第347話 一日のずれ
統一歴九十九年五月二日、朝 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
ピロリン♪・・・テンテレン、テンテンテンテン♪
リュウイチが目覚めるとき、必ず頭の中にこの音楽が流れる。目覚ましなどではない。目覚ましならば鳴ってからも眠気が続いて惰眠を貪りたくなったりもするだろう。だがそうはならない。覚醒の合図のようなものだ。これが鳴ればパッと目が覚め、もう眠くない。
そしてリュウイチが目覚めた時、ベッドにはリュウイチの他に誰もいなかった。
(遅くとも三日の早朝には出るって言ってたし、もうアルビオンニウムへ出発したのかな?)
リュウイチはグゥゥッと伸びをしてベッドから起き上がり、パパッと服を着こむ。
リュウイチはいつも通りベッドに入ろうとして毛布をめくったとき、その下から出てきた女がリュキスカとは体形も肌の色も違う事に気付いて驚いた。耳まで真っ赤になった顔を両手で隠していたので、最初それがルクレティアだと気づくのに少し時間がかかってしまったのだが、ルクレティアはリュウイチに裸をじっくり観察されていると思い、赤くなっていた顔をますます赤くしていく。
『あ、ああ、ごめん』
リュウイチがリュキスカじゃなくてルクレティアだと気づき、こりゃ見ちゃ悪いと思い一度めくった毛布を戻して謝ると、ルクレティアはもう泣きそうな声で返事をした。
「あ、あやまらないでください」
『あ…う、うん…』
「ど、
『あ、うん…お、御邪魔します……』
「こ、ここはリュウイチ様のベッドです。」
『あ、うん…その…なんとなくね』
どこか罪悪感を覚えてしまうのだが、成り行きとはいえ認めてしまった以上は仕方がない。リュウイチはごそごそとベッドに入り、毛布をかぶった。
「お、お情けを戴けないのは、承知しています。
その、それなのに、私なんかが……リュ、リュウイチ様の御楽しみのお邪魔をしてしまって…」
ルクレティアの声は半べそをかいているようだった。同衾を認めてもらえたことも、こうしてリュウイチのベッドに入れたことも内心嬉しく思ってはいる。ただ、それはリュウイチの本意に沿うものではないこともルクレティアはよく承知していた。ルクレティアがベッドに入ることで、リュウイチは夜の営みを今夜は我慢しなければならない。だからこそ、自分が情けなくも思えていたし、内心で喜んでいる自分が腹立たしくも恥ずかしくもあったのだ。
『ああ、そういうのは気にしないでいいから……ね?』
「はい、ありがとうございます。すみません」
リュウイチは抱き寄せたりとか腕枕してやったりとか、してやった方がいいかとも思ったが、結局ルクレティアの手を握り、いつの間にかそのまま眠ったのだった。
朝起きた時、どういう顔をしていいかわからなかったが、結局それは無駄な心配で終わったわけだ。ルクレティアの寝ていたあたりは既に温もりは残っていなかったから、かなり早くにベッドから出て行ったのだろう。
リュウイチは
そしてリュウイチは顔を拭き、改めて伸びをして寝室から外へ出る。カールが
「おはようございます、リュウイチ様」
『ああ、おはょっ……えっ!?あ、あれ?』
「さ、昨夜はありがとうございました」
少し俯き加減で、頬をほんのり朱に染めて礼を言うルクレティアの視線は脇に逸れて泳いでいる。その恥じらう様子にリュウイチは改めて昨夜のことを思い出し、つい意識してしまう。
『え、あ、ああ……うん……いや、その……』
「ど、どうか、なさいましたか?」
何か言いたげなリュウイチの様子に、ひょっとして自分に何か問題があったのではと心配になり、ルクレティアは改めてリュウイチに向きなおって訪ねた。
『え!?……ああ、いや、もうてっきり』
「てっきり?」
『いや、アルビオンニウムへ行ったのかと……その、ベッドに居なかったし?』
ルクレティアの顔が次第に赤味を強め、耳まで赤くなり始めた。思わずリュウイチから視線を逸らし、しどろもどろになりながらも弁解を始める。
「た、確かに今日出立の予定ですが、その、リュ、リュウイチ様の御前に、み、身だしなみも整えずに出るわけには、まいりませんでしたので……」
『あ……うん……いや、でも、ほら、遅くとも五月三日の早朝に出ないとって聞いてたから、もう出ちゃったのかと……ね?』
「え?……ああ、はい……ですから、今日の御昼頃に出発の予定です」
『ま、間に合うの?』
何か話が食い違っている? ……ルクレティアは少し冷静さを取り戻し、リュウイチの顔を見た。
「はい……?……ええ、今日は五月の二日ですから?」
『え!?』
リュウイチは驚いた顔をしてルクレティアの顔を見る。二人は昨日、
「五月の……二日ですよ?」
『今日が三日じゃないの?』
「? ……いえ、二日です」
『え!?…この間の、ルキウスさんたちから色々報告されて君をアルビオンニウムに行かせるって話を聞いたのが四月二十九日だったでしょ?』
「はい、その、侯爵家の皆様が日曜礼拝をなさると言うので、
ええ、四月の二十九日でした」
『あれが、四日前でしょ?』
「そう……ですね。四日です。」
ルクレティアは指折り数えて答えた。リュウイチも指折り数え始める。
『二十九日から、三十日、一日、二日、三日…今日は五月三日じゃないの?』
リュウイチの疑問にルクレティアは半笑いを浮かべた。
「あの、
『……四月三十一日?』
「…はい、四月は偶数月ですから、三十一日まであります。」
ここで二人は《レアル》とヴァーチャリアで暦が違うことに気が付き、二人そろって「「ああ」」と声を漏らし、笑い始める。
『ああ、そうか、そうだったのか……この世界は暦が違うのか……』
ひとしきり笑った後、リュウイチが確認するとルクレティアはようやくいつもの調子を取り戻し説明し始めた。
「はい、えっと、たしか《レアル》では一年が三百六十五日でしたか?」
『ああ、うん……
「はい、
それで、九十何年か前に定められた統一歴で、一年を三十日ずつの十二か月に分け、余った六日を偶数月に割り振って偶数月は三十一日までと定められております」
『はあ、そうだったのか……』
「はい、ですから、遅くとも明日の早朝までに出る必要がありますが、今日の昼には出ますので、十分間に合う予定です」
『ああ、いや、それならいいや。安心した』
「その、御心配をおかけしました」
『いや、大丈夫だよ。…じゃ、じゃあ、カールの部屋行ってくる』
「はい、
頭を下げて見送るルクレティアを背にリュウイチはカールの寝室へ向かって歩き始めた。
そうか、一日感覚がずれていたのか…じゃあ、あんなに急いで
自分に言い訳しつつも、結局自分が軽率過ぎた点は変わらないことに思い至り、リュウイチはボリボリと頭を掻いた。
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