第484話 憂鬱な朝食
統一歴九十九年五月六日、朝 -
「そうか、分かった。
ご苦労だった、下がって良い。」
女性神官から『
「抜け駆けというわけにはいかないようですな、閣下?」
神官のスカエウァ・スパルタカシウス・プルケルが両眉を持ち上げ、ガッカリしたように言うと、カエソーは右側の眉と口角を持ち上げて答える。
「人聞きの悪いことはあまりおっしゃってほしくありませんな、スパルタカシウス・プルケル様?
我々は別にアルビオンニア側の方たちを出し抜こうとしているわけではありませんよ。」
「そうですぞスパルタカシウス・プルケル様、昨夜ご説明しました通り、今の時点で彼の存在をイェルナクに知られるわけにはいきません。
イェルナクに知られることなく彼から話を聞くには、こうするのが一番良さそうだ…そのように伯爵公子閣下は判断なされたのです。」
「おっと、コレは失礼。失言をどうかお許しください。」
カエソーの反論にマルクスが補足すると、スカエウァはあっさりと降参した。
現在、この
メークミーを懐柔し取り込む価値は大きい。短期的には『勇者団』の残りの身柄を彼を通じて確保できるかもしれないのだ。長期的には、サウマンディアの女に子供を産ませることが出来るかもしれない。
『勇者団』は身柄を確保したうえでムセイオンへ送り返さねばならないが、その前に女をあてがうことが出来ればそのチャンスはある。
メークミーはヒトで実年齢は三十代半ばぐらいであるが、その見た目は十代後半といったところである。
魔力は生命エネルギーそのものであるため、強力な魔力を有する
そんな彼らの血を引く子をサウマンディアの女に産ませることが出来れば、将来サウマンディアが得るであろう利益は計り知れない。無論、生まれた子供は成長するまでムセイオンへ引き渡さねばならないが、それでも成長して大人になればサウマンディアへ呼び寄せることができるようになるのだ。
仮にあてがった女を妊娠させることができなかったとしても、『勇者団』とコネクションを作ることにはそれなりの価値がある。親戚でもない者がゲイマーの血を引く彼らとコネクションを作る機会は滅多にないのだ。
また今すぐに彼らに直接女をあてがうことは無理でも、彼らと
「しかし、一夜明けても魔力が回復していないとは、思いもよりませんでしたな。」
マルクスは料理が運び込まれるのを待っている間、
昨夜、メークミーはゴーレムに取り押さえられて身動きの取れない状態で多数のスライムに食われていて意識障害を生じるほどの魔力欠乏を起こしていた。だが、伝承によればゲイマーはどれほどの怪我を負おうと、どれほど消耗しようとも、一晩寝ればそれだけで完全に回復したと言い伝えられている。だから、彼もゲイマーその人ではないにしろ、ゲイマーの血を引く直系の孫なのだから、同じように一晩で完全回復を遂げるだろうと勝手に思い込んでいたのだ。
「保有する魔力量は大きくとも、回復量はそうでもないのかもしれません。
大きな水瓶はたくさんの水を蓄え、使うことが出来ます。ですが、水源が乏しければ、一度失われた水量を回復するのにどうしても時間がかかってしまう。」
「なるほど、そういうものなのか・・・」
スカエウァは洗った手を拭きながらそう説明した。もちろん、スカエウァも他の軍人たちも実はメークミーが拗ねてヘソを曲げていただけとは知らないので、これはスカエウァの勝手な予想である。しかし、ゲイマーの直系の子孫と接したことの無い彼らはそれで納得するほかなかった。
「ですが、問題はこれから彼をどうするかです。
昨夜は《
「それだ、やはり奪還に来ると思うか?」
マルクスの指摘に対し手を拭いた
「来るでしょう。
彼らには目的が二つありました。あのヴァナディーズ女史の暗殺、そして降臨術の実行…ですが、そのどちらも果たせていません。仮に彼の身柄がこちらに無かったとしても、彼らはここを再度襲撃する理由が二つもあるのです。」
「そして、ここには彼も捕えられている…ここを襲撃し、勝利すれば彼らは三つの目的を同時に果たすことが出来ると言うわけだ。」
マルクスの説明は聞くまでもなく分かり切ったことだった。ゆえに、マルクスの説明の後をとってカエソーは自分で続きを言ってしまう。そして、テーブルの上に並べられた料理に手を伸ばした。
「守れると思うか、我々だけで?」
昨夜、彼らがワンサイドゲームと言って良いほど有利に戦を進めることが出来たのは何と言っても《地の精霊》の力があったからこそだった。《地の精霊》が居たから敵の位置を知ることが出来たし、敵の作戦を見抜くことも出来た。そして、一番厄介な『勇者団』の相手を任せることも出来た。
だが、ルクレティアがアルトリウシアへ帰ってしまえば《地の精霊》の力を借りることなどもう出来なくなってしまう。『勇者団』が使役している盗賊団は
「どれほどの犠牲を覚悟できるかによるでしょう。
ムセイオンが彼らの迎えを寄こすまでどれほどかかるでしょうか?」
「ここからムセイオンのあるケントルムまで早馬で二か月はかかるだろう。
となれば、どれだけ早くてもおそらく四か月…」
マルクスの反問にカエソーは千切ったパンを口に頬張りながら答えた。
四か月…その数字にカエソーは自分で答えながら
焦点の合わない目をテーブルに向けたまま、無言でモシャモシャとパンを
「やはり、ルクレティア様に御相談するしかありますまい?」
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