第562話 合流地点
統一歴九十九年五月七日、夜 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ上流/アルビオンニウム
ここから四~五キロ以上北、ブルグトアドルフの街にほど近いシュバルツァー川の河原で《
彼らを見張っていた四体のストーン・ゴーレムは拘束魔法を解除しただけでは動かなかったが、彼らがその場から離れようとするとさすがに一斉に襲いかかってきた。ゴーレムは動きが遅いとは言っても、フルプレートの甲冑を着た普通の人間と同じくらいには早く動くことができる。『
その後もゴーレムたちは彼らを追いかけてはきたが、彼らがブルグトアドルフの街の南端よりも南へ達し、そこからさらに川を渡ってブルグトアドルフの街から離れだすと追跡するのを諦めたようだった。
それから彼らはゴーレムに追跡を再開されないよう、あえて西の山間部へ入り、
「クソッ、これなら戦ってゴーレムを
《地の精霊》に一泡吹かせたかったスモル・ソイボーイが途中で幾度となくそう愚痴をこぼしたのは言うまでもない。もちろん、それが本当にそうだとは限らないことぐらいスモル自身も承知している。
戦ったとしても本当に勝てたかどうかは怪しい。
一昨日の夜、『勇者団』は確かにマッド・ゴーレムを何体も斃せたが、実はスモルもティフも結局一体も斃してなかったのだ。スモル・ソイボーイ、ティフ・ブルーボール、そしてスタフ・ヌーブら前衛はマッド・ゴーレムの身体を剣で切り裂き、盾や体当たりで突き飛ばしたりはしていたが、それは一時的にゴーレムの動きを止めていたに過ぎなかった。
ゴーレムは身体の中から
しかし、今ここにはゴーレムを粉砕できるほどの『水撃』を放てる魔法攻撃職は一人もいない。仮に居たとしても相手はマッド・ゴーレムより強力なストーン・ゴーレムだ。『水撃』では身体を砕けないかもしれない。それに彼らの剣や槍も、マッド・ゴーレムの身体は斬れたが、ストーン・ゴーレムを同じように斬れるかと言われると難しいだろう。斬りかかっても歯が立たなかったかもしれない。
にもかかわらずスモルが「戦った方がマシだった」と口にするのは、要するにティフに甘えているのだ。スモルが不平不満をぶつけられるのは『勇者団』の中ではハーフエルフの四人だけ…そしてこの場にペイトウィン・ホエールキングとデファーグ・エッジロードの二人は居ないし、ペトミーは魔力欠乏でダウンしており不平不満を受け止めてくれることなど期待して良い状態ではない。スモルは持て余している
ティフにとってはたまったものではなかったが、ティフは昼間にアルビオーネと戦った経験から
ペトミーはグロッキーでそれどころではなかったが、スモルやティフの心理状態は付き合いが長いだけあって何となく理解できていた。しかし、この四人の中で唯一のヒトであり、付き合いの浅いスタフだけは、普段見たこともないスモルの一面に一人静かに面食らっていた。
二頭の馬に分乗した四人が予定されていた合流地点に到着した時、既に空の色から夕陽の赤味は消え去り、月と星々が作り出す冷たく清浄な世界となっていた。虫の音の季節はとっくに過ぎているため、川のせせらぎの音だけが静かに響いている。
「本当にここか、スモル?」
ティフが訊いたのも無理はない。合流地点に到達したとき、まだ誰も来ていなかったのだ。
「ああ、ここで間違いない。
ほら、あの岩が目印だ。」
スモルは馬上から川岸にある一つだけ大きな、特徴的な大岩を指差して言った。
「その割には誰も居ないぞ?
気配もしない…」
作戦終了の合図はかなり早い時間に出されていたし、ティフたちは遠回りしてだいぶ遅れて到着した以上、スワッグたちが先に到着して待っていなければおかしい筈だった。なのにこの場には誰もいない。近くに仲間がいそうな気配も感じない。
「まさか…」
まさか《地の精霊》に襲われて捕まったのか!?
スモルの顔色が急激に悪くなる。
作戦終了の合図を聞いたスモルはメークミー・サンドウィッチ救出に成功したと思い、つい《地の精霊》相手にスワッグたちの事を話してしまった。そしてそれを聞いた《地の精霊》はティフたちを放置してどこかへ行ってしまった。いや、どこかへではない。明らかにスワッグたちの方へ向かったのだ。
もしも、俺の失言のせいでアイツ等が《地の精霊》に捕まったとしたら…
「スワッグ!ナイス!エイー!!」
スモルは急激に沸き起こった
「待てスモル!おい、スモル!!…クソッ」
ティフが呼び止めるがスモルは目印の大岩の向こう側まで行ってしまった。
「ティフ、着いたんならそろそろ降ろしてくれ…」
「ああ、済まない。
スタフ、手伝ってくれ。」
「承知しました。」
馬は二頭、人は四人…スモルは自分の馬に一人で乗り、スタフの馬にはティフとペトミーが乗り、スタフ自身は一人だけ徒歩でティフたちを乗せた自分の馬の
スタフが馬を抑えながらペトミーを馬から降ろすのを下から手伝い、ティフが馬に乗ったままペトミーが体勢を崩さないように支えることで、ようやく馬から降ろす。その後、ティフも馬から降りると馬をスタフに返し、自身は走ってスモルを追いかけた。
「スーモール!
スモル、どこだー!?」
スモルは大岩の更に向こうまで行っていたが、ティフに呼ばれているのに気づくと、馬首を巡らせて駆け戻ってきた。
「いない、いないぞティフ!」
「分かってる、落ち着けスモル。
馬がもう限界だ、一度降りろ。」
ティフはスモルを宥めるが、スモルの方はすっかり取り乱していた。かなり責任を感じてしまっているらしい。
「馬なんかどうだっていいだろ!?
アイツ等!アイツらが居ないんだぞ!?
俺のせいだ、俺のせいでアイツ等…」
「違う!お前のせいじゃない!
いいから落ち着け!」
わめきながらスモルは馬首を巡らせて再び探しに行こうとしたが、ティフはその轡を捕まえて無理矢理引き留めた。スモルは馬上から数秒、無言のままティフを見下ろし、口をへの字に曲げると馬から飛び降りた。
「そうだ、お前のせいだティフ・ブルーボール!!」
「何!?」
馬から飛び降りたスモルはいきなりティフに突っかかり始め、ティフは面食らってしまう。
「そうだろ!?
俺たちが来るのが遅かったんだ!
やっぱりゴーレムを斃してまっすぐ駆け付けるべきだったんだ!!」
スモルは鼻声になっていた。どうやら目も涙ぐんでいるようでやけにキラキラして見える。
「待てよスモル、落ち着け!」
「落ち着けだって!?これが落ち着いていられるか!!
アイツ等!いきなり三人も仲間を失ったんだぞ!?
いや、メークミーも含めりゃ四人だ!
スワッグが助け出したはずだったのに!」
ティフは動転しながらもスモルを落ち着かせようと宥めるが、スモルからすればティフが卑怯にも言い逃れをしようとしているようにしか見えず、却って逆上させてしまう。
「落ち着けスモル・ソイボーイ!
まだアイツ等が《地の精霊》に捕まった決まったわけじない!!」
「捕まってないんなら、何で未だ来てないんだよ!?」
「ソイボーイ様!何をやってるんですか!?
落ち着いてください!!」
騒ぎに気付いたスタフが慌てて駆け付け、掴み合っている二人を止めに入る。ハーフエルフ同士の喧嘩なんて放置したら周囲にどんな被害をもたらすかわかったものではない。ましてすぐ近くで半病人状態になったペトミーが横たわっているのだ。
「止めるなスタフ!
アイツ等を、アイツ等を探して助けなきゃ!」
「スモル、落ち着いてくれ!」
「アイツ等を助けるなら
「そうだ、すぐに行くぞ!
ブルグトアドルフへ戻るんだ!」
「バカ言うなスモル!落ち着け!」
「そうです、今行ったってむざむざ捕まりに行くようなものです!」
「うるさい!
ティフはここでペトミーの面倒でも見てろ!
俺がアイツ等を助けだしてやる!!」
「おお~~い!!」
揉み合い言い争う三人の耳に聞き覚えのある声が届いた。それに気づいた三人がピタリと動きを止めて声のする方を見ると、そこには二人の人間を抱えたスワッグの姿があった。
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