第897話 未知への不安
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐
ルクレティアたちが重く沈んだ表情のままインプの捕えられている部屋に戻ってきた時、テーブルの上のインプは何かを一生懸命食べていた。
騙されていたことを知ってショックを受け、打ちひしがれていたインプを気の毒に思ったリウィウスやヨウィアヌスに「何か食わせてやれよ」と
インプは与えられた黒パンを最初は遠慮がちに、次第にバクバクと食いつくようになり、その小さな身体のどこに入るのか全く想像すらつかないが今では言い出しっぺのリウィウスやヨウィアヌスをはじめ、同室していたカルスやスカエウァらを呆れさせるほどの勢いで夢中で食べていた。
「あ、
ルクレティアの入室に気づいたカルスが言うと、リウィウスとヨウィアヌスはカルスと共にサッと姿勢を正す。一人、腕組みして壁に寄りかかってインプの
ルクレティアと共に入ってきたカエソー、アロイスは出て行った時と同じように三人並んでインプを見下ろす。が、その表情はリウィウスやスカエウァたちが何事かと
カエソーとアロイスは《
彼らには制約があった。ヴォルデマールをはじめシュバルツゼーブルグの住民たちに『勇者団』の存在を秘したまま、あくまでも盗賊団の残党として処理しなければならないし、そのためにはカエソーは配下の
この状況で唯一戦力になり得る《地の精霊》は明日、ルクレティアと共にシュバルツゼーブルグの街を
残されるのはアロイスの
もちろん、そんなことは無理だ。アロイスはとりあえず周辺を捜索して『勇者団』の拠点を探し出して潰しつつ『勇者団』を近づけないようにしながら、ズィルパーミナブルグからアルビオンニア軍団の主力が到着するまで時間を稼ぐつもりでいたが、それだけではもしも『勇者団』のハーフエルフがシュバルツゼーブルグの街へ魔法で攻撃をしかけてきたりしたら防ぎようがない。
『勇者団』の脅迫文にあったようなシュバルツゼーブルグへの攻撃を未然に防ぐためには、やはり脅迫文を送りつけてきたハーフエルフを直接どうにかしなければならない。そのためには、どうしたところで《地の精霊》の提案に乗るほかなかったのである。
部屋に戻ってきたルクレティアらが重く暗い表情のままインプを見下ろす中、ルクレティアの肩のあたりに浮かんでいた《地の精霊》がスゥーッと前に出る。インプは両手に抱えていた黒パンを投げ出し、両手を突いてササッと《地の精霊》の方へ進み出ると四つん這いのまま《地の精霊》を見上げた。
始まった……
インプと《地の精霊》は念話で会話しているので周囲の誰にもその内容は聞こえない。が、事前の説明では《地の精霊》はインプに魔力を与え、眷属に加える代わりに手紙を送り付けてきたハーフエルフを追跡し、捕えてくるように説得することになっていた。
ホントにうまく行くのか?
カエソー、そしてアロイスの
裏切ったりしませんか?
『妖精は義理堅い。裏切りの心配なぞ無用じゃ。』
ですが、命令を無視して暴走する可能性は?
『
ワシに逆らうことはできんじゃろう。』
役目を終えた後はどうするのです?
ハーフエルフを捕えた後は?
『ひとまず
ですがインプは
『悪戯をするのは仕事も無く、暇を持て余して構ってほしいからじゃ。
仕事があればそちらを優先するじゃろ。』
それでも強力な
『インプは
同じことです。もし暴れたら、我々には取り押さえようがありません。
『ワシの眷属じゃからワシには逆らわん。
始末しようと思えば簡単に始末できるから心配せんでええ。』
《
我々の中でインプと念話できる者などいないのです!
『肉体を持つインプは今より強化されれば声で会話できるようになる。
カエソーたちは強化されたインプを彼らの力で
結局、《地の精霊》と彼ら人間たちとの会話は最後までかみ合うことは無かった。だからこそ、カエソーたちは不安なのである。
もしかしたら自分たちは、とんでもない化け物が生まれてくるのを防ぐべき瞬間を見過ごそうとしているのかもしれない……
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