第1092話 それぞれの“特別”

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 話を付けたのはアルトリウスだった。


 リュウイチ様、この度サウマンディアから再びマルクス・ウァレリウス・カトゥス殿が参られます。 ああ、はい、聞いてます、マルクスさんですね。 ええ、前回もそうでしたが彼は一応、サウマンディア属州領主プブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵の使者として参られます。 はい……。 つまり彼は一応、一国の大使としてリュウイチ様をお訪ねになられます。 ああ……はい……。 なので、今回は一応、それなりの形式で式典を開こうと思います。 えっ、そうなんですか!? はい、ご不便はおかけしますが、リュウイチ様にもそういう行事に慣れていただいた方がいいかと思いまして……。 いやでも、既に一度会ってお食事も一緒にしているわけですしそんな仰々ぎょうぎょうしくしなくても……。 いえっ!だから都合がいいのです!! え、どんな都合ですか? これからリュウイチ様の元には様々な国々から使者が訪れるでしょう。 あぁ、まあそういう話は聞いてます。 この世界は《レアル》とは異なり、交通はさほど発達しておりません。帝都レーマからアルトリウシアまで片道で三か月もかかるほどです。さらに遠い地からともなれば、半年もの年月をかけてたどり着く者もおりましょう。 ああ、それはその、ご苦労なことです。 ええ、本当にこの世界の旅は大変です。ですが、そんな大変な思いをしてやっとリュウイチ様に拝謁はいえつたまわろうとはるばるやって来たのに、何の式典も無く簡単な食事や酒だけで歓迎を済ませて会って話をしてそれで終わりではむくわれません。 ああ、はい、そうかもしれませんね。 一国の代表者ともあろう者がそのような粗略な扱いを受けるとなれば、無礼を通り越して理不尽な仕打ちと言っても良いでしょう。 ああ、はい……なんとなく、わかります。 なので異国の大使ともなれば丁重に御持て成ししなければなりませんし、そのためには歓迎の意を表すためにもそれなりの式典が必要になります。 はい、ええ、はい。 我々も心苦しくはあるのですが、リュウイチ様にはそういった式典や行事を、これから多くこなしていただかねばならなくなります。 まあ、そうなのでしょうね。 しかし、さすがに遠方から来られた大使を相手にいきなり本番でやられても難しいでしょう。 そりゃ、下手に失敗すれば相手に失礼になるでしょうから……。 その通りです!ですが、リュウイチ様のそうした行事や式典の練習を何度も繰り返せるほど、我々も余裕がありません。 ええ、皆さんのご多忙は私も理解しているつもりです。 御理解たまわ恐悦至極きょうえつしごく! それで、マルクスさん相手に練習ですか? 練習とは言いすぎかもしれませんが、しかし彼が相手なら既に面識もありますから、多少の失敗があってもなんとかごまかしがきくでしょう。 そうかもしれませんが、かといって気軽に失敗してもいいってわけでもないんでしょ? 大丈夫です。それほど難しいことはありません。リュウイチ様はただ椅子に座っていただき、時折相槌あいづちをうってくださる程度で良いよう、我々の方で取りはからいますので……。


 そのような話を聞かされたのは今朝のことだ。リュウイチからすれば乱暴この上ない話だが、現に事はすでに運んでしまっている。


 アルトリウスさんも軍人ってことか……なんだか真面目で馬鹿丁寧な貴公子様って印象だったけど、やけに強引に進めようとすることがあるんだよな。


 今朝、その話をしてから要塞司令部プリンキピアへ向かったアルトリウスの背中を見送りながらリュウイチは思ったものだ。


 言いたいことは分る。確かに、人々から敬われかしずかれるのがあたりまえな生活を送ってきた貴族が、百年ぶりの降臨があったからと国の代表者という重責を担い、張り切って遠路はるばるやって来たのにまるで庶民のように気安く扱われたとあっては心穏やかではいられないだろう。だからそれなりの歓迎式典のようなものを開いて、確かに歓迎されていることを、使者としての役目を立派に果たしたことを、内外に広く喧伝けんでんするとともに本人にも実感させることは必要なのだ。

 しかし、必要かどうかと受け入れられるかどうかは別問題だ。親戚や友人の冠婚かんこんそうさいだって面倒くさくてたまらない、礼服なんて着たくも無いと思う小市民リュウイチにとって、貴族社会の面倒極まる格式だの伝統だのは一つ一つがあまりにも大袈裟すぎる。

 予定外の会議への割込みが決まった際は、これで大袈裟な式典も少しはなんとかならないかと多少期待したのだが、結局何ともならなかった。


 仕方ないのは仕方ないんだろうけど……


 エルネスティーネの長々とした挨拶の口上を聞きながら、リュウイチは苦笑いを噛み殺す。やはり面倒なのは面倒だ。そして同じように面倒だと思っているのはリュウイチの他にももう一人いた。


 チッ……大袈裟に勿体もったいぶりやがって……


 あろうことか本日の来賓、マルクス・ウァレリウス・カトゥス本人である。

 確かに貴族は特別扱いされることが好きだ。自分のために宴会を開いてもらったり、式典を催してもらったりするのを喜ばない貴族はまずいない。だが、それはあくまでもそうした催しが特別扱いだからだ。自分が特別例外だからだ。

 今後はリュウイチに会うためには誰でも様々な手続きを経て、このようなセレモニーを通じて謁見という形をとらねばならなくなるだろう。であるならば、他の貴族と同じようにこのような式典を経なければならないのだとしたら、それは既に特別扱いでは無いではないか? そのような面倒な手続きやセレモニーをすっ飛ばして普通に会って気安く話を出来てこそ、本当の“特別扱い”になるではないか……。

 実際、マルクスはサウマンディア貴族の中で最もリュウイチと会い、話をしている貴族である。彼自身、その自負がある。サウマンディア貴族の中で特別、自分だけが降臨者様と知己を得ることができているのだ……それなのにこのような式典を経ねばならないとしたら、それはむしろ自分と降臨者様リュウイチの仲をないがしろにされているようなものではないか。


 これからこうした形をとらねばならなくなるのは理解できるが、しかし私の時からでなくてもいいだろうに……


 アルビオンニア側のこうしたやり方にマルクスは不満を禁じ得なかった。だが、だからといってそれに文句を言えるわけでもない。彼らがやっているのはレーマ貴族として当然のことであって、仮にリュウイチがサウマンディウムに来て伯爵家が接遇しなければならなくなったとしても、同じようにするだろう。むしろ、今までがいい加減過ぎたくらいなのだ。リュウイチの降臨と同じ日に起きたハン支援軍アウクシリア・ハンの叛乱……あの混乱があったから、今までが続いてしまったのだ。例外を認めざるを得ないような状況が続いてしまっていた……が、それもさすがに一か月も経って状況は収束しないまでも、当事者たちはそれぞれが自分の置かれた状況に慣れ始め、対応するだけの余裕を持ち始めている。結果、リュウイチを訪ねてくる客の扱い方も、本来あるべきやり方に戻りつつあるというだけなのだ。


 まあいい。すべてが一気呵成いっきかせいになるわけではない。

 一歩ずつでも、確実に地歩を稼げばいいのだ。


 アルビオンニア側貴族たちによってリュウイチとの距離を広げられてしまったマルクスではあったが、しかし彼がサウマンディア貴族で最もリュウイチに近い貴族である点は揺るぎない。今後もマルクスはリュウイチへの使者としての役割を担い続けることになるだろう。

 その一歩を踏み出す機会はすぐに訪れた。挨拶の口上を終えたエルネスティーネが続けてマルクスの出番を告げる。


「ではこれより、サウマンディア属州領主ドミヌス・プロウィンキアエ・サウマンディイプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵の忠実なる家臣、サウマンディア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥム・レギオニス・サウマンディイ、マルクス・ウァレリウス・カトゥス殿より、プブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵に成り代わり、降臨者リュウイチ様に対し奉り、御挨拶を申し上げます。」

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