第684話 ナイス・ジェークの尋問
統一歴九十九年五月八日、午後 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム
例えばハイエルフとヒトという種族の差というのも大きかったし、同じ種族であっても個人差があった。また、魔力そのものは同じくらいではあっても、魔力を自らの意思で自在に操って魔法を行使することを得意とする者もあれば、魔力を自らの意思で制御すること苦手で魔法の行使が出来ず、有り余る魔力が肉体の強化にのみにしか用いることのできない者もいた。まあそれは極端な例ではあるが、大まかにはハーフエルフたちは魔力そのものが高く、魔法力に長けているのに対し、ヒトは魔法を行使する能力に劣り、肉体の強化に魔力が用いられやすい傾向にあった。
ではヒト種はハーフエルフには敵わないのかと言うとそうでもなく、魔法能力に劣るヒト種の聖貴族は魔力によって強化された肉体に魔法力を組み合わせることで「スキル」と呼ばれる特殊能力を行使できたり、あるいは
アーノルド・ナイス・ジェークもそうした優れた肉体能力と弱めな魔法力を組み合わせたスキル。そしてそれを
地属性の精霊と相性が良く、《
そして「アイジェク・ドージ【Aijeke dauge】」の銘を持つミスリルで出来た
しかし、遠距離攻撃に限って言えば『
では弱点は何かというと、経戦能力である。
彼はムセイオンの聖貴族としては魔力は劣る方なのだ。特に魔法力は絶望的で、アイジェク・ドージのような魔道具無しだと、ムセイオンの外にでも普通にゴロゴロいるようなヒトの神官と同程度の治癒魔法が使える程度なのである。
《
そして、そんな魔力に劣った者がアイジェク・ドージなどという強力な魔道具によって魔力を強引に引き出し、攻撃に用いるのである。一日にそう何発も景気よく攻撃を繰り返すことなど出来ないし、それどころか強力な攻撃を用いればわずか数発程度で魔力欠乏に陥ってしまうのである。
アルビオンニウムの
そんな彼が昨夜は景気よくアイジェク・ドージを使いまくった。《
おかげで彼はかつてないほどの魔力欠乏に陥っている。失神するだけならまだしも、翌日になっても魔力が回復しきらない。元々魔力に劣る彼は魔力の回復も遅い方なのだが、それでも翌日にまで響くようなことは滅多にあることではなかった。
おかげで泥の様な眠りから覚めた後も体調はすぐれず、ベッドの上で上体を起こしてわずかな会話を交わしただけで嘔吐してしまった。
それでもゲイマーの血を引くだけあって、彼の世話をしている神官たちが驚くほどの早さで彼は回復していく。何のことは無い、起き上がって普通の日常生活を送れるようになるためには、あと数時間分ほどの休息が足らなかっただけだったのだ。
昼近くになって何とか立ち上がれる程度にまで回復したナイスは随分と遅い朝食を摂り、着替え、身だしなみを整える。昼を過ぎたころには顔色こそやや優れないものの、普通の健康な一般人と何ら変わらない程度に行動できるようには回復を遂げ、そして今はレーマ軍の高級将校らによる尋問を受けようとしていた。
「御加減の方は、もうよろしいのでしょうか?」
カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子が尋ねると、ナイスはフッと小さく笑い飛ばすように鼻を鳴らし、やや挑発的に答える。
「まだ気分は悪いが、だからと言って話をしないわけにもいかないのだろう?」
ナイスの言葉にカエソーは隣に同席しているアロイス・キュッテルと互いに目を合わせて無言のまま眉毛を持ち上げ、小さく笑みを浮かべると、そのままナイスに向き直って微笑みかけた。
「御理解いただき恐縮です、アーノルド・ナイス・ジェーク殿。
なるべく早くお話を伺いたいのはその通りですが、一日くらいなら延ばせないこともありません。」
そう言ってカエソーは余裕を見せつけた。ナイスが自分たちに対して反感のようなものを抱いており、そうであるがゆえに挑発的な態度をとっていることくらいは見え見えである。そして、それが現状でナイスのとれる精いっぱいの反抗に過ぎないことも明らかである以上、それを受け流すくらいは訳なかった。ましてや、実際の年齢はともかく、ナイスの今の見た目はティーンエイジャーそのものなのである。子供が子供らしい反抗的な態度を見せつけたからと言って、イチイチ目くじらを立てるのは大人として余裕が無さすぎるというものだ。まだ二十代前半のカエソーであっても
そのことに何となく気づいたナイスはチッと小さく舌を鳴らす。そして諦めたようにフーッと大きく溜息をつくと、降参だとでもいうように両手を小さく広げて首を振った。
「いや、お気遣い感謝するが、その配慮は無用だ。
嫌な事は避けたいが、避けられない事ならとっとと済ませてしまいたい。
始めてくれ。」
ジョージ・メークミー・サンドウィッチと違ってあっさりと降参したナイスに安堵と共に、どこか拍子抜けしたかのような呆気なさを感じながらカエソーとアロイスは小さく笑みを浮かべた。
「ではお言葉に甘えまして、さっそくお話を伺いましょう。
まあ、お掛け下さい。」
明るい口調でそう言うと、カエソーは椅子を勧めた。部屋はナイスに割り当てられた寝室であり、カエソーとアロイスは尋問のために部屋を訪れ、出迎えたナイスと共に立て挨拶を交わしたままの状態だったのだ。
三人はそれぞれ、円卓の周りに置かれた粗末な造りの椅子に腰かけた。
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