第812話 伏せられた凶事(1)
統一歴九十九年五月十一日、午前 ‐ アルトリウシア子爵邸/レーマ
グナエウシア・アヴァロニア・アルトリウシア・マイヨル子爵令嬢はキルシュネライト伯爵家の御用商人エーベルハルト・キュッテルに対し、昨日『
エーベルハルトは静かに、だが適切に相槌を打ちながら大グナエウシアの話を聞いた。さすがにムセイオンでもトップクラスの
「……それで、私は陛下より今日も参内するよう仰せつかり、陛下の御前より下がりました。
それから陛下の御用意くださいました御料車で
大グナエウシアが全てを話し終えた後、
エーベルハルトは大グナエウシアの話を聞いて一つ気づいたことがあった。エーベルハルトの義弟であり、御用商人として仕える主人でもあるオットマー・フォン・キルシュネライト伯爵に届けられた報告書には書かれていたのに大グナエウシアの話には
エルネスティーネから
エーベルハルトは香茶を一口啜り、身体を起こして上体を背もたれに預ける。だが視線は相変わらず伏せたままで、向かい合って座る大グナエウシアへは向けない……いや、何も見ていないように大グナエウシアには見えていたが、実際はエーベルハルトは大グナエウシアを見ていた。ガラスのように磨かれた大理石の
上下さかさまに映る、エーベルハルトの顔をジッと観察しつづける大グナエウシアの様子をジッと眺めながらエーベルハルトは考え続けた。
伏せたのは
恐らくそうだろう。
百年ぶりの降臨が起きた。それも自分の領国で……おまけに降臨したのがあの《
陛下はアルビオンニアの様子をお聞きになられるために
だが、それだけなのか?
「あの、キュッテルさん?」
いつしか表情を険しくしていたエーベルハルトに大グナエウシアは恐る恐る声をかけた。
「ん?……おおっ、これは失礼!」
いつの間にか目の前の大グナエウシアのことを意識の外へ追いやってしまっていたことに気づき、エーベルハルトは慌てて取り
「
どうかお許しを……」
「いえ、それでしたらいいのですけど……」
笑顔で弁明するエーベルハルトだったが、もしそれが本当ならそんな険しい表情を浮かべていた理由がわからない。
「お伺いしたお話によると、
エーベルハルトの顔には笑みが浮かんでいたが、その目は射抜くようにジッと大グナエウシアへまっすぐ向けられている。
「え、ええ……私もそれを心配したのですけど、
こうも申されましたわ、『家族のことはひとまず安心するがよい』と……」
戸惑いながら答えたそれは大グナエウシアが先ほどの報告の中でも説明したことの繰り返しだった。
何でそんなことを確認するんだろう?
確かに大事なことだし私も心配なことだけど……
エーベルハルトの顔を見返しながら考えを巡らせる大グナエウシアの顔から戸惑いながらも浮かべていた笑みが急速に消えていく。大グナエウシアが見たところエーベルハルトの目は両目とも大グナエウシアをまっすぐ見ていた。
普通、人の視線は誰かの目を見る時、相手の両目の内のどちらかに視線が集中するものである。人の目は二つあるが、それらの目は通常、二つのものを同時に見ることはできないからだ。人が不安に襲われたときに目が泳ぐのは、相手の心情を見抜こうと無意識のうちにいつも以上に入念に観察し、相手の左右の目を見比べるからに他ならない。両目で相手の右の目を見、次の瞬間には相手の左の目を見る……それを頻繁に繰り返すので、目が泳いでいるように見えるのである。今のエーベルハルトの目を見る大グナエウシアもそうであった。
だがエーベルハルトの両目はまっすぐ大グナエウシアの両目を射抜いていた。そう、大グナエウシアのどちらかの目を見るのではなく、目を貫いてさらに後ろで焦点を結ぶかのように……大グナエウシアはその視線に不安を覚え、その意味にいつも以上に考えを巡らせた。
エーベルハルトの視線、そして先ほどの質問から大グナエウシアは一つの可能性に思い当たる。
「まさか、戦が起こったというのですか!?」
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