第1212話 撤収

統一歴九十九年五月十一日、朝 ‐ 『勇者団』ブレーブスアジト/シュバルツゼーブルグ



「大丈夫です、ティフブルーボール様。

 中にも周囲にも怪しい奴は居ません。」


 スワッグが報告するとティフとソファーキングはホッと安堵の溜息をついた。


「良かった。

 ここは見つかってなかったみたいですね。」


「よし、一応中を確認しよう。」


 ソファーキングが浮かれ気味に喜ぶと、すかさずティフが指示を出す。それを聞いてスワッグとソファーキングは声をそろえて「ハイ」と返事をする。

 今朝は何故かボンヤリしていた様子のティフだったが、デファーグと別れてからは次第にいつもの緊張感を取り戻し、シュバルツゼーブルグの街に入る頃にはすっかり普段の様子に戻っていた。


 シュバルツゼーブルグの街で補給と情報収集をする……ソファーキングの提案によりシュバルツゼーブルグの街へ寄った彼らは、馬を隠しておくための郊外のアジトがレーマ軍によって既に制圧されているのを確認すると、遠回りして街の南側へ回り込むと、この町の名前の由来ともなった『黒湖』シュバルツゼーほとりへと至る。そこでどこかに馬を隠しつつ、馬が逃げ出さないように……同時に馬を盗まれないように誰か馬番を残して街に入るつもりでいた。

 当初、その馬番はソファーキングがすることになるだろうと誰もが思っていた。が、思いもかけずデファーグが馬番に立候補する。デファーグいわく、一昨日の夜にデファーグはペイトウィン、エイーの二人と共に三人でシュバルツゼーブルグの街で腹いっぱい飲み食いしており、それが後ろめたく思えて仕方がなかったのだそうだ。それでもハーフエルフとヒトのヒエラルキーを考えると、ハーフエルフのデファーグに馬番などという雑用を押し付けるわけにもいかず、「私がやります」とソファーキングは申し出たのだがデファーグはそれを固辞した。


「ソファーキング、お前は一昨日から昨日にかけてかなり魔法を使ってしまって消耗しているんだろう?

 だったら馬番がてら休憩するよりも、街中でちゃんとしたものを食べた方がいい。

 俺は一昨日も昨日もたくさん食べさせてもらった。

 今日ぐらい、適当に食事を済ませたところで不都合はない。

 『勇者団』ブレーブス全体のためにも、お前は街で食べてくるべきだ。」


 デファーグにそう言われてはそれ以上何かを言うことはソファーキングには出来ない。いや、誰にもできなかった。デファーグの言ってることは何も間違ってないからだ。


 デファーグエッジロード様はやはり良い方だ……


 ソファーキングの見るところ、『勇者団』のハーフエルフたちは割とヒトに対して寛容な人物だ。ムセイオンの他のハーフエルフはヒトの聖貴族に対し見下した態度をとる傾向が強い。それはゲーマーの血を引く同じ聖貴族と言えども、寿命が長く成長の遅いハーフエルフは未だ全員が第一世代・・・つまりゲーマーの子なのに対し、ヒトの聖貴族ほ大部分が既に第二世代・・・つまりゲーマーの孫になってしまっているのが理由である。ただでさえ魔力の劣るヒトなのに、世代も下って魔力が衰え、おまけに聖遺物アイテムも相続で分散して数えるほどしか持っていないとなれば、多少下に見られたとしても仕方のないことなのだろう。実際、同じ第一世代のヒトの聖貴族には割と親密かつ対等に接するのに、第二世代にはあからさまに差別的な態度を示すハーフエルフも存在している。

 そんな中で『勇者団』のハーフエルフたちは同じハーフエルフの中でさえ孤立してしまったような問題児たちがほとんどであり、世代がどうこうよりも同じ嗜好を共有しているという点を評価してヒトの聖貴族とも親しく接してくれる傾向がある。血統や血の濃さ、魔力の強さや属性傾向などよりも、父祖であるゲーマーたちの英雄譚に関する知識や惚れ込み具合の方が『勇者団』では重要なのだ。それでも時折、ヒトを見下したかのような視線を送って来ることがあるためヒトがハーフエルフ相手に気安く冗談を言ったりするのは難しいが、一緒に居ても苦にならないというか、負担が軽いのは『勇者団』のハーフエルフたちの最大の好点だろう。


 その中でもデファーグは一等だ。ヒトを見下すことがないし、いい点を見つければ褒めてくれる。ヒトかハーフエルフかとか、家柄とか身分とか役職などではなく、『勇者団』全体のことを考えて損な役回りでも引き受けてくれるし、ヒトを引き立ててくれたり擁護してくれたりもする。


 ティフブルーボール様よりもリーダー向きかもしれないな……


 思わずそんなことまで考えてしまうが、誰が『勇者団』のリーダーを務めるかはハーフエルフたちが決めることだからソファーキングが何を思おうとも関係がない。口に出してもいいことは無いから、ソファーキングはもちろん誰も口にしたりはしない。


「よし、置いてある荷物を纏めろ。

 金は残すなよ?」


 アジトに入ったティフは異常がないことを確認すると二人に指示した。スワッグは間髪入れずに「ハイッ」と返事をして取り掛かったのに対し、ソファーキングは驚き目を丸める。


「えっ、アジトここを捨てるんですか!?」


 拠点を持つことの利点の一つは余計な荷物を持ち歩かなくて良いことだ。このアジトにもわずかながら『勇者団』の共有財産が置かれている。それを回収するということは、このアジトを拠点として使うのはやめると言っているのに等しい。

 『勇者団』のような活動をしている者たちに限らず、拠点を持つことの意味は大きい。物資を集積すればそこを中心に活動の幅を大きく広げることができるし、何かあった時にそこへ戻れば身を隠すことも身を守ることも出来る。身体を休めることも出来るし、誰かと連絡を取ることもできる。拠点は我が家同様、心の拠り所とさえなりうるのだ。

 それを放棄するということは今後の活動が不安定になることを意味する。実際、ムセイオンを脱走してからクプファーハーフェンで支援者を見つけるまで、『勇者団』の旅は困難の連続だった。特にハーフエルフたちの“御守おもり”をしなければならないヒトの負担が非常に大きかったと言える。ハーフエルフが休む時は誰かが見張りに立ってなければならなかったし、身を横たえる場所が足らなければヒトがハーフエルフたちに譲らなければならなかった。食べ物など必要な物を調達するのはヒトの仕事だったし、旅の先々で行わねばならない交渉事もほとんどがヒトの仕事だった。といっても、それらで一番大活躍したのはファドだったわけだが……。クプファーハーフェンで支援者を見つけ、契約を交わし、活動資金や馬、そして各地にここのようなアジトを提供して貰えたのは『勇者団』にとって、特にヒトのメンバーにとって僥倖ぎょうこうと言えた。それによって彼らの負担は大きく軽減されたのだから。

 その拠点を放棄する……それはソファーキングたちにとってやっと手に入れた安心と安全、そして安定を手放すにも等しい決断といえた。これから彼らは再び、クプファーハーフェン到着以前の困難な環境に再び身を置くことを意味している。

 ソファーキングの声色と表情から、彼の思っていることの全てではないにしろ、多少なりともを察したティフはソファーキングを安心させるために説明をはじめた。


「いや、放棄はしない。」


「では何故、そこまでしなくてもいいのでは?」


 ソファーキングはアジトにだいぶ未練があるようだった。


「荷物を回収するのは一時的な措置だ。

 外のアジトを獲られたのを見ただろ?

 あれでレーマ軍の警戒は多分高まっている。

 外の捜索に続いて街中も捜索されるだろう。

 万が一ここに踏み込まれて荷物が見つかって見ろ、ここがアジトだとバレて押さえられたら、このアジトは二度と使えなくなってしまう。

 でも踏み込んで何もなければ?」


「……アジトだとはバレないってことですか?」


 理屈は理解してても心情的には受け入れがたい……残念そうにソファーキングがティフの後をとって答えると、ティフは少し困ったように笑った。ソファーキングに同情しているのか、それとも同乗しているフリをしているのかはソファーキングには分からない。


「そうだ。

 レーマ軍がこの街を探しても俺たちのアジトは見つけられないと諦めるまで、ここの荷物は避難させる。

 それに……」


「それに?」


「ペイトウィンが捕まった今、俺たちの財産はここにあるモノがほとんどすべてだ。

 これまで失ったら俺たちはサウマンディアに到着した時みたいに、何も出来なくなってしまう。」


 ティフの言っていることは正しい。『勇者団』の荷物の大半を、魔法鞄マジック・バッグを一人でたくさん所有しているペイトウィンが預かっていたのだ。そのペイトウィンが魔法鞄ごと……つまり『勇者団』の共有財産ごとレーマ軍に捕まってしまったのだから『勇者団』に残された共有財産は、このアジトに残されたわずかな分だけということになってしまう。しかもこのアジトに残されていたのは、メンバーが別行動をとった際に不足した物資を一時的に補給できることを目的にした最低限の分しかない。ペイトウィンが捕まるなんて誰も予想していなかったから、『勇者団』の荷物はペイトウィンが預かっていれば補給の心配はないと安心しきっていたからだ。それにティフ達も魔法鞄の類は持っているが、個人の荷物で既にいっぱいで共有財産を預かれる余裕は元々あまりなかった。

 この状態でアジトに残された荷物をすべて失ったら、それこそティフが言うように何も出来なくなってしまうだろう。ソファーキングも今までで一番苦しい時期と同じ状況になるかもしれないと警告されると、さすがに納得せざるを得なかった。


「わかりました。」


 表情は暗いままだが、それでもソファーキングはスワッグの手伝いを始める。アジトの表が騒がしくなったのはそれからすぐ後のことだった。

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