第1059話 リュウイチの報告(2)

統一歴九十九年五月十日、晩 ‐ マニウス要塞陣営本部プラエトーリウム・カストリ・マニ/アルトリウシア



『それ……なんですが……』


 なんだ……?


 戦後多数生まれたゲイマーの子たち……赤ん坊たちが引き起こす魔力暴走事故には当初、子供を産んだ母親や神官フラメンたちが自らの魔力を投じて赤ん坊周辺の精霊エレメンタルたちを押さえつけることで対応していた。ゲイマーの子を産んだ母親たちは皆、子供たちの父親であるゲイマーから魔力を引き継いだ聖女サクラであり、並の神官たちでは太刀打ちできないほどの魔力を保有していたからだ。しかし、それでも赤ん坊はゲイマーの血を引くだけあって、赤ん坊ながら母親を上回る魔力を有している場合もあったし、子供の夜泣きの度に精霊制御のために魔力を放出させられるとあってはたまらない。対応しきれないことも珍しくは無かった。実際、それで死者がでる事故も発生している。ムセイオンが設立されて以降は子供たちは母親と共に集められ、大聖母フローリアを始め世界中から集められた魔力保有者たちの協力の下、魔力暴走による事故は未然に防がれるようになっていた。

 ならばここでフェリキシムスの魔力暴走に対応するのは当然リュウイチであろう。何せ世界一の魔力を誇り、神にも等しい強大な精霊を使役しているのだ。実力に不安は無いはず。なのにリュウイチは気まずそうにしている。その態度に違和感を覚えたアルトリウスは戸惑っているうちにリュウイチの言葉を思い出した。

 

 そういえばさっき、『事後になりますが』と……


 アルトリウスの胸中が急にざわめき始める。リュウイチはルクレティアのために強力な魔導具マジック・アイテムを用意し、なおかつ《地の精霊アース・エレメンタル》を付けてやった。仮初かりそめ巫女サセルダに過ぎなかったルクレティアを聖女へ迎えるという約束の品……いわば婚約指輪のような物という位置づけではあったが、大協約の制約上そう言った物は認めがたく政治的には大きな問題を孕んでいた。結果的にルクレティアを公式に聖女とすることで一応の解決を見たわけではあるが、今回はリュキスカである。

 リュキスカはルクレティアと違い、既にリュウイチのという実績を有する聖女だ。奴隷たちと同じくという位置づけになるため、大協約上の制約は無い。が、今回はそのリュキスカの実子、フェリキシムスだ。

 聖女リュキスカに魔導具を与える、精霊を授けるということであれば大協約上の制約は無い。が、そうであるからこそ、リュウイチがリュキスカに何を与えたとしても、アルトリウスたちには何も文句も注文も言えない。

 しかし、もしもフェリキシムスに何かを与えたとなれば、それは明確に大協約に抵触してくるだろう。リュキスカはリュウイチの聖女だがフェリキシムスは違う。リュキスカの実子ではあるが、フェリキシムスはリュウイチとは何のつながりも無いのだから、赤の他人……一般のヴァーチャリア人に過ぎないのだ。


 今からでも取り返しがつくことなのか?


 ポーカーフェイスを保とうとしていたアルトリウスの試みはわずかに失敗していた。顔半分は成功していたが、反対側の目元がいぶかしむように、あるいは不安がるように歪んでいる。続きを言い淀んでいたリュウイチはアルトリウスのその表情に気づくと頭を掻いていた手を降ろし、パンと音を立てて両手を膝の上に降ろすと思い切ったように口を開いた。


『《風の精霊ウインド・エレメンタル》を見張りにつけました。』


 アルトリウスは表情は変えずにゴクリと喉を鳴らす。


「《風の精霊ウインド・エレメンタル》様を、見張りに……ですか?」


『はい……その、ひとまず赤ちゃんが魔力を発散させて、それに野良の精霊たちが反応して騒ぐのを止めさせるのがまず先決だと思いまして……

 ただ、騒ごうとする精霊を制御しなきゃいけないって話なんですけど、正直言って私には具体的なやり方はよくわからんのですよ。』


 意外なリュウイチの一言にアルトリウスの片眉が上がる。これはオトと同じような反応だ。リュウイチはそれを無視して話を続ける。


『それに、私がリュキスカの部屋に居座るわけにもいきませんし、かといってまた何の相談も無しにリュキスカに魔導具マジック・アイテムを与えて騒ぎになってもいけませんし……それで、私の代わりに《風の精霊ウインド・エレメンタル》に見張らせることにしたんです。《風の精霊ウインド・エレメンタル》なら目立ちませんし、なんだか話を聞いてると一番目立って反応してるのも野良の《風の精霊ウインド・エレメンタル》のようでしたし……同じ属性なら相性がいいかなと思いましてね。

 それで……ひとまずこの屋敷内なら特に魔導具マジック・アイテムを介したりしなくても活動可能っぽかったんで……あ、くれぐれも目立たないようにっていうのは言いつけてあります。あと、この屋敷の外の事には干渉するなとも……』


 リュウイチは一気にまくしたてるように言った。それは何か後ろめたい出来事を言い訳するかのような様子であった。

 一応、リュウイチもルクレティアに魔導具を与えた一件から反省はしていたようである。確かに何も対策もしないままでは火事や家屋の倒壊などといった事故が起きかねないので何らかの対応は必要だっただろう。その必要性に対してなるべく目立たないように、騒ぎにならないように考えて応じていたようだ。

 アルトリウスは未だ続く胸騒ぎを自覚しつつリュウイチに尋ねる。


「その……お付けになられた《風の精霊ウインド・エレメンタル》様は、あくまでもリュウイチ様の眷属であって、リュキスカ様やフェリキシムスに授けられたというわけではないのですね?」


 上目づかいで用心深く尋ねるアルトリウスにリュウイチは少し気圧されたように仰け反り、数拍置いてからコクリと頷いた。


『……もちろん!』


「ふぅ~~~~っ」


 安心したのかアルトリウスは大きく息を吐き出しながら脱力させた。どうやら、大協約に反すること、後々問題になりそうなことはなさそうだ。リュウイチが見張りにつけたという《風の精霊》がおかしなことでもしない限りは、騒ぎになることも秘密が露見することも無いだろう。

 アルトリウスの反応にどうやら問題は無かったようだと察したリュウイチはホッと胸をなでおろす。


『一応、これは応急処置として考えていて、正式な処置はまた、皆さん方と相談しながら決めようと思っています。

 明日、丁度皆さん、またこちらへ来られるんですよね?』


「はい、明後日は日曜ですから、侯爵家の礼拝のために……」


 アルトリウスは緊張が和らいだためか、喉の渇きを覚え、食卓メンサの上の角杯リュトンに手を伸ばしながら答えた。


『また、会議があるんでしょうから、できればこの件も議題に挙げていただけると助かります。』


 リュウイチも同じく角杯を手に取り、黒ビールで口を湿らせる。


「もちろんです。

 ただ、事が事ですから、こちらには精霊エレメンタルや魔力についての十分な知識もありませんし、明日会議に挙げても明日すぐに答えが出るとはお約束できません。」


『それは承知しています。

 そもそもリュキスカの同意をまず得なければならないでしょう?彼女は赤ちゃんの母親で、言って見れば一番の関係者なんだし、そのためには彼女が回復してからじゃないと……』

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