第1343話 乳母の要請
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
身を乗り出したリュキスカの表情は
『それはまだ、何とも言えない』
「だって、アタイ以外考えられないじゃないさ!?」
迫るリュキスカにリュウイチは両手を
『それは原因の一つかもしれないけど、全てじゃないかもしれない。
まだ本当に何とも言えないんだ』
「だって、だってさぁ……」
『昔は必要も無いのにマナ・ポーションを飲んで魔力酔いを愉しむ貴族もいたそうだよ。
でも、そんな貴族たちの中で魔力を得た人はいないそうだ。
オッパイが原因だっていうなら、マナ・ポーションで魔力酔いしていた貴族たちも魔力を持ってなきゃおかしいだろ?
いたら貴族たちは
リュキスカは半ば浮かしかけていた腰を落ち着かせる。
リュウイチがルキウスたちに聞いた話では、マナ・ポーションで魔力酔いを起こして楽しむ貴族というのは世界大戦前は本当にいたのだそうだ。飲酒と同じような
『まったく無関係とも決めつけられないけど、オッパイだけが原因じゃないことは確かだと思う。
………えっと
……一応確認するけど、フェリキシムスは普通の人の子だよね?』
リュウイチは一瞬
「父親のことかい!?
……そりゃ、客の誰かだろうからさ、分かんないけど……
普通の人だと思うよ?
まさか
フェリキシムスの父親は誰にも分からない。火山災害後の混乱したアルビオンニウムでまともな
『ともかく、こっから真面目に聞いてほしいんだけど……今回のことで普通の子でもリュキスカのオッパイを飲めば魔力を得るかもしれないって、貴族たちが思うかもしれないんだ』
リュキスカは目を丸くし、背を伸びあがらせた。
「それでか!」
『何?』
リュウイチの声に我に返ったリュキスカは目を泳がせてから
「いや、さっき……
『朝食で?』
「
『何を?』
リュウイチに問われるたびに身体を少しずつ縮こませながら、リュキスカは申し訳なさそうに答えた。
「カロリーネ様にオッパイあげてくれないかって……」
リュウイチは驚き、声こそ出さなかったが目をわずかに見開いた。
貴族たちは魔力を持つ聖貴族を増やそうとしている。
それもあってルキウスやアルトリウスなどはリュウイチに子を残してほしいとストレートに要求してきている。リュウイチにルクレティアを
そんな貴族たちがリュウイチに女をあてがわなくてもリュキスカから授乳して貰えれば自分たちの子を直接聖貴族に仕立て上げることが可能かもしれないと知ったら……リュウイチがそのことに気づいたのは昨日の、会議場で発表を行った後のことだった。おそらく貴族たちからリュキスカへ何らかのアプローチがあるだろう、それに備える意味もあって今日この場にリュキスカを呼んで話をしたわけだが、どうやら遅かったようである。
カロリーネはエルネスティーネの末っ子で、まだ一歳にもならない乳幼児だ。リュキスカから母乳を貰って聖貴族に仕立て上げるには一番都合がいい存在だろう。
『それでその話、受けたの?』
「ああ、うん……アタイも『アタイでいいの?』って何度も訊いたんだけどさ。
『大丈夫だから』とか言われてさ……
その……銀貨もくれるって言うしさ?」
赤ん坊は母親から母乳を通して知性を授かると一部で信じられており、貴族たちは自分たちの子供の乳母に教養のある女性を選ぶ。このため、高貴な貴族の乳母に選ばれるというのは女性にとって大変名誉なことだった。それもあって教養などまったく縁遠いと自覚していたリュキスカはエルネスティーネの申し出を丁重に断っていたのだが、エルネスティーネがカロリーネを連れてコチラに来ている時だけでいいから、試しに一回だけでもいいからとしつこく頼み込んできたうえに授乳のために報酬も出すと言って来たので了承していた。もっとも、報酬として銀貨を提示されてからはリュキスカもすっかり乗り気にはなっていたのだが……。
『うーん……』
「い、今からでも断った方がいいかい?」
頭を抱えて唸るリュウイチにリュキスカが不安げに尋ねた。リュキスカにとってエルネスティーネとルキウスは
リュキスカは知らなかったというのもあるが、銀貨を提示されてカロリーネが
大丈夫よ。魔力酔いって別に健康には影響ないんでしょ? 大丈夫、一度だけ。試しに一度だけでいいからカロリーネに御乳をちょうだい? わかった、神官を同席させるわ。それでどう? 神官に危なくないかどうか診てもらいながら御乳をあげるの。それで問題があるなら私も諦めます。もちろん私の子ですもの、どうなってもいいなんて考えないわ。大事な子よ。ええ末っ子ですもの、娘たちの中でカロリーネが一番可愛いくらいだわ。でも神官立ち合いで御乳をあげて、それで問題無ければいいでしょ?
そして提示された報酬が一回で銀貨二枚……八セステルティウスだ。ハッキリ言おう、破格の報酬である。リュキスカが娼婦として頑張って働いても一日で稼げるかどうかという金額だ。それを授乳一回で貰えるというのだ。どう考えてもボロ儲けである。さすがに話が美味しすぎてリュキスカも却って訝しんだものだが、断る理由もそれ以上思いつかなかったので引き受けざるを得なかった。
今考えれば納得ではある。エルネスティーネはカロリーネを魔力持ちの聖貴族にしたいのだ。
『いや、ダメっていう理由は無いよ』
リュウイチが
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