第348話 ルクレティア奉呈の発表

統一歴九十九年五月二日、午前 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア



 特務大隊コホルス・エクシミウスを率いるクィントゥス・カッシウス・アレティウスに遠征部隊を編成するよう内示があったのが一週間前、正式に命令が下ったのは四日前だった。目的地はアルビオンニウム。ルクレティアの護衛である。

 本来であれば、ルクレティアが毎月アルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースで行っている祭祀さいし軍団レギオーが護衛を付けなければならない理由などない。今までも警護はスパルタカシウス家の私兵によって行われていた。


 それが今回、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアが護衛部隊を付けるのにはもちろん特別な理由がある。その第一の理由はアルビオンニウムでサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの増援部隊を迎え入れなければならなかった事だ。サウマンディア軍団の軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムマルクス・ウァレリウス・カストゥスが約束した増援部隊二個歩兵大隊コホルスのうち一隊はアルビオンニウムに上陸し、そこを拠点にティトゥス街道再開通の工事に従事することになっている。

 一応、友好関係にあるとはいえ異なる属州の軍隊を迎える以上、こちらアルビオンニア側の把握していないところで好き勝手されては困る。監視が必要なのだ。外交上の儀礼もある。このため、連絡将校も派遣しなければならないし、その護衛も必要だったのだ。

 また、現在サウマンディア側からアルビオンニウムに派遣された神官たちによって行われているケレース神殿の降臨後の調査も監視する必要がある。そもそも、今までアルビオンニア側から誰も派遣してなかったことが問題なのだ。


 そして、そこへ派遣される部隊だが、当然ながら秘匿体制維持の都合上、降臨について知っている将兵であることが望ましい。さらに言えば、降臨について何も知らない一般の軍団兵レギオナリウスたちは、ほぼ全員がアルトリウシアの復旧復興事業にかかりっきりになっている。

 こうした状況から、現在マニウス要塞カストルム・マニ陣営本部プラエトーリウムの警護という名目で缶詰にされているクィントゥス隷下の特務大隊に白羽の矢が立ったのだった。


「では、やはりルクレティア様が行かれることになったのですか?」


 護衛隊の隊長に任じられ大隊長ピルス・プリオルのクィントゥスとともに会議に出席していたセルウィウスが確認する。


 アルビオンニウムへ行ってケレース神殿で祭祀を執り行う護衛対象はここ数日で変更が繰り返されていたのだ。最初はルクレティアだったのだが、三日前になって急に別の神官にすると告げられ、昨日になってルクレティウスが派遣されると通知があり、さらに出発当日である今日になってからやはりルクレティアが行くことが告げられたのだった。


「そうだ、ルクレティア様で最終決定だ」


 アルビオンニア子爵公子にしてアルトリウシア軍団を束ねる軍団長レガトゥス・レギオニスアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウスは会議室内の出席者を見回しハッキリと告げた。


「し、しかし、よろしいのですか?

 ルクレティア様からスパルタカシウスルクレティウス卿に変更になったのは、ルクレティア様をリュウイチ様の御傍より離れさせるのは忍びないとの理由があったが故と伺っておりますが…。」


 幕僚の一人から懸念の声が上がる。無理もない。彼らは四月十日の降臨以来ずっと、《暗黒騎士リュウイチ》が暴れ出さないようにすることを留意しつづけていたのである。ハン支援軍アウクシリア・ハンの討伐よりアルトリウシアの復旧復興を優先させていたのも、要塞カストルム内の施設を解体してまで住民に住居を提供しているのもそのためだった。《暗黒騎士リュウイチ》の存在が無ければここまで復旧復興を急いだりしなかっただろうし、今頃はエッケ島攻略のための準備を最優先で進めていたことだろう。


「それについてだが、重大な発表がある。」


 アルトリウスが声を強めて前置きすると、全員の注目が集まる。


「ルクレティア様は昨日、リュウイチ様より御同衾ごどうきんのお許しを得られた。」


「「「「「「おおお~~~」」」」」」


 会議室にどよめきが起こる。


「更に、ルクレティア様はリュウイチ様より、貴重な魔導具マジック・アイテム下賜かしされた。」


 アルトリウスの発表に室内のどよめきは更に増す。


「で、ではルクレティア様は本当に聖女サクラとなられたのですか!?」


 この野暮やぼったい質問にアルトリウスがあえて無言のまま頷くと、あちこちから室内のあちこちから歓声があがる。


「二人目の聖女サクラの誕生だ!」

芽出度 めだたい!アルビオンニアの発展は約束されたようなものだ!」

「これから更に増えるかもしれん。いや増えるだろう!」

「実に祝着至極しゅうちゃくしごく!」


「あのっ!」


 皆がお祝いムードに湧く中、軍団幕僚の一人、アシナが声をあげた。


「それでしたら、余計にルクレティア様はとどまられた方がよろしいのではないのですか?」


 もっともな質問でありアルトリウスの方も当然想定していた質問だった。アルトリウスが答えようとしたが、ルキウスがこれを制し、代わりに答える。


此度こたびのアルビオンニウム行きはルクレティア様ご自身が強く希望されておられる。

 というのも、リュウイチ様がルクレティア様に魔導具マジック・アイテムを下賜されたのは、リュウイチ様の御傍に在りたいと願うルクレティア様のお気持ちをリュウイチ様が御汲み取りくださり、ルクレティア様が聖女サクラとならたならば心置きなく神官フラーミナとしてのお勤めを果たせようと思召おぼしめされたが故であるからだ。

 ルクレティア様はリュウイチ様のそのお気持ちに御応えすべく、アルビオンニウムへ参られ、お勤めを果たされる御所存である」


 アルトリウスにはある程度この事を話してあったのでアルトリウスにそのまま説明させても問題は無かったのだが、ここ数日でアルビオンニウムへ行く神官の人事を二転三転させ、現場を混乱させたのは他ならぬルキウス自身だったことから、あえて自分で説明したのだった。


「では、今後はルクレティア様も本格的に聖女として扱うということでよろしいのでしょうか?」


「無論だ。だが、降臨の事は未だ秘さねばならぬ。

 当然ではあるが、ではこれまで通りスパルタカシア様とお呼びせよ」


「質問、よろしいでしょうか?」


 今度は別の軍団幕僚テルティウス・ウルピウス・ウェントゥスが質問を求めた。彼はアルトリウシアへ船で来るサウマンディア軍団の増援部隊を迎えに行くために、今日この後すぐにサウマンディウムへ発つことになっていた。


「許す」


「ありがとうございます。この、ルクレティア様が御同衾を許され、魔道具マジック・アイテムを下賜されて聖女サクラとなられたという話ですが、サウマンディア伯爵へも御報告すべきでしょうか?」


 テルティウスが質問を終えるとアルトリウスがルキウスに、テルティウスがこの後サウマンディウムへ向かうことを耳打ちする。報告すべきなのは当然だが、要は彼はプブリウスどのように報告したらよいかを問うているのだった。


 リュウイチがルクレティアに魔導具を与える代わりに、リュウイチにルクレティアの同衾を認めさせ、なおかつ昨夜は実際に同衾に及んだ…というのが事実ではあるが、その詳細についてはルキウスはあえて伏せて発表している。いくら相手がプブリウスとはいえ、本当のことを教えればルキウスの画策は間違いなく問題視されるだろう。ルキウスが責任追及を逃れるためには、あくまでも先にリュウイチとルクレティアの自発的な同衾があり、その後魔導具が与えられたという事にしなければならないのだ。

 だがプブリウスには手紙やマルクスを通じて、リュウイチが十八に満たない女性には手を付けない意向であると伝えてある。ルクレティアが十八どころか十六にも満たない事はサウマンディア側も承知のことだから、何故リュウイチがルクレティアにについて、サウマンディア側は間違いなく疑問を抱くだろう。


「ああ、当然だな。ああ…そうだな、そのための手紙をしたためよう、預けるので持っていくがいい」


「了解しました」

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