第813話 伏せられた凶事(2)

統一歴九十九年五月十一日、御前 ‐ アルトリウシア子爵邸/レーマ



 アルビオンニアから届いた報告書によれば降臨が起きた四月十日、アルトリウシアに駐留していたハン支援軍アウクシリア・ハンが突如蜂起し、アルトリウシアの住民への銃撃を繰り返した上に住宅地に火を放って船で逃亡……その際、アルビオンニウムから降臨者を乗せて帰ってきた『ナグルファル』号を発見し、砲撃している。

 第一報にあるのは当日の出来事についてのことだけであり、ゴチャゴチャあったけどひとまず降臨者を無事収容しましたという点に集約できる内容であった。このゴチャゴチャの中に本来なら何はさておき最優先で解決を目指さねばならないような事件が含まれていたのだが、何せ降臨したのが《暗黒騎士ダーク・ナイト》と同じ力を持つとされるゲイマーガメルというだけあってかなりいい加減に扱われてしまっているのが実情だ。

 ハン支援軍の叛乱など南部方面軍コミターテンセス・メリディオナリスを緊急動員してでも最優先で当たらねばならない事案である。それなのにその被害状況の詳細や逃亡したというハン支援軍のその後の動向など、本来あるべき情報が完全に欠落している。


 報告書には無いがもしかしたらハン支援軍はそのまま反転してアルトリウシアに再攻撃を仕掛けているかもしれない。船で脱出するはずだったのに浅瀬に座礁させられたというのだから、代わりの船を求めて混乱の最中さなかにあるアルトリウシアに再襲撃をしかけている可能性は否定できない。わずか一個大隊コホルスに満たないゴブリン兵とはいえ、無防備なアルトリウシアを襲撃するのはさほど難しいことではないはずだ。


 第一報の内容から最悪の展開を想像すると、アルトリウシアが戦禍にまみれて壊滅状態に陥っている状況に容易に行きついてしまう。もし、これに《暗黒騎士》の力を持ったゲイマーが嬉々ききとして干渉すれば、世界は再び破滅へ歩み始めるかもしれない。

 報告にはリュウイチを名乗るゲイマーは温厚であり、自身に対して実際に攻撃を仕掛けた者たちにすら寛容を示すほど寛大な人物らしいが、実際はどうだかわかったものでは無い。彼らの攻撃が、そもゲイマーにとって取るに足らぬモノに過ぎないからこそ寛容でいられたのであろうし、相手が取るに足らないからこそ興味を示さなかったのかもしれない。歴史上のゲイマーがそうだったように、ひとたびクエストでも受けた途端、豹変してしまう可能性も否定できないのだ。

 アルトリウシアで戦が起きた……それは間違いない。報告書にだって書かれている。報告書に書かれていない部分で戦が拡大したか、それとも発生していないかは定かではないが、最悪の状況を想定するのであれば戦が発生していることを想定すべきだろう。


 レーマ帝国全体の軍事を、ひいては安全保障をつかさどレーマ皇帝インペラートル・レーマエマメルクス・インペラートル・カエサル・アウグストゥス・クレメンティウス・ミノール陛下も戦が拡大していることを想定しているはずだ。それなのに子爵令嬢ウィケコミティス・フィリアには叛乱があったこと、戦が起きたことを教えていない。

 そして状況確認のためにムセイオンから聖貴族コンセクラトゥムを送ると言う……人選は定まっていないようだが、大聖母グランディス・マグナ・マテル御自おんみずか子爵令嬢ウィケコミティス・フィリアと同席し、現地の様子をお聞きになられたとそうだからムセイオンは本腰を入れて対応するつもりにちがいない。子爵令嬢ウィケコミティス・フィリアがお聞きになられたように、聖貴族コンセクラトゥムが直接使者として送り込まれることになるのだろう。


 だが、《暗黒騎士ダーク・ナイト》が降臨し、戦になっているかもしれないところへ聖貴族コンセクラトゥムを本当に送り込むだろうか?

 今ムセイオンにおわす聖貴族コンセクラトゥムほとんどは《暗黒騎士ダーク・ナイト》に親を殺された方々だ。

 親のかたきを目の当たりにし、大人しく使者の務めを果たせるのか?

 しかも現地が戦場となっていれば、どさくさに紛れて仇を討とうとしてもおかしくはないのではないか?

 だがそんなことになれば派遣された聖貴族コンセクラトゥムは返り討ちにあってしまうに違いない。彼らの親が束になってかかってもかなわなかった《暗黒騎士ダーク・ナイト》に、彼らが敵うわけがない。


 ゲイマーガメルの血を引く聖貴族コンセクラトゥムこの世界ヴァーチャリアで最も貴重な存在……生ける世界の至宝そのものだ。そのような方たちがあたら命を散らすようなことなど、あの大聖母グランディス・マグナ・マテル様がお認めになるはずもない。

 なのに、聖貴族コンセクラトゥムをアルトリウシアへ送り込むことを前提で話が進んでいる……それも大聖母グランディス・マグナ・マテル御臨席ごりんせきの場で……


 ということは、ひょっとして皇帝陛下インペラートルは戦のことを、ハン支援軍アウクシリア・ハンの叛乱のことをムセイオンにも隠しているのではないか?


 もしかしたら皇帝陛下インペラートル伯爵コメスが得ていない新たな情報を既に得ていて、現地で戦が起きていないことを御存じなのかもしれない。

 しかし、ハン支援軍アウクシリア・ハンが健在ならば戦が再発する可能性は残されているはずだ。ランツクネヒト族が奇襲とは言え一方的に攻撃を受け、まして領民に多大な被害を出したまま敵を逃がしたまま放置するはずがない。必ずや血の復讐フェーデを果たすはずだ。

 ハン支援軍アウクシリア・ハンが戻ってきて再襲撃を企てるにしろ、エルネスティーネやアロイスが逃亡したハン支援軍アウクシリア・ハンの追撃を命じるにしろ、絶対に戦は避けられない。そも、レーマ帝国インペリウム・レマヌムだって叛乱は絶対に許さないはずだ。皇帝陛下インペラートルがどのようにお考えだろうと、ハン支援軍アウクシリア・ハン討伐をしないわけにはいかないに違いない。


 必ず戦は起こる。絶対に防げない……ならば、何故子爵令嬢ウィケコミティス・フィリアに言わなかったのか?

 やはり、同席していた大聖母グランディス・マグナ・マテル様に戦が起こっていることを悟られないためではないのか?


 だとしたら皇帝陛下インペラートルは何をお考えなのか?


 新たな降臨者リュウイチ様に対しムセイオンから聖貴族コンセクラトゥムが送られる。そして現地で戦が起こっているにもかかわらず、それをムセイオンに隠しているとすれば……ムセイオンから送られる使者が現地に到着する前に戦を終わらせるつもりなのか?


 ハン支援軍アウクシリア・ハンは所詮一個大隊コホルスほどにまで討ち減らされたゴブリン兵団だ。確かにレーマ軍が本気を出せばたやすく討ち取れるだろう。

 だが、逃亡したのだろう?

 行方が分からなければ討伐のしようもあるまい……それとも知っているのか?

 もしかして最初から知っていた?

 討伐するためにわざと叛乱を起こさせた?

 あり得ない話ではないが……しかし……


 皇帝がグナエウシア・アヴァロニア・アルトリウシア・マイヨル子爵令嬢にハン支援軍の叛乱について何も教えなかったという事実、その理由にエーベルハルト・キュッテルは思考を膨らませるが、どうにもこうにもキナ臭い方向へしか想像が膨らまない。


 アルビオンニア属州について、帝都レーマの貴族ノビリタスたちの殆どは関心すら抱いていないが、関心を持って注目している貴族の多くはアルビオンニアに対して好意的な感情を抱いていない。帝国版図拡大の使命を帯びながら南蛮相手に攻めあぐねて事業は遅々として進まず、それどころかかつてレーマの仇敵だったアヴァロニウス氏族を領主貴族パトリキに取り立てたうえに、南蛮豪族との間で政略結婚を繰り返している。南蛮に対する懐柔策と言えば聞こえはいいが、どちらが取り込まれようとしているのかわかったものではない。ハッキリ言って帝都レーマでのアルビオンニア侯爵家、アルトリウシア子爵家への評価はかんばしいものでは決してないのだ。

 対南蛮戦への支援を求めたアルビオンニアに対してハン支援軍を派遣したのも、アルビオンニアに対する嫌がらせだったのではないかという見方も未だに根強い。それどころか、問題を起こしてばかりいるハン支援軍を送り込むことで、アルビオンニアの辺境軍リミタネイ……すなわちアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアと衝突させ、皇帝直轄であるはずの支援軍アウクシリアとの武力衝突を理由にアルビオンニア侯爵家やアルトリウシア子爵家を廃絶させようとしているのではないかという陰謀論さえまことしやかにささやかれていた。

 

 もしもあの陰謀論が真実で、今回それが現実のものとなったのだとしたら……まずいぞ、アルビオンニアは本気で取り潰されてしまうかもしれん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る