第898話 精霊と妖精
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐
『インプよ』
ヨウィアヌスが腰に付けたポーチから取り出し、
「へぃっ、《
その声はインプを取り囲む人間たちには聞こえない。体格の極端に小さなインプの声はそもそも小さく、また音域も人間の耳に伝わる可聴域を外れているからだ。しかし、インプが誰にも聞き取れない言葉に乗せた意味は思念となって《地の精霊》に確かに伝えることができる。念話と呼ばれるコミュニケーション方法の一つだ。
『その方に話がある。』
「何なりとお申し付けください!」
相手はインプごときでは絶対に勝てない強大な力の主、
インプを召喚したハーフエルフ、ペイトウィンも十分強力な力を持っていた。ここでインプを取り囲んでいる人間たちも、ペイトウィンにはかなり劣るもののインプが到底
しかしこの《地の精霊》が相手ではそうはいかない。逃げることも
「《
それがなければアタシゃ野蛮な人間どもに捕まって殺されてたかもしれません。
ですがおかげ様で仕事を果たすことが出来ました。
貴方様にはその恩義があります。
この身に出来ることであれば、何なりとお引き受けいたしましょう。」
『その方、ワシの眷属となる気はないか?』
「アタシが《
それまで四つん這いで頭上の《地の精霊》を見上げていたインプは突いていた両手を思わず浮かせて身体を起こした。
『不服か?』
「いえいえっ!とんでもございません!!」
ポカンとした間抜け
「たしかに身体も持たぬ
『そうか、そのようなものなのか?』
精霊も妖精もどちらも
対して妖精は受肉した精霊とでも言うべき存在で自分の肉体を持っている。肉体を持っている分だけ己の存在を現世に留めやすく、人間などとの接点も多い。ただし、肉体を持っている分だけ様々な制約もあり、己の肉体を維持するためだけに魔力を要する都合上、同じ魔力量を持った精霊よりも魔法を行使する能力は劣らざるを得ない。
そんな妖精から見て精霊とは、実は信用の置けない存在であったりする。どちらも同じように魔力を直接的な活力とする存在ではあるが、現れたと思えばすぐに消える精霊はどうしたところで長く付き合いを維持できる存在にはならない。街で店を構える商人から見た行商人のような存在であり、職業軍人から見た傭兵のような存在であり、宮廷音楽家から見た吟遊詩人のようなものなのである。同業者ではあるが深く付き合うべきではない、いわばヤクザ者であり、軽蔑の対象ですらあった。
だが自前の魔力源を有し、安定的に存在し続ける精霊は別である。アルビオン海峡を
インプの見たところ、今目の前にいる《地の精霊》もそうした「精霊の王」と見るべき相手だった。その眷属になる恩恵は計り知れない。
「
アタシごときでよろしければ、是非 《
インプはそう言うと再び両手を突いて平伏した。
ハーフエルフに騙されて偽金貨を掴まされた挙句に酷い目に遭わされたが、まさかここで
報われた……まさにそのような心境であった。
『ならば眷属に加えてやろう。』
「ハハッ!!」
『眷属として、さっそくやってもらいたいことがある。』
おお!眷属となって早速、手柄を立てる機会に恵まれるとは!!
「もちろんでございます!
おっしゃっていただければ何でもやってごらんに入れましょう。」
『お前を騙したハーフエルフ、奴を殺すことなく捕まえてきてもらいたい。』
インプは再び間抜け面を晒すことになった。思わず《地の精霊》を見上げた顔には生気がなかった。
「あの……ハーフエルフめを?」
金貨と偽って黄銅貨なんぞを掴ませた憎きハーフエルフ……奴に報いることができるなら何だってやるつもりだ。だが、さすがに出来ることと出来ないことがある。インプは身体も小さく非力だ。魔力だって自分の身体を維持し、動かす分だけで精一杯であり、人間を殺すような攻撃魔法なんて使えはしない。だからこそ金だの宝石だのといった、魔力の触媒となるような物を集め、己の体内に蓄えて己の魔力の強化に励んでいるのだ。今のままでは人間の子供に悪戯して
だというのにハーフエルフを殺さずに捕まえてこい?
無理だ……できっこない!
だがインプは既に用件を聞く前から「やってごらんに入れましょう」と断言してしまった。今さら「やっぱり出来ません」は言えない。妖精は力が弱いからこそ、信用・信頼を大事にする。いざという時、誰かに助けてもらわなければ簡単なことでもすぐに死んでしまうからだ。
約束を違えるくらいならいっそ死を選ぶ……そんな極端な価値観を持ったインプは無理難題を引き受けてしまったことに気づいた瞬間、絶望した。
《
それともアタシが死ぬのを見たいのか!?
生気の失われた顔を見せるインプに《
『そうだ。
だが安心しろ、
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