第1211話 欠便!?
統一歴九十九年五月十一日、朝 ‐
明日の日曜礼拝のために
一日でグナエウス砦へ行くためには馬車に乗らなければならない。
というわけでメルキオルがグナエウス砦へ行くための馬車は教会には残っていない。なので、救援物資輸送の中継基地となっている『黒湖城砦館』へ行き、そこでグナエウス砦経由アルトリウシア行きの馬車に便乗させてもらわなければならないのだ。とはいっても、教会は馬車を貸している側なので、その馬車を一時的に返してもらうという形になる。アルトリウシアへの物資輸送のために日曜日をグナエウス砦で過ごさねばならないキリスト者たちのために必要なことなので、侯爵家とシュバルツゼーブルグの
「どういうことですか?」
メルキオルは困惑していた。借りる……正確には一時的に返してもらう手筈の教会の馬車が無いというのだ。メルキオルの目の前の役人は自分自身も本当に困っているという風な様子で頭から脱いだ帽子を握りしめて説明する。
「申し訳ありません
昨日、帰ってくるはずだった教会の馬車が帰って来てないのです。」
「いったいどうして……」
「わかりません。
聞いた話では昨日、
何分、
一昨日の深夜、グナエウス砦に侵入したファドが
アルトリウシアへの救援物資の輸送はアルビオンニア属州の総力を挙げて行われている。動員できる馬車は根こそぎ動員されており、シュバルツゼーブルグ周辺にあった荷馬車で輸送業務に耐えられそうなもののほとんどはグナエウス街道でのピストン輸送に従事していた。シュバルツゼーブルグ教会堂の馬車もその一台である。
しかし全ての馬車が
そういう特定の御者のいない馬車の運転は、騎兵や一度引退した元・御者、あるいは馬車が壊れてしまって一時的に手の空いた御者などが担っていた。そしてそういう駆り出された御者の中には、グナエウス峠を越えられるだけの技量が無い者もいる。グナエウス峠はそこそこの難所であり、登るのはともかく下り坂でも安全確実に停車させることのできる強力なブレーキなど存在し無いのに重たい荷物を積んだ荷馬車で、長く続く曲がりくねった坂道を安全に降るにはそれなりの経験と技量と土地勘とが必要不可欠だった。他所では経験をたっぷり積んだベテランの中にも、グナエウス峠のこちら側は行き来できるが向こう側は無理だというような者も珍しくなかったのだ。
そういった御者たちはシュバルツゼーブルグとグナエウス砦の間だけを運行する。そして砦で峠の向こう側を担当する御者に馬車を引き渡し、アルトリウシアから戻ってきた馬車を受け取ってシュバルツゼーブルグへ戻って来るのだ。そして、どの馬車にどの御者を割り振るか……そのマネージメント業務を引き受けていたのが、ファドが殺してしまった馬丁だったのである。
マネージャーを失った御者たちは混乱した。ひとまず馬丁を探したがどこを探しても見つからない。彼が居なければ自分がどの馬車に乗ればいいかはもちろん、どの馬車にどの馬を繋げていいかすら分からなかったからだ。しかし、荷馬車の運航を止めるわけにはいかない。雪で峠が封鎖されるまで、どれだけ長く見積もってもあと半月……下手したら今日、いきなり雪が積もって街道が閉鎖されることもありうるのだ。そうなる前に運べるだけ物資をアルトリウシアへ運ばねばならない。
とりあえず御者たちは御者と馬車の組み合わせが決まっている荷馬車があらかた砦から出発したところで、余っている馬車に余っている馬を繋いでしまおうと話し合った。ひとまず必要なのは多くの荷物を運べる大きい荷馬車のはず……そこで御者たちはシュバルツゼーブルグへ戻る途中であろう空荷の荷馬車を大きい順に並べ、それに元気で力強そうな馬を順に繋いで出発した。大きい順に選ばれたのだから、怪我人や病人、あるいは棺を運ぶための小さな教会の一頭立ての荷馬車は最後まで残ってしまった。それが今日中にシュバルツゼーブルグへ戻さねばならない馬車であることに誰かが気づいたのは、役人がメルキオルに説明した通り昼間を過ぎてからの事だったのである。
「何ということでしょう……では馬車はまだ
沈痛な面持ちのメルキオルが尋ねると役人は申し訳なさそうに首を振った。
「申し訳ありません
昨日、
グナエウス砦からシュバルツゼーブルグへ下って来るまでの間、荷馬車は何度か途中の
「あれ、その馬車、車軸が傷んでいるから修理するまで砦に置いとくはずだろ?
何でこんな所まで来てるんだ?」
その一言に驚いた御者は慌てて馬車を点検し、言われた通り車軸が折れる寸前になっていたことを見止めて初めて自分が間違った馬車に乗ってきたことに気づき、そこから連鎖的にそういえば今日戻すはずの教会の馬車に誰も載っていないんじゃないかと気づいたのだった。
一部始終を見た別の御者がシュバルツゼーブルグへ到着し次第、役人に報告したのだが、それは既に陽もくれて暗くなってからのことだった。なのでその壊れかけの馬車と間違った馬車に乗ってきた御者、そしてグナエウス砦に置き去りにされているであろう馬車がどうなったのかは役人も知らない。
「困りました。
私は今日中に
何とかなりませんか?」
自分だけが
「既に今日の最初の便は全て
ですが次の便はまだ荷を積んでいるところです。
向こうに到着するのは少しばかり遅くなりますが、そのいずれかに乗れるように手配いたします。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます