第275話 魔力酔い
統一歴九十九年四月二十二日、晩 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
女たちは
「いいんですよ
「ありがとう
あら、フェリキシムスも
アンティスティアのフォローに礼を述べたエルネスティーネが、ふと、リュキスカの胸元で眠りにおちようとしている赤ん坊に目を止めた。
「あら、この子顔が赤くありませんこと!?」
それをきっかけに今度は赤ん坊に注目が集中する。
「え?ああ、ええ~っと、何かこの子最近いっぱいオッパイ飲むようになったんだけど、何かオッパイ飲み終わると何だかこんなんなっちゃって…」
リュキスカがいつの間にかオッパイを飲み終わっていた赤ん坊を離すと、顔を赤くした赤ん坊はそのまま仰け反るように身体をグテっとさせ、盛大にゲップした。
「何か酔っ払いみたい・・・」
「いくら何でも顔、赤くなりすぎね。」
「ホント、母乳にお酒でも混じってるってわけでもないでしょうに・・・」
「いや、バカな事言わないでおくんなさいよ。アタイ、酒なんか一滴だって飲んじゃいやしませんよ?」
リュキスカは赤ん坊にオッパイ飲ませ終わった後の乳首を
「お酒はお飲みにならないの?」
「うん、お酒飲んだ次の日はオッパイが不味くなるみたいでさ、赤ん坊があんまり飲んでくれなくなっちゃうから、アタイお酒は止めたんだよ。」
レーマでは女性の飲酒ははしたない事だとされている。女性がお酒を飲んでいいのは夫と一緒に
「どのみちお酒飲んだからってお乳にお酒は混ざらないでしょ?」
「でも、この顔の赤いのって・・・」
「ルクレティア、診て差し上げなさいな。」
少し離れた席から様子を見ていたルクレティアにエルネスティーネが声をかけると、ルクレティアは席を立って様子を見に来た。隣に座っていたヴァナディーズも一緒に付いてくる。
「たしかに、まるでお酒に酔ってるみたいだけど…お酒臭くないし…」
「少し熱があるかしら?」
ヴァナディーズが手を赤ん坊の額に当てると、赤ん坊は心地よさそうに微笑んでモゾモゾっと身体を揺すった。すると周囲に女たちが寄ってきて赤ん坊の頭やら頬やら次々と手を当てはじめた。赤ん坊はひんやりするのが気持ちいのか、寝たままだが気持ちよさげに身体を揺すった。
「確かに熱があるみたい…」
「オッパイあげるたび、毎回なんでしょ?」
「何かの病気?」
「ええ!?だってこの間リュウイチ様に治していただいたばっかりだし…」
この時、ルクレティアが異変に気付いた。何やら赤ん坊の身体にやけに強い魔力がみなぎっている。
「リュ、リュキスカさん、リュウイチ様から赤ちゃんに何か与えられていますか?」
「い、いやぁ…そんなの…だってアレから赤ん坊をリュウイチ様に見せてないし」
身に覚えのないことを言われてオロオロとしはじめるリュキスカにルクレティアがためらいがちに言った。
「あの、変に受け取らないで欲しいんですけど…ちょっとお乳を調べさせていただいてよろしいですか?」
「え!?…ええ…まあ、そりゃ…まだあるけど…」
「お願いします。」
「う…うん…」
リュキスカは赤ん坊をルクレティアに預けると、服の胸元を
「え、えーっと…どうすりゃいいんだい?」
女同士とはいえさすがに大の大人が人前で他人のオッパイに吸い付くのも
「じゃ、じゃあ、すみませんがここに…」
「う…うん…いくよ?」
人間が人前で母乳を絞ることなどそうそうある事ではない。この事態をどうとらえていいかわからず、女たちがドギマギしながら様子を見守る中、リュキスカは恥ずかしいのを我慢して、差し出されたルクレティアの手のひらに向かって自分の乳房から母乳を絞った。
見る間にルクレティアの手のひらに母乳が溜まっていく。
「あ、も、もういいです!」
「もういいのかい?まだ出るよ?」
「十分です!多分・・・」
女たちは興味深げにルクレティアの顔とルクレティアの手のひらに溜まった母乳を交互に観察する。
「やっぱり…」
何やら
「え!?何だい?アタイのオッパイがどうかしたのかい?」
「どうかしたのルクレティア?」
ルクレティアは母乳を溜めた手のひらがほのかに温かくなるのを感じていた。最初は母乳そのものの熱かと思ったがそうではない。いつまでたっても冷めないのだ。
「このお乳から…凄い、魔力を感じます。」
「「「魔力!?」」」
「ちょっと、赤ちゃん、いいですか?」
女たちが驚きの声を上げる中、ルクレティアは赤ん坊をリュキスカに返すと、反対側の手の指に母乳を付けてヒョイっと口に入れて舐めた。途端に身体がポォっと温かくなってくる。
「やっぱり…これ、凄い魔力を含んでいるわ。」
「え!?」「どういうこと?」「どんななの?」
女たちが次々とルクレティアの手のひらの母乳を指先に浸けて味わってみる。途端に女たちが目を丸くし、驚きの声を上げる。
「あら、何これ!?」
「お酒!?」
「ホント、お酒みたい?」
「やだ、何か酔いそう・・・」
「待っとくれよ、アタイのオッパイからお酒が出てるってのかい!?」
赤ん坊のためにスパッとお酒を断ったリュキスカからすると、自分の母乳が酒のようだと言われるのはかなり心外な事だった。
「いえ、お酒じゃないです。
母乳に強い魔力が含まれてて、それでこんな風に感じるんです。
以前、レーマに居た時に実習でちょっとだけマナポーションを味見させてもらったんですけど、こんな感じでした。」
「どういうことだい!?」
リュキスカはイマイチ状況が理解できていない。他の女たちもそれは同じだし、実はルクレティア自身が半信半疑だった。何せ、本で読んだことはあっても目の当たりにするのは彼女自身初めての事例なのだから。
「その…リュキスカ様が、その…リュウイチ様の…精を…お受けになられたことで…
降臨者のお手付きがあった女性がそれだけで魔力に目覚めてしまうことは歴史上数多くの事例が残されている。だからこそ、お手付きのあった女性はたとえ降臨者の子を産まなくても「
「アタイが!?」
想像だにしなかった説明にリュキスカは戸惑いを隠せない。まさか自分の身体にそんな変化が起きていようなどと、今の今まで思いもしなかったのだ。
「それで、魔力の一部がお乳にまざってしまったんだと思います。」
「じゃ、じゃあ、赤ん坊がこんなになっちゃうのって…」
全員の視線が赤ん坊に注がれる。
「赤ちゃんは…たぶん、”魔力酔い”を起こしてます。」
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