。
「よろしいですとも」
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