第1306話 リウィウスの速報
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
カエソーの前を辞したリウィウスがルクレティアの下へ戻った時、
「それで、
祈るように両手を胸の前で握りしめ、眼前で
《
しかしリウィウスがルクレティアを前に畏まった態度を見せているのは、何もお互いの身分の差だけが理由ではなかった。リウィウスはルクレティアを安心させる自信が無かったのである。
「雰囲気だけならまとまったような様子でしたが、
「つまり、ハーフエルフ様は英語で御話しになられていたので内容は聞き取れなかったということですか?」
呆気にとられるルクレティアの横からクロエリアが尋ねると、リウィウスはバツの悪そうにペコリと頭を下げた。
「その通りで……」
ルクレティアとクロエリアはリウィウスの苦笑いに呆れと失望を
「でっ、ですが
最後はハーフエルフ様ぁ
少しでも二人を安心させようとしたリウィウスだったが、どうやら口が滑ってしまったようだ。リウィウスの言葉に二人は過剰な反応を示す。
「
「
ルクレティアとクロエリアの思わぬ食いつきようにリウィウスは両手を
「いえ!
どなたも傷一つ負っちゃあいやせん!!」
リウィウスの弁明にルクレティアとクロエリアは互いの目を見合わせ、溜息をついた。
『勇者団』のハーフエルフは交渉に来たことになっているはずである。交渉の席で剣を抜いたとあらば只事ではない。交渉を行う使者は互いに安全が保障されるのが原則だ。使者は武器を自衛用として携行することはあるが、交渉を平和裏に進めるため、基本的に武器は交渉相手に用いないのは当然であろう。にもかかわらず交渉の席で剣が抜かれたというのだから余程のことがあったに違いない。
「ハーフエルフ様との交渉……ひょっとしてうまくいかなかったのでは?」
クロエリアが
もしルクレティアがそれを尋ねたら、ルクレティアが交渉を担当したカエソーを疑うことになってしまうだろう。ルクレティアはレーマ帝国でも有数の血統を誇る聖貴族、
「そ、そりゃあアッシにゃあ何とも……
ただ、さっきも申しましたようにハーフエルフ様ぁ
「交渉が決裂したから帰られたのではなくて?」
「決裂するようなら捕まえるって話だったじゃあござんせんか」
しつこく疑問を呈するクロエリアにリウィウスは
ハーフエルフが接近している……《地の精霊》からそう知らされ、カエソーらと共に対応を相談した際にはそのような方針が決められていた。
『勇者団』が交渉に来る。おそらく捕虜を返せとか言う話だろうが、返すわけにはいかない。こちらの立場的には投降を勧めなければならない。とてもではないが両者の交渉が無事にまとまるとは思えなかった。もしも交渉が決裂したらどうなるか……それを予測するのは難しかった。
正面から戦えば《地の精霊》の加護を受けられるカエソーらが勝利するだろう。実力差はそれだけ圧倒的だ。だがその実力差は《地の精霊》によって
ではルクレティアに対『勇者団』作戦への協力を要請できるかと言うと無理だ。ルクレティアは降臨者リュウイチの
そしてルクレティアにしろカエソーにしろ、そのことはよく理解していた。いや、理解しきれていなかったからこそ今の事態になっているのかもしれない。カエソーもまだ二十代の若者であり、ルクレティアも十五歳の未成年……リュウイチに力を振るわせないようにしなければならないということは理解しているが、そのためにどうすればいいかまでは頭が回り切っていないところがある。
カエソーが捕虜を護送するにあたり、《地の精霊》の力を利用するためにルクレティアと同行してわざわざアルトリウシア経由で帰ろうとしているのもそうだし、またルクレティアもリュウイチから
だが二人の若者特有の
今回の交渉が綺麗にまとまれば、そうした責任問題が明るみになる可能性は積むことができただろう。『勇者団』の被害がこれ以上拡大する懸念も払拭できる。
リウィウスもルクレティアがそうした不安に
カエソーの方はまだ交渉の当事者として事態の推移に介入できる。だがルクレティアの方はそうもいかない。女子供の立場でレーマ軍と『勇者団』の交渉に立ち入ること等できるわけもないし、一般人もいるグナエウス砦で《地の精霊》と『勇者団』の決戦をさせるわけにもいかない。ルクレティアは何も出来ずに不安を持て余すほかなかったのだ。
だからこそリウィウスはいち早くルクレティアに交渉の様子を報告し、その不安を取り除いてやろうと考えていた。喜んでもらえると思っていた。安心してもらえると期待してた。……が、この反応である。年甲斐も無く拗ねるのも仕方のない事なのだろう。
「わからないわ……交渉が上手く行ったのなら
「でも閣下は捕まえなかったと……」
「もしかして、人質を取られているとかして捕まえたくても捕まえられなかったのかも……」
「それで交渉に失敗したけど帰さざるをえなかったと?」
「考えられなくはないと思わない?」
二人で想像を膨らませる女性を見てリウィウスは後悔していた。ルクレティアが安心して眠れるようにと思っていち早く駆け付けたというのに、中途半端な理解で報告してしまったせいで、ルクレティアを安心させるどころか却って興奮させてしまっている。これではまるで逆効果だった。
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