第277話 新聖女誕生
統一歴九十九年四月二十三日、午前 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア
「新たな
マルクスは
例によって人払いの徹底された
「あの、リュキスカという名の
「いや、そのリュキスカ様が名実ともに
出席者で事前にリュキスカが
こうした混乱が沸き起こるのは致し方のない事だった。理由は二つ。まず第一にルキウスが軍人だった頃からの癖で報告を要約し過ぎたこと。第二に、ルキウスには要約され過ぎた報告を受けた人物が混乱するのを密かに楽しむ趣味があったことだ。
ルキウスのこの屈折したユーモアに長年付き合い続けている家臣団は、ルキウスが詳細を説明し始めるのを静かに待つという対処法を既に身に着けているが、付き合いの浅い者たちは振り回されてしまう。アルビオンニア側の出席者が落ち着いているのに、サウマンディアから来たマルクスやバルビヌスなどがあからさまに反応してしまうのも無理は無かった。
「うっ、うんっ!」
いい加減にしなさい…と、エルネスティーネが咳払いすると、ルキウスは詳細を離し始めた。
「リュキスカ様は本来、ルクレティア様が十八歳になられるまで、代わりを務めさせるための専属娼婦であった。その経緯は昨日、説明した通りである。
期間の限られた代行者に過ぎぬ身ではあったが、一応
だが、その後リュキスカ様が既にルクレティア様に倍する魔力を有しており、既に『
ここでようやく話を理解した者たちが、今度は理解した状況に混乱し始める。
「そ、それは、新たな
「だから、そう報告しておるだろう。」
全く想定していなかった事態に出席者たちが動揺し始める。
「お待ちください。普通はお手付きがあってから力が発現するまで数年はかかるのではありませんか!?
リュウイチ様が御降臨あそばされてからまだ半月と経っておりません。リュキスカ様ご自身が実はいずこかの
「それは無いだろう。たしかにリュキスカ様は父親が不明で母方も祖父母については全く分からず、兄弟も親戚もおられないので、血統を確認することは出来ん。
しかし、以前は問題なかったのにリュウイチ様の御相手を務められるようになられてから、
「『魔力酔い』ですと!?」
「
「母乳で魔力酔い!?」
「その
「魔力酔い」とは過大な魔力を得たことで現れる様々な症状をひっくるめた総称である。どういう症状が出るかは個人差があり、一般に知られているのは発熱、発汗、頭痛、嘔吐、
魔力そのものは純粋な生命エネルギーに過ぎないので依存性や毒性といったものは無いのだが、慢性的な精神不安等から逃れるために意図的に『魔力酔い』になろうとする人物がいないわけではない。かつて
しかし、現在では
「マナポーションと違って、母乳ですから中毒性はありません。
おそらく、魔力の制御方法が身に付いていない者が過度な魔力を得てしまったため、溢れた魔力が母乳に出てしまったのだろうとルクレティア様が申しておられました。このため、本日からリュキスカ様はルクレティア様より魔力制御の訓練をお受けになられます。
赤ちゃんの方は問題ないと思われますが、赤ちゃんの内から魔力酔いに慣れすぎると、将来マナポーションに依存するようになるかもしれません。
リュウイチ様に治してはいただいているのですが、
赤ん坊のことはエルネスティーネが説明した。同じ月齢の子を持つ母として、どこか他人事には思えなかったのであろう。カールが治療を受けられるようにしてもらえたことへの恩義もあったかもしれない。エルネスティーネは貴族たちの中では人一倍リュキスカの赤ん坊のことを気遣っていた。
「し、しかし、まだ最初のお手付きから・・・何日ですか?」
「四月十七日の夜が最初だそうだから、昨日で五日だ。
実際に御勤めをしたのは三夜だけだそうだ。
もっとも、一夜ごとに随分と…だそうだがな。」
「たったの三夜で、ルクレティア様を上回る力を…」
通常の人間の魔力量(MP)は成人で十以上二十未満、神官の場合で十五から三十といったところだ。ルクレティアはさすがに
ルクレティアの家系が
「今後、どうなさるおつもりでうすか?」
マルクスのその質問はあまりにも漠然としすぎていた。リュキスカがたったの五日で
エルネスティーネとルキウスは互いに顔を見合わせ、事前に話し合った内容をエルネスティーネが発表する。
「この事実についてレーマに報告します。ですが、それ以外は現状を維持するほかないでしょう。リュウイチ様もそれを御望みです。」
「あの…新たに別の
リュウイチの傍に息のかかった女性を送り込む可能性を探る…それは今回サウマンディア領主プブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵からマルクスに課せられた任務の一つだった。マルクスは来て早々、リュウイチが既にリュキスカと言う娼婦を見出し、傍に置いていることを知らされた。その事実は無論アルトリウシアからサウマンディウムへ報告がなされていたが、マルクスがアルトリウシアへ来るのと入れ違いになっていたためマルクスは知らなかったのだ。
現在、
しかし今、プブリウスやマルクスが期待した以上の可能性が目の前に横たわっている。何人か女を送り込んで、そのうちの誰かがお手付きになってリュウイチの子を一人でも産んでくれれば、それだけでサウマンディアの発展に大いに寄与することになるはず…最初はその程度の期待だった。
だが、先にお手付きになったリュキスカはどうだ。リュウイチの子を産んだわけでもないのにたったの五日で本人に力が発現し、並の
あとはもう早い者順だ。受け入れ側の都合がつき次第、リュウイチの好みに合いそうな女を探す。
そして今、もっとも近いところにアルビオンニア侯爵家とウァレリウス・サウマンディウス伯爵家がいる。アヴァロニウス・アルトリウシア子爵家はホブゴブリンだから直接は関係ないし、他の
「いえ、当面は秘匿体制を維持せねばなりません。秘匿体制を維持しながら、
また、リュウイチ様ご本人も、現状の維持を御望みです。」
マルクスが何を考えて先の質問をしたのか、
「では、秘匿体制が維持されている間は、新たな
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