第403話 降臨現場の検証

統一歴九十九年五月五日、夕 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「地脈がもうないってどういう事!?」


 『水晶の間クリスタル・ロクム』の扉の前でルクレティアは驚き、思わず少し大きい声をあげてしまう。

 地の底を流れる大地のエネルギー…地脈。それは山林の実りや農作物の豊穣を司ることもあれば、時に地震や火山噴火などももたらすともされ、それを観測して天変地異の予兆や農作物の作柄を予想することこそがケレース神殿テンプルム・ケレースの大切な役割である。地脈が無くなったとなればアルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースはその役割を今後果たせなくなってしまうことを意味した。当然、アルビオンニウムでケレース神殿テンプルム・ケレースの神殿を司っているスパルタカシウス家もその役割を終えてしまうことも意味してしまう。

 サウマンディアから神殿テンプルムの調査のために派遣されていた神官、スカエウァ・スパルタカシウス・プルケルは扉に手をかけて立ち止まり、ルクレティアを振り返った。


「僕も用意できる限りの水晶球を取り寄せて地脈を探ってみた。

 だが、もう地脈を感じることが出来なくなっているんだ。」


「・・・・・・」


 信じられない…まさにそんな顔でルクレティアはスカエウァの顔を見上げる。もちろん、ルクレティアはそのことをサウマンディアからの報告で聞いていた。だが、それでも信じられないでいたのだ。地脈が無くなるなどあり得ない。きっと、微弱すぎて感知できないだけで、魔力の高い神官が十分に大きな水晶球を使えば、きっと地脈を捕えることが出来るはずだ…しかし、そうした期待はスカエウァによって裏切られてしまった。ルクレティアの知る限りスカエウァはルクレティアよりも優れた神官であり、彼が地脈を感知できないのであれば、ルクレティアに感知できるとは思えない。


「今、君から感じる《地の精霊アース・エレメンタル》の気配の方がよっぽど強いくらいさ。

 まあ、自分で見てみるといいよ。」


 スカエウァはそう言って扉を押して開いた。


ケレース神殿テンプルム・ケレース神官長代理、ルクレティア・スパルタカシア様、御成~り~っ!!」


 名告げ人ノーメンクラートルの代わりにスカエウァ自身が室内に向かって声を張ると、扉が開かれた際に入口に注目していた室内の神官たちが一斉に姿勢を正し、礼をする。皆、スカエウァの部下たちでありサウマンディアから派遣された神官たちだった。

 室内は綺麗に清掃されていてルクレティアが期待した通りの静謐せいひつさを保っている。ただ、事前に聞かされていた通り部屋の中央にあるべき天井から吊るされた大水晶球は姿を消していた。大水晶球をぶら下げていたはずの鎖が空しく壁から吊り下げられたままになっており、部屋の中央にある寝台の上には大水晶球の代わりとして用意したのであろう一つの水晶球が置かれている。

 ルクレティアはあるはずの大水晶球が失われてしまった『水晶の間クリスタル・ロクム』を目の当たりにし、想像した以上の喪失感にハッと息を飲んだ。


「僕らが来た時には、おそらく大水晶球が砕けたものであろう砂が一面に広がっていた。それは一応すべて拾い集めてまとめてある。」


 スカエウァがそう言いながら壁際にいた神官に目配せすると、その神官は一礼してから壁際に置かれていた大きな複数のテラコッタの壺を数人で抱えてルクレティアの前まで運んできた。壺を置いた神官は蓋を開けると、一礼して壁際へ戻っていく。

 ルクレティアが見るとその中にはキラキラ輝く純白の砂がいっぱいに入っていた。


「これが…あの大水晶球マグナ・クリスタル・ピラ!?」


 大の大人が二人がかりで左右から抱えるように手を回しても、手が届くかどうかという巨大な水晶の球体は、一抱えほどもある大きなテラコッタの壺七つを満たす白い砂と化していた。同じ物だとはにわかには信じられない。


「信じられないだろうが、間違いないだろう。

 最初は何の砂かわからなかったんだが、近くでよく見ると一粒一粒がどれも透明なんだ。そしてかき集めてみたら、重さもだいたい同じくらいだった。

 あの、鎖にも少し、この砂粒が付いてたんだよ。」


 スカエウァはそう言って、かつて壁から伸びて寝台の真上に巨大な水晶球を吊り下げていた鎖を指さした。今はむなしく鎖だけが残っている。


 ルクレティアはハッとなって後ろを振り返った。


「アナタたち!

 リウィウスさん…あと、ヨウィアヌスさんとカルスさん!?」


「へ、へいっ!」


 突然ルクレティアに名を呼ばれ、リウィウスは慌てて返事をすると、他の二人と目配せして前に進み出て、入口の扉のところで立ち止まった。


「かまいません、入って来て話を聞かせなさい。」


 リウィウス達自身はもちろん、他の神官や軍人たちが戸惑いを見せるなか、ルクレティアはキッパリと命じる。


「か、彼らは?」


「彼らは降臨が起きた時、この神殿テンプルムに居た者たちです。

 そして一番最初にリュウイチ様とお会いし、今はリュウイチ様のしもべとなった者たちです。

 アナタたち!降臨が起きた時、ここに来ましたね!?」


 スカエウァの質問に対し、ルクレティアはこの場にいる全員に聞こえるようにあえて大きい声で答え、続けざまにリウィウス達に質問を投げかける。それを聞いて神官たちが「おおっ…」と小さく呻き、リウィウス達に視線が集まった。


「ド、奥方様ドミナ、アッシらぁそのぉ…」


 リウィウスがしどろもどろに言葉を発し、そしてリウィウスとヨウィアヌスの視線がカルスへ向けられる。カルスはどうしていいかわからず、茫然としていた。


「アッシらぁこっちの方には来てなかったんで、中庭アトリウムとかに居て…んで、こっちに来たのはこの…カルスと、あと向こうに残ってるオトの二人で…へぇ」


 リウィウスがそう説明すると、カルスは何か自分が売られたような気になって思わずリウィウスの方を向いた。その視線は救いを求めているかのようだ。


「カルスさん?」


「は、はいっ奥方様ドミナ!」


 ルクレティアに呼ばれカルスは弾かれたようにピンと背を伸ばしてルクレティアの方を見る。


「そういえば、アナタとオトさんが一番最初にリュウイチ様の御姿を見つけられたのでしたね?」


「は、はいっ奥方様ドミナ

 オ、オレは、ネ、ネ、ネロの旦那に、そうだ、雷!

 雷が落ちて!…ああいや、違う!雷の音がして!

 それで、雷で建物が壊れてないか点検しろって、ネロの旦那に言われて…

 それでこっちの方に来たら、この部屋から人の気配がしたから…覗いたら…旦那様ドミヌスが《火の精霊ファイア・エレメンタル》と何か話してました。」


 カルスは当時を思い出しながら、話を間違えたり、言葉に詰まったりするたびに自分の頬を自分の手でピシャっと叩きながら必死に説明した。


「リュウイチ様はここに降臨されたのね!?」


「た、た、た、多分…はいっ!奥方様ドミナ!!」


 おお~~と、居合わせた者たちの感嘆の声が低くこぼれた。ここが歴史的な出来事が起こった、まさに現場であったことが明らかになった…その事実を当事者本人から告げられ、不思議な感動を覚えたのだ。


「その時、どんな様子だったの?」


「はい、奥方様ドミナ

 旦那様ドミヌスはその、真ん中の食卓メンサの上に座ってました。そっちの方を向いて…」


 カルスは部屋の真ん中にある石の寝台を指した。


「それで、旦那様ドミヌスの目の前、空中に火が燃えてました。

 オトが、そいつが《火の精霊ファイア・エレメンタル》だって言ってました。」


「その時、部屋の中はどうだったの?

 大水晶球マグナ・クリスタル・ピラはあった?」


「はい奥方様ドミナ水晶玉クリスタル・ピラなんかなかっ…ありませんでした。

 天井からは今みたいに鎖だけがぶら下がってて…そんで、部屋中砂だらけでした。

 旦那様ドミヌスも、黒いロリカを着てたんですけど、旦那様ドミヌスも頭から全身砂まみれでした。」


 次第に慣れてきたようでカルスの上ずっていた声は少しずついつものトーンに戻ってきている。

 ルクレティアは壺の中の砂を手に取り、カルスに見えるように手のひらから壺の中へサラサラとこぼしながら質問を続ける。


「その時の砂は、これですね?」


「た、多分そうじゃねぇかと…」


「その時、ここに魔法陣マジック・サークルみたいなものはあった?」


 ルクレティアの質問にカルスは困ったように首を傾げる。


「ま、まじっくさーくるって…な、何ですか奥方様ドミナ?」


「えっと…何か不思議な模様とかが、どこかに描かれてませんでしたか?

 今、ここには無いけど、その時は描かれていた印とか?」


「いや、分かんねぇです。

 床は砂で真っ白だったし…

 オ、オレらぁそのすぐ後で《火の精霊ファイア・エレメンタル》が飛び掛かられて、逃げるので精いっぱいだったんで…」

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