拝謁の儀……肖像画
第1091話 セレモニー
統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐
このため、アルトリウシアに限らずアルビオンニウムでは今でも日時計を基準にした不定時法が定着しており、一定の時間ごとに鐘を鳴らしたり大砲を撃ったりして領民たちに時間の経過を報せていた。大砲で空砲を撃つのは正午、それ以外は鐘を鳴らしている。
そしてアルトリウシアの街々では同時に鐘が五回打ち鳴らされた。時刻はちょうど
「それでは皆様、そろそろ時刻となったようです。
御来臨を
心なしか上ずった声でエルネスティーネが会場の貴族たちに尋ねると、貴族たちはエルネスティーネの方を向いて
「リ、リュウイチ様の、お成ぁ~り~!」
車椅子に座っていたはずのルキウスも含め、全員が起立して姿勢を正すと、静かに扉が開かれ、そこから降臨者リュウイチが姿を現す。
「こちらへどうぞ……」
先ほど入り口で
腰かけてから改めて顔をあげると、いかにも偉そうな着飾った貴族たちがリュウイチの方を向いて頭を下げている。思わずリュウイチはギクッと驚き、立ち上がりそうになる。
アレ、俺、先に座っちゃってよかったの!?
リュウイチは救いを求めるように脇に控えるネロを見るが、ネロはネロでテンパっていた。カチンコチンに緊張し、正面を向いて棒を飲んだように直立不動の姿勢を保っている。
ア、コイツもダメだ……
しかし、リュウイチがネロに頼るのを諦めて他へ視線を移す前に、挨拶の口上が響いた。
「本日は降臨者リュウイチ様も御機嫌麗しく、御尊顔を拝する栄に浴したてまつること、深く御礼申し上げます。」
『えっ、あっ……うん?』
エルネスティーネが代表してあいさつの口上を述べることは聞いていたものの、別にリハーサルをしていたわけでも台本を見せて貰えていたわけでもなかったリュウイチは唐突に始まった式次第に取り乱しそうになる。
「この度は盟邦サウマンディア属州より
これまでになく格式ばったやり方にリュウイチは戸惑いを隠せなかった。もちろん、リュウイチ本人がこのようなやり方を望んだわけではない。これはエルネスティーネやルキウス等、アルビオンニア貴族たちが望んだ結果、このようなやり方になっていた。目的としてはあえてこのようにイチイチ大袈裟にすることで、他の貴族たち……特に他属州の貴族がリュウイチへの謁見をしにくくするためである。
リュウイチは
そのようなリュウイチに下手な人物が取り入り、そこから不相応な利益をあげられては世が乱れることにもなるだろうし、リュウイチの接遇をせねばならない侯爵家や子爵家は世話役としての責任も問われるだろう。貴族としての見識も疑われることになるに違いない。彼らはリュウイチの身の回りの世話をするのと同時に、《レアル》の
だが、彼らも貴族である以上、他の貴族との関係を壊すわけにはいかない。他地域の貴族もまたリュウイチの存在を知れば、立場上少なくとも挨拶ぐらいはせねばならぬであろうし、それを下手に阻めばその貴族の面目を潰してしまうことにもなりかねない。そうした挨拶などの接触は防ぐことはできないが、誰彼構わずホイホイと簡単に会わせるわけにもいかない……ではどうしたらよいだろうか?
その結果として有効なのがこういう格式ばったセレモニーにしてしまうことだ。
幸い、リュウイチはこの世界で最も高貴とされる降臨者である。誰でも気安く会える存在ではない……いや、気安く会えてよい存在であってはならない。であるならば、このように格式ばった儀式・手続きを経ることでようやく会えるという前提条件を創り上げることで、木っ端貴族たちは安易に接触できなくなるのと同時に、謁見できた時のありがたみを増すのだ。
貴族に限らないが、人間は誰でも“特別”が大好きだ。特別扱いされることが好きだし、特別な体験をすることが大好きだ。
であるならば、
それでいて特別な儀式を経る以上、その準備には一定の時間と手間が必要になるのだから、簡単に何度も会うというようなことはしにくくなる。必然的に、リュウイチへの謁見を制限することが出来るようになるのだ。
リュウイチ自身に対してはそのような背景は説明されてはいない。もしも説明されていたなら、本人は納得しなかっただろう。しかし、降臨者は特別高貴な存在として扱われなければならないというこの世界の事情を踏まえれば、いくら納得できなかろうとリュウイチにはそのやり方に合わせてもらう他ない。
ではリュウイチに対してどう説明し、納得してもらったのか?
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