第1416話 ウインド・エレメンタルの言い分

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞陣営本部プリンキパーリス・カストリ・マニ/アルトリウシア



 ヒュッ……リュウイチが《風の精霊ウインド・エレメンタル》を呼ぶと一瞬、部屋の中の灯りが揺らめいた。もしかしたら《風の精霊》も緊張しているのかもしれない。


『その、トルキラというのはお前がゴルディアヌスに貸した妖精って話は本当なのか?』


『ゴルディアヌスの言ったことに間違いはありません。

 トルキラは我が眷属、風属性の妖精でゴルディアヌスにお貸ししました』


 頭に響く《風の精霊》の念話に淀みはなかった。リュウイチは視線を空中に浮かぶ《風の精霊》に向ける。


『で、眷属を貸し出した理由、目的は?

 そのトルキラはどういう妖精で何をやらせていたんだ?』


『眷属を貸し出したのはゴルディアヌスの求めに応じるため、目的はでした』


『監視?

 何を?』


 《風の精霊》は念話で話す。したがって話している言葉はリュウイチの話している日本語ではない。伝わってくるのはあくまでもイメージであり意味そのものだ。が、伝えられた「監視」という意味は日本語の単語の「監視」が持つ意味以上に穏やかではなかった。


 何か本格的に良からぬことを!?


 リュウイチが疑念の視線をゴルディアヌスに向けてしまったのも無理はなかっただろう。ゴルディアヌスは彼自身の認識では後ろめたいことなど無いはずなのに、リュウイチの一にらみに顔を青くし、脂汗を流し始めた。


『監視していたのはこの建物で行われていた礼拝の様子です』


『礼拝を?

 何で?』


『貴族の娘が怖がっていたからです。

 ゴルディアヌスが言うには以前、礼拝で毒が使われて恐ろしい目にあったとか……それを恐れる娘を安心させるため、ゴルディアヌスは私の協力を求めたのです。

 しかし私自身が主様よりたまわった役目より離れるわけにはまいりません』


『それで、眷属を貸したのか?』


 リュウイチの視線が《風の精霊》に戻り、ゴルディアヌスは幾分緊張感がおさまるのを感じ、胸の辺りを手で掴んだ。目を伏せ、フーッ、フーッと荒い息を繰返す。


 く、くそ……どうしちまったんだ、オレ!?


 ゴルディアヌスはリュウイチに睨まれたことで、リュウイチと初めて会った時の事を、《暗黒騎士ダーク・ナイト》と対峙した時の恐怖を思い出してしまっていた。目の前が暗くなり、耳の中でザーザーと聞いたことも無いような音が鳴り始めている。


『司祭は帝国のキリスト教会で一番の実力者だって聞いたことがある。

 妖精が近づいたら気づかれるんじゃないか!?』


『トルキラは妖精ですが鳥に完全に擬態しています。

 魔法でも使わない限り、ヒトの神官ごときに気づかれることは無いでしょう』


『だが室内に鳥が入れば嫌でも怪しまれるだろ?』


 カールはアルビノで日光に当たることができない。このためカールの寝室は出入り口も窓も暗幕が張られ、外光が一切入らないようになっている。その寝室の内部の様子を見ようと思ったら、魔法を使うか中に入らねばならないだろう。しかし《風の精霊》の話では魔法は使ってないようだ。となれば部屋に侵入するしかなくなるはずである。

 多数の人が厳かに何らかの行事を行っている部屋へ鳥が入ってきたらどうなるか? そんなこと想像するまでもないだろう。必ず注目を集め、騒ぎになる。たとえ参加者が儀式の雰囲気を優先させて侵入した鳥を無視し続けたとしても、その部屋にはエルゼやカールといった子供がいるのだ。騒がないわけがない。しかもそれが先週、毒ロウソクを仕込まれて礼拝を台無しにされた同じ人たち、同じ場所でなのだから警戒されない方がおかしい。むしろ部屋の外から魔法で内部の様子を見た方がよっぽど騒ぎにならないだろう。

 リュウイチの懸念はもっともなものだが、《風の精霊》に悪びれる様子はなかった。


『見つかったら騒ぎになったかもしれませんが、騒ぎになってないでしょう?』


 つまり見つかってないと言いたいのだ。だが、相手がこちらの動きや存在に反応しなかったからと言って相手がこちらに気づかなかったと思いこむのはあまりにも早計だ。


『見つかっていたけど騒がれなかっただけかもしれないだろう?』


『……………』


 リュウイチは《風の精霊》についてあまり信用していない。もちろん召喚した使い魔である以上リュウイチの命令には従うだろう。《火の精霊ファイア・エレメンタル》だってリュウイチの命令にはそれがどれだけ不本意なものであっても大人しく従うのだ。

 だが《火の精霊》にしろ《風の精霊》にしろ、リュウイチの命令の無いところでは勝手をしたがる傾向が強い。《風の精霊》自身が言っていたではないか、《風の精霊》は悪戯いたずら好きが多いと……実際、リュウイチが初めてこの世界ヴァーチャリア降臨ログインした日、《火の精霊》も《風の精霊》もリュウイチにやたらと戦闘をさせたがっていた。おかげでアルビオンニウムではネロたちと戦闘になってしまったし、下手すればそのままアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子率いるアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアと全面対決してしまうところだった。その後も船でアルトリウシアへ来る途中、叛乱を起こしてアルトリウシアから逃亡を図るハン支援軍アウクシリア・ハンとの戦闘を、《火の精霊》と《風の精霊》は盛んにけしかけてくれていた。

 つまり、《風の精霊》も《火の精霊》も物事を穏便に済まそうという考えを持たない。むしろ穏便に済ますことを好まないのだ。そんな《風の精霊》がリュウイチの目の届かないところで何かを勝手にやって、何も無かったと報告してきたところで鵜呑うのみにできるわけがない。


『あとで問題になったらどうするつもりだったんだ?』


 黙り込んだらしい《風の精霊》に詰めるようにリュウイチが尋ねると、《風の精霊》は悪びれるどころかまるで開き直ったように言ってみせた。


『風は痕跡を残しません。

 万が一、それが《風の精霊ウインド・エレメンタル》の悪戯だったと特定できたとして、その《風の精霊ウインド・エレメンタル》が私だとどうやって証明するのです?

 風はどこででも吹いていますし、野良のらの《風の精霊ウインド・エレメンタル》なんてそこら中にいるのです。

 主様の強大な魔力でしか成せないような魔法でも使わない限り、野良の精霊エレメンタルの悪戯ということするくらいわけはないでしょう』

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