第1304話 会談後
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
「ふぅ~……」
「入ろう、外は寒すぎる」
寒風に鼻先と耳を赤くしたカエソーが不機嫌そうに
「自分は
カエソーは足を止めて声の主を振り返った。確認するまでも無く、先ほどの声の主はリウィウスである。
「まだ起きておいでなのか?」
ティフが来てからおそらく二時間近く経っているはずであり、女子供はもう寝ている時間である。報告では、ペイトウィン・ホエールキング二世ら捕虜たちは既に各々の
「
もし御休みでしたら明日改めて御報告させていただきやす」
貧相な中年ホブゴブリンもリュウイチから授かった武具に身を包むと、威厳ある古武士に見えてくるから不思議なものである。言葉遣いは相変わらず
カエソーはペコリと会釈してからカエソーの許しを待つリウィウスを見つめたまましばらく考えていたが、寒風に晒された鼻から鼻水が垂れてくるのに気づくと、顔を
「分かった……そうするがいい。
我々はグルグリウス殿が戻られ次第、先ほどの交渉内容について少し話をするつもりだ。
リウィウス殿も臨席するがよかろう」
「自分なんかが、よろしいので?」
リウィウスも満期除隊間近の老兵ではあったが、結局
「別に意見を求めるつもりはない。
ルクレティア様に報告せねばならんこともあるだろうし、ルクレティア様の供回りなら知っておくべきこともあるだろう。
臨席し、話を聞くだけ聞いておくがよかろう」
カエソーは顔をキツク顰め、鼻を手で抑えたまま言った。風が冷たすぎるのだ。もういつ雪が降ってもおかしくない寒さである。
「
リウィウスの思わぬ反問にカエソーはムッとした。が、元々鼻水を我慢して顔を顰めていたので、鼻を抑えていた手を降ろしてもカエソーの感情の機微に誰も気づかない。
男尊女卑社会のレーマ帝国において女性が軍議に顔を出すなどあり得ない。たとえそれが
そんな中で、女性であるのみならず未成年のルクレティアが軍議に積極的に顔を出そうなどというのはかなり非常識と言えた。これからの旅程の話ならともかく、
女子供はもう寝る時間ではないか!
いくら
カエソーは一瞬リウィウスを突っぱねようとしたが思いとどまった。この時、カエソーの念頭にあったのは《
《地の精霊》の力は強大だ。今まで『勇者団』の襲撃を撃退できていたのは《地の精霊》の力があったればこそである。あれがなければカエソーはアルビオンニウムで盗賊団を使った陽動作戦に対処しきれず、『勇者団』によって
逆に言えばルクレティアを軍議に出席させれば、こちらからお願いしなくても《地の精霊》の方から勝手に力を貸してくれるかもしれない。
「ぶぇっくしっ!!」
カエソーはリウィウスに答えようとした瞬間、クシャミをした。寒風に鼻先をくすぐられたのだ。
その拍子に思いっきり鼻水が飛び散ってしまう。月明かりも
正面で見てしまったリウィウスは思わず顔を顰めて
カエソーは
「既に御就寝とは思うが、まだ起きておられて御臨席を御所望ならば来ていただいてかまわぬ。
だが、基本的には明日、私から御報告するつもりだ。
既に御就寝、あるいはもう御就寝になられるというのなら、そのままお休みくださるよう申し上げろ」
リウィウスはカエソーがそう言って「行け」と手で合図するのを見ると、ペコリと頭を下げ、回れ右をした。
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