第684話 ナイス・ジェークの尋問

統一歴九十九年五月八日、午後 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム



 ゲイマーガメルの血を引く聖貴族コンセクラトゥムと言えども魔力が一様に優れているというわけでは決してない。個人差はかなりある。その血統の大元となったゲイマー自体からして魔力に大きな差があったため、その血を引く子らも必然的に魔力の質や量に大きな差があった。

 例えばハイエルフとヒトという種族の差というのも大きかったし、同じ種族であっても個人差があった。また、魔力そのものは同じくらいではあっても、魔力を自らの意思で自在に操って魔法を行使することを得意とする者もあれば、魔力を自らの意思で制御すること苦手で魔法の行使が出来ず、有り余る魔力が肉体の強化にのみにしか用いることのできない者もいた。まあそれは極端な例ではあるが、大まかにはハーフエルフたちは魔力そのものが高く、魔法力に長けているのに対し、ヒトは魔法を行使する能力に劣り、肉体の強化に魔力が用いられやすい傾向にあった。

 ではヒト種はハーフエルフには敵わないのかと言うとそうでもなく、魔法能力に劣るヒト種の聖貴族は魔力によって強化された肉体に魔法力を組み合わせることで「スキル」と呼ばれる特殊能力を行使できたり、あるいは魔道具マジック・アイテムによって魔法力を補うことで、ハーフエルフたちに劣らぬ能力を発揮できるようになっていたりする。


 アーノルド・ナイス・ジェークもそうした優れた肉体能力と弱めな魔法力を組み合わせたスキル。そしてそれを魔道具マジック・アイテムで強化することで絶大な能力を発揮するタイプの聖貴族の一人であった。

 地属性の精霊と相性が良く、《地の精霊アース・エレメンタル》との共感によって地形や獲物(あるいは敵)の位置を察知し、最善のルートで移動し、敵に気付かれることなく接近したり、あるいは逃げたり隠れたりできる。その能力はレンジャーとしてもハンターとしても無類の適性をもたらし、特に山林では彼以上に巧みに的確に行動できる者など存在しえないほどの行動能力を発揮できた。彼も自らを「ムセイオンで最高のレンジャー」と名乗るほどの自信を持っているくらいである。

 そして「アイジェク・ドージ【Aijeke dauge】」の銘を持つミスリルで出来た魔導弓マジック・ボウは、彼にとてつもない遠距離攻撃能力を与えている。攻撃魔法に特化したハーフエルフで『勇者団ブレーブス』最強の魔法使いマジック・キャスターペイトウィン・ホエールキングも遠距離攻撃能力ではナイスにかなわない。ペイトウィンの遠距離攻撃魔法の最大射程はせいぜい三百メートルほどに過ぎず、それほどの距離ともなると人間大の大きさの目標を狙い撃つような攻撃精度など期待できなくなってしまうが、アイジェク・ドージを装備したナイスなら約一キロ先の人間大の目標を狙い撃つことも出来るのだ。


 しかし、遠距離攻撃に限って言えば『勇者団ブレーブス』最強を誇るナイスも弱点が無いわけではない。遠距離戦が得意なら近距離戦が苦手なのだろうと思われるかもしれないが、そんなことは決してない。むしろ、武器攻撃職の端くれだけあって魔法攻撃職や支援職のメンバーよりもよっぽど近距離戦は得意である。「ムセイオン最高のレンジャー」を自称するだけあって、ちょっとしたモンスターや動物程度なら弓など使わずとも素手や刃物で簡単に仕留めることが出来るくらいなのだ。


 では弱点は何かというと、経戦能力である。


 彼はムセイオンの聖貴族としては魔力は劣る方なのだ。特に魔法力は絶望的で、アイジェク・ドージのような魔道具無しだと、ムセイオンの外にでも普通にゴロゴロいるようなヒトの神官と同程度の治癒魔法が使える程度なのである。

 《地の精霊アース・エレメンタル》との共感によって周辺の地理や敵味方の位置関係を把握することは出来るが、じゃあ地属性の魔法が色々使えるかと言うとそんなことは無い。強力な攻撃魔法を行使できるだけの魔力を魔道具マジック・アイテムの補助なしに自力で捻り出すことが出来ないのだ。

 そして、そんな魔力に劣った者がアイジェク・ドージなどという強力な魔道具によって魔力を強引に引き出し、攻撃に用いるのである。一日にそう何発も景気よく攻撃を繰り返すことなど出来ないし、それどころか強力な攻撃を用いればわずか数発程度で魔力欠乏に陥ってしまうのである。

 アルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースを襲撃した際のゴーレム軍団との戦いの時も、彼はそれが理由で弓による攻撃を行わなかった。ペイトウィンがしでかしてしまったように、自分の攻撃で近くの味方を巻き込んでしまう恐れがあったからというのも理由の一つではあったのだが、仮にあの場に居たゴーレムの半分ほどもアイジェク・ドージでたおしたとしたら、それだけで彼は魔力欠乏に陥ってしまう恐れがあったのだ。かといって魔力を使わない、普通の弓としての攻撃などゴーレムに通用するはずもない。それなのに彼らはゴーレム軍団を斃すだけでなく、その後のレーマ軍との戦いにも備えなければならなかったのだ。となると彼は、弓での攻撃などしたくてもできなかったのである。


 そんな彼が昨夜は景気よくアイジェク・ドージを使いまくった。《樹の精霊トレント》に追い回され、出口のない森を彷徨さまよい続け、次々と現れる《樹の精霊トレント》を撃ちまくった。一日にあんなにアイジェク・ドージを使ったのはナイスも生まれて初めてのことだった。

 おかげで彼はかつてないほどの魔力欠乏に陥っている。失神するだけならまだしも、翌日になっても魔力が回復しきらない。元々魔力に劣る彼は魔力の回復も遅い方なのだが、それでも翌日にまで響くようなことは滅多にあることではなかった。

 おかげで泥の様な眠りから覚めた後も体調はすぐれず、ベッドの上で上体を起こしてわずかな会話を交わしただけで嘔吐してしまった。


 それでもゲイマーの血を引くだけあって、彼の世話をしている神官たちが驚くほどの早さで彼は回復していく。何のことは無い、起き上がって普通の日常生活を送れるようになるためには、あと数時間分ほどの休息が足らなかっただけだったのだ。

 昼近くになって何とか立ち上がれる程度にまで回復したナイスは随分と遅い朝食を摂り、着替え、身だしなみを整える。昼を過ぎたころには顔色こそやや優れないものの、普通の健康な一般人と何ら変わらない程度に行動できるようには回復を遂げ、そして今はレーマ軍の高級将校らによる尋問を受けようとしていた。


「御加減の方は、もうよろしいのでしょうか?」


 カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子が尋ねると、ナイスはフッと小さく笑い飛ばすように鼻を鳴らし、やや挑発的に答える。


「まだ気分は悪いが、だからと言って話をしないわけにもいかないのだろう?」


 ナイスの言葉にカエソーは隣に同席しているアロイス・キュッテルと互いに目を合わせて無言のまま眉毛を持ち上げ、小さく笑みを浮かべると、そのままナイスに向き直って微笑みかけた。


「御理解いただき恐縮です、アーノルド・ナイス・ジェーク殿。

 なるべく早くお話を伺いたいのはその通りですが、一日くらいなら延ばせないこともありません。」


 そう言ってカエソーは余裕を見せつけた。ナイスが自分たちに対して反感のようなものを抱いており、そうであるがゆえに挑発的な態度をとっていることくらいは見え見えである。そして、それが現状でナイスのとれる精いっぱいの反抗に過ぎないことも明らかである以上、それを受け流すくらいは訳なかった。ましてや、実際の年齢はともかく、ナイスの今の見た目はティーンエイジャーそのものなのである。子供が子供らしい反抗的な態度を見せつけたからと言って、イチイチ目くじらを立てるのは大人として余裕が無さすぎるというものだ。まだ二十代前半のカエソーであっても上級貴族パトリキである以上、それくらいのことはわきまえている。たとえ相手が自分カエソーよりはるかに年上の聖貴族であろうと、今の立場は確実にカエソーの側に分があるのだ。ナイスの反抗的な態度は、却ってカエソーの精神的優位を増す結果にしかならなかった。

 そのことに何となく気づいたナイスはチッと小さく舌を鳴らす。そして諦めたようにフーッと大きく溜息をつくと、降参だとでもいうように両手を小さく広げて首を振った。


「いや、お気遣い感謝するが、その配慮は無用だ。

 嫌な事は避けたいが、避けられない事ならとっとと済ませてしまいたい。

 始めてくれ。」


 ジョージ・メークミー・サンドウィッチと違ってあっさりと降参したナイスに安堵と共に、どこか拍子抜けしたかのような呆気なさを感じながらカエソーとアロイスは小さく笑みを浮かべた。


「ではお言葉に甘えまして、さっそくお話を伺いましょう。

 まあ、お掛け下さい。」


 明るい口調でそう言うと、カエソーは椅子を勧めた。部屋はナイスに割り当てられた寝室であり、カエソーとアロイスは尋問のために部屋を訪れ、出迎えたナイスと共に立て挨拶を交わしたままの状態だったのだ。

 三人はそれぞれ、円卓の周りに置かれた粗末な造りの椅子に腰かけた。

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