第1129話 戦況予想

統一歴九十九年五月十一日、夕 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 ルーベルトの示したエルネスティーネによる予想……それが真かどうかは何とも言えない。少なくともラーウスはそれを否定する根拠を持たなかった。ラーウスはアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアに入隊するために帝都レーマからアルビオンニア属州へ来てまだ一年半、アルビオンニア貴族たちそれぞれの人物についてすら把握しているとは言えず、ましてサウマンディアの貴族のことなどほとんど知らない。マルクスはサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの中でさえあまりうだつの上がらない目立たない存在だっただけに、アルビオンニア貴族たちでさえ詳しく把握しているわけではなかったラーウスがマルクスのひととなりについて知っている筈も無かったのだ。

 降臨者をアルビオンニアが預かる代わりに『勇者団』ブレーブスはサウマンディアが預かる……そうした了解があったかどうかは定かではない。厳密に言えばないだろうが、両者の間でなんとなくそうしようという空気が醸成されていたといわれれば誰も否定はできないだろう。アルビオンニアに……というよりアルトリウシアに『勇者団』を引き受けるだけの余力は無いのは事実だ。ハン支援軍アウクシリア・ハンの叛乱事件の後始末をしながらリュウイチの身柄を預かるだけで精一杯というところへ、もしかしたら《暗黒騎士リュウイチ》の存在に気づけば親の仇と定めて暴発するかもしれない『勇者団爆弾』など引き受けられるわけがない。サウマンディア側はアルビオンニア側が『勇者団』の引き渡しに難色を示したり注文を付けてきたりするとは思ってもいなかったとしても不思議はない。

 が、アルビオンニア側が『勇者団』によって大きな被害を受けたのは事実である。これを放置することは領主貴族パトリキの面子が許さない。ゲイマーガメルの血を引く貴重な聖貴族を処刑するなど現実的ではないが、しかし加害者である『勇者団』に正当な補償を求める権利はあってしかるべきだ。


 で、ルーベルトアンブロス殿は正当な賠償を求めるつもりで身柄の引き渡しを要求したところ、マルクスウァレリウス・カストゥス殿がアルビオンニアがサウマンディア自分たちの取り分を横取りしようとしたと勘違いした。しかも『勇者団』の捕虜の輸送や捕縛に対してゴティクスカエソーニウス・カトゥス殿が消極的な方針を示したことで、アルビオンニアが『勇者団』をしようとしているという誤解を深めることになってしまった……たしかに辻褄つじつまは合うな。しかし……


 ラーウスは上体を脱力させたまま右手を顔にやり、口元を覆うように人差し指で上顎をさする。


 ルーベルトアンブロス殿の言をどこまで信用したものか……


 ラーウスからするとルーベルトは体よく責任をアルトリウシア軍団へなすり付けようとしているように見えなくもない。だいたいその話が本当ならマルクスに誤解を与えたのはルーベルト自身だ。その事実についてはルーベルトも認めているが、責任の所在について認めたわけではなかったし、自分の責任には触れないまま軍団が誤解を補強してしまったという指摘をしている。これでは軍団を問題の当事者として巻き込むことで自身の責任を回避もしくは極限しようとしているように見えなくもない。少なくとも、ラーウスは今のルーベルトに対してある種のを感じていた。


「いかがですか?」


 疑念の眼差しを向けたまま黙り込んでしまったラーウスの反応を促すようにルーベルトが問いかけると、ラーウスは口元を覆っていた手を肘掛けに降ろす。


「なるほど、侯爵家の皆様がそのようにお考えなのは理解しました。」


 しかし、軍団われわれのせいだったなどというのは受け入れるわけにはいかん。

 言質げんちをとられるのは避けねば……

 

 背中は背もたれに預けたままではあったが、顎を引いて上目遣い気味にルーベルトを見据える。


「で、小官に軍人としての見地からの助言をお求めとのことでしたが?」


 ラーウスはあえてルーベルトの言ったマルクスの暴挙に関する考察に対しての論評は避け、ルーベルトの求める助言について先を促した。ここでマルクスの暴挙の背景に関するルーベルトの考察について、軍団の責任を否定しょうと拘泥こうでいすると却って要らぬ言質を取られかねない。ルーベルトがアルトリウスでもゴティクスでもなく、ラーウスに相談を持ち掛けてきたのはおそらく意図があってのことなのだ。

 ラーウスは筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスという軍団内でナンバー2の立場にありながらアルビオンニアに来てまだ日が浅く歳も若い。そのうえ軍団のフロントマンの役割は果たしながら軍団の作戦行動の主軸からは外れている。現に今日のゴティクスの発表内容も知らされていなかった。その彼はルーベルトのような立場から軍団に影響を及ぼそうとするならばもっとも利用しやすい窓口になるだろう。

 身構えるラーウスにルーベルトはわずかに目を細める。


「ええ。

 ええそうです。

 我々がサウマンディア側に誤解を与えたとなれば、それを解消せねばなりません。」


「もしも、軍団レギオーの作戦について変更をお求めでしたら「いえいえっ、とんでもない!!」……」


 軍団の作戦方針は子爵家はもちろん侯爵家も、いやエルネスティーネやルキウスからも承認されている。今更変更はできない。予防線を張ろうとしたラーウスをルーベルトは遮った。


アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの作戦方針に口を挟むつもりはございません。

 申しましたでしょう、と?」


「では何を?」


「伺いたいことは三つです。」


 ルーベルトは身体を揺すって椅子の座りを整えると、前屈みに身を乗り出して声を潜めた。


『勇者団』ブレーブスは本当にアルトリウシアまで追いかけてくるのか?

 カエソー閣下は《地の精霊アース・エレメンタル》様の加護なしに『勇者団』ブレーブスを撃退し、捕虜を守り通すことが出来るのか?

 そしてサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアは残りの『勇者団』ブレーブスを捕えることが出来るのか?」


「んーーーーっ」


 ラーウスは難しそうに眉を寄せ、口を真一文字に結んで唸った。それらはいずれもラーウスに答えられる問いではない。回答するために必要な確たる根拠となる情報がまるで揃っていないからだ。だが、答えないというわけにもいかない。


「まずこれは小官の個人的な予想にすぎないことを御理解ください。」


 ラーウスがそう前置きすると、ルーベルトは「構いません」と言って先を促した。


『勇者団』ブレーブスが追いかけてくるとすれば捕虜奪還を目指してのことでしょう。

 捕虜を連れたカエソー閣下がグナエウス砦ブルグス・グナエイにお留まりになられるならば、『勇者団』ブレーブスはアルトリウシアまでは来ますまい。」


「ということは、カエソー閣下はやはりアルトリウシアからサウマンディアへ帰るのを諦めざるを得ないのでしょうか?」


「それは分りません。

 『勇者団』ブレーブスが捕虜奪還よりも降臨の再現を優先させれば、追撃を諦めてグナエウス砦ブルグス・グナエイから撤退する可能性もあります。

 しかし、こちらの可能性が実現するかどうかは未知数です。

 何せ我々は『勇者団』ブレーブスが起こそうとしている降臨の儀式について詳細を何も知らないのですから。」


 他にもカエソーが捕虜を奪還されてしまった場合も考えられるが、そちらの可能性はあえて口にしない。

 ルーベルトは前のめりになっていた上体を起こし、顎に手を当ててしばし考える。その顔には憂慮の念が浮かんでいた。結局、ラーウスの言っている予想はこれまでに聞かされていた観測とほぼ変わらない。つまり、ルーベルトの期待していた答えではなかったのだ。

 ほんの数秒考えたルーベルトは諦めるように小さく首を振ると改めてラーウスに次の質問の答えを促す。


「では、カエソー閣下が『勇者団』ブレーブスを撃退できるかどうかは?」


「それは出来ると思っております。」


「……根拠を伺っても、よろしいですか?」


『勇者団』ブレーブスは三百人もの盗賊団を動員してケレース神殿テンプルム・ケレースを攻撃しました。

 降臨を起こすのならば目立たない方が良いはず。にもかかわらず、大勢の盗賊団をわざわざ掻き集めたということは、おそらくケレース神殿テンプルム・ケレースを守っていた二個百人隊ケントゥリアを排除するために、それだけの戦力が必要だと判断したからでしょう。

 つまり、『勇者団』ブレーブスの独力では二個百人隊ケントゥリア以上の戦力を撃退するだけの戦闘力は無いということです。

 それが今では盗賊団が壊滅し、捕虜まで取られて戦力を減じているのです。

 防備の堅いグナエウス砦ブルグス・グナエイこもったカエソー閣下の二個百人隊ケントゥリアに加え、我が軍からも部隊が送られて増強されるのですから戦力差は今まで以上に拡大するでしょう。

 『勇者団』ブレーブスが捕虜奪還を諦める可能性も出てくる……小官はそう考えております。」


 ラーウスの答えはルーベルトの予想以上に明快であり、軍事には素人のルーベルトには疑念を差しはさむ余地のないものだった。もっとも、それも今まで聞かされてきたものと寸分も変わらぬものではあったのだが……。


「では最後に、各軍団レギオー『勇者団』ブレーブスを捕えることが可能ですか?」


「どのようにしてかは現時点では言えませんが、不可能だとは思いません。

 ならば可能でしょう。」


 改めて問い直すルーベルトの表情は、最初にラーウスに問いを突き付けた時に比べて雰囲気の軽いものに変わっていた。当初はルーベルトが何かラーウスを取り込んで軍団に影響を及ぼそうというような陰謀めいたものを企んでいるのではないかと警戒していたラーウスも、この人は単に不安を払拭したいだけだったのだと思いなおし、警戒を解いて断言する。


「少なくとも軍団レギオーは最善を尽くすとお約束いたします。」

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