第1139話 護送

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 かご状に編まれた太いつたすがりつくようしながら茫然ぼうぜんとするペイトウィンは、しかしどうやって敗れ捕まったのか思い出せなかった。上空から舞い降りたグルグリウスに叩きつぶされ、致命傷に近い重傷を負わされた衝撃で記憶の一部を失っていたのだ。そもそも、先ほどまで自分が何で捕まっているのか理解できなかったくらいなのだから、グルグリウスに言われたところで完全に思い出すことなどできるわけもない。

 だが、少なくとも敗北して捕まったというのは事実なようだ。現にペイトウィンはこの変な動く籠に閉じ込められてどこかへと運ばれている最中なのだから。グルグリウスはショックを受けて黙り込んだペイトウィンの様子を、横を歩きながら横目で観察し続けた。

 ペイトウィンは本来なら死んでもおかしくない重傷を負っていたが、それは昨夜のうちに治癒魔法によって完治している。急に大人しくなったのは身体のどこかが痛むからとかではなく、純粋に精神的衝撃によるものだろう。


 ふむ、負けて捕まるとは思ってもみなかったということか……

 自分が最強で負けるはずなど無いと?

 やれやれ人間は、思い上がりが激しいな。

 そんなだからああもインプわれわれに傲慢な態度がとれるのか……


 とはいえグルグリウスもペイトウィンを軽蔑する気にもなれない。インプたちも任務に失敗した時は同じようにショックを受けていた。ペイトウィンもグルグリウスに敗北することで、仲間たちと合流するという目的を果たせなくなっている。もしかしたら己の任務の失敗に、インプと同じようにショックを受けているのかもしれない。グルグリウスがそのようにペイトウィンの心情をおもんぱかることができるのも勝者の、そして強者の余裕があるからこそだろう。

 ふむ……グルグリウスは一人納得したようにそう小さく鼻を鳴らすと、後ろ手に手を組んだまま胸を張って歩き続ける。


「お、おい」


 グルグリウスがペイトウィンの観察をやめ、視線を前方に戻してすぐにペイトウィンは再び口を開いた。グルグリウスは驚いたように目を見開き、顔は相変わらず前方に向けたまま興味深そうに視線だけでペイトウィンの観察を再開しつつ応える。


「何ですかな?」


「お前は俺の質問に答えてないぞ。

 俺をどこへ連れて行く気だ?

 俺の装備はどこへやった!?

 コレは何だ?」


 ペイトウィンの質問に対してグルグリウスはすぐには答えず、しばし無言のままペイトウィンを観察し続け、ペイトウィンが苛立いらだちを覚え始めた頃にようやく答える。


「どこにお連れするかは昨日お教えしたはずですが、思い出せませんかな?」


「いいから答えろ!」


「ルクレティア・スパルタカシア様の御前みまえですよ。

 そしては《藤人形ヴィミネイ》です。

 貴方様の持ち物は《藤人形ヴィミネイ》の背中に全部まとめて載せてあります。」


「ヴィミネイ?」


 聞き覚えの無い単語にペイトウィンは眉をひそめる。


「ウィッカーマンと言った方が分かりやすいですかな?

 つたのゴーレムと言いますか、魔法生物の一種です。

 御存じありませんか?」


「……知らん。」


 ペイトウィンは不満そうにそう言うと、不貞腐ふてくされたように胡坐あぐらをかいた。


「《樹の精霊トレント》かと思った。」


「はっはっは、《樹の精霊トレント》とは別物ですよ。」


 グルグリウスは軽く笑うと手品の種明かしでもするように説明を始めた。


 動く樹木のモンスターといえば《樹の精霊トレント》が真っ先に思い浮かぶだろう。この《藤人形ウィッカーマン》も樹木の身体のモンスターなのだから、《樹の精霊》と勘違いしてしまうのも無理はない。実際、両者の違いを素人が見極めるのは難しい。

 《樹の精霊》はあくまでも精霊エレメンタルの一種であり、本来自前の肉体は持たない。《樹の精霊》は精霊が手ごろな樹木に憑依ひょういして活動するモンスターだ。《樹の精霊》と《樹の精霊》が肉体として使っている樹木は乗員と乗り物の関係にあるので、樹を攻撃しても《樹の精霊》そのものを殺せるわけではない。大樹の密生する森林では《樹の精霊》が次々と樹木を乗り換えることで森林内を高速で移動することもできたし、戦いの際はしろとなる樹木が致命傷を負うたびに他の樹木へ乗り換えつづけることで無限湧きに近いゾンビアタックをしかけることもできた。

 何らかの理由で古木が魔力を得て《樹の精霊》になる例もあるが、発生のメカニズムとしては魔力を蓄積した樹木に精霊が憑依し、樹に溜まった魔力を糧に活動しているものなので、樹が精霊の乗り物になっているという構造は同じだ。ただ、精霊自体は依り代を持たなければ己の存在を維持し続けることが出来ないので、依り代にした樹木が攻撃されて破壊され、近くに精霊が依り代にするに足るだけの樹木が他に存在しなければ、《樹の精霊》が存在を維持できずに消滅……すなわち死亡することは十分にあり得る。


 これに対して《藤人形》はグルグリウスが言ったように本質的にはゴーレムである。素材となる樹木に核となるものを埋め込み、魔力を込めて活動するようにした人工的な魔法生物だ。素材としてウィッカーなどのつる状の植物が使われるケースが多いのでウィッカーマンと呼ばれる。蔓状植物を素材にするのは術者に都合の良い形をかたどれるからだ。

 《藤人形》は《樹の精霊》と違って自然発生することは無い。自然界の樹木が魔物化モンスタライズするほど魔力を得た場合、自らの意思を持ち始める前に近くの精霊が勝手に憑依して《樹の精霊》になってしまうからである。

 《藤人形》はゴーレムの一種なので犬猫や幼児程度の知能は有しており、ある程度は自分の意思と判断で動くことも出来る。そして他のゴーレムと同様、身体に物理的なダメージを受けても核を破壊されなければ魔力を消費して損傷個所を再生修復することができた。ただし、身体の再生は生き残っている植物組織を再生・成長させることで行われるため回復速度は遅く、完全に燃やされるなどして元となる組織を失ってしまうと再生できなくなって事実上消滅する。

 《藤人形》が普通のゴーレムと違うのはゴーレムが術者から与えられた魔力でしか活動できないのに対し、《藤人形》は生きた植物を肉体としているのである程度は魔力を自給できる点にあった。よって、ゴーレムは術者が死亡するなどして魔力源を失うと活動できなくなるのと違って、《藤人形》は術者が死亡しても活動し続けることが可能である。


 現在、グルグリウスが使っている《藤人形》は《森の精霊ドライアド》から譲ってもらったもので、ペイトウィンを運ぶために馬のような形をしている。胴にあたる部分が檻になっていて、その前後に二本ずつ脚が生えていた。一般的な人型では背が高くなりすぎて遠目にも目立ってしまううえに、歩く時の振動も大きくなって乗り心地が悪くなるため、今回はあえて馬の形にしたのだ。もっとも、あくまでもであって、本当の馬のようにスマートなシルエットではない。人が中に入れるだけの空間を有しながらも背を低くするために脚を極端に短くしているからだ。全体のバランスからすると馬というよりカバやサイが近いだろう。

 もっとも、それは中に乗せられたペイトウィンからは見えない。


 そうか……ゴーレムの一種なのか……

 そういえばグルグリウスコイツ、昨日もゴーレムを使っていたな……


 説明を聞いたペイトウィンの頭には新たな疑問が沸き起こった。


「おい」


「何です?」


「そういやお前、ゴーレムも使っていたな?」


「ええ、それが?」


「何でゴーレムなんて使えるんだ?

 お前は昨日、俺に召喚されたばかりだろ?

 何でゴーレムとか《樹の精霊トレント》とか《藤人形ウィッカーマン》のことをそんなに詳しく知ってるんだ?」


 間違っても生まれたばかりの子供が言葉を操り、詩を暗唱するようなことはあるまい。知識は得ようとしなければ得られないものなのだ。動物は教えられなくてもある程度行動できるが、ゴーレムを創って操るために必要な知識は、そうした動物が生来持っている本能とは次元が違う。召喚されたばかりのインプがそんな知識など持ち合わせている筈がない。ペイトウィンの認識では、そもそもインプにはそんな高度な知能を持ち合わせていないはずなのだ。

 しかしグルグリウスはハハハと笑って答えた。


「我々インプには集合知のようなものがあるのですよ。」


「集合知?」


「ええ、わざわざ実際に会って言葉を交わし、教え合わなくても自分たちの知識や経験をある程度共有できるのです。」


 ペイトウィンは目を丸くし、かぶりつくように再び檻を両手でつかみ顔を隙間に押し込んだ。


「つまり、一匹のインプが本を読めば、その本に書かれていたことは他のインプたちにも知られるってことか?」


 それが可能だとすればインプの使い方に新たな可能性が出てくる。インプを使った遠隔通信が可能となり、ヴァーチャリアの通信事情は大きく発展を遂げることになるだろう。

 だがグルグリウスはペイトウィンの期待に反し、やや皮肉めいた笑みを浮かべて首を振った。


「そこまで便利なものではありません。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る