第278話 リュキスカの悲鳴
統一歴九十九年四月二十三日、午前 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
一年を通して曇ってばかりのアルトリウシアでは、空が青くなくとも雨さえ降ってなければ「いい天気」と言われる。今日は雨は降りそうで降らない曇り空で、十分「いい天気」と言って良い空模様だろう。そのせっかくの「いい天気」にも関わらず、わざわざ窓を閉め切って薄暗くした、普段は使われていない
わざわざ使われていない
この
赤に近い茶色に塗られた四脚の
「ではリュウイチア様、仰向けになられましたら両手はおへその下に当てる感じで載せてください。
あとは目は
「いや、あの…
「私のことはどうぞルクレティアとお呼びください。
何でしょうかリュウイチア様?」
「いや、その『リュウイチア様』っての、何か落ち着かないんだけど…」
「貴女様は既にリュウイチ様の
リュキスカはガバッと起き上がって、もう一つの
「いや悪かったわよ!
アタイだってさ、まさかリュウイチ様が降臨者だなんて思いもしなかったしさ!こんなんなるなんて思っても無かったしさ!
「リュウイチア様、落ち着いてください。」
リュキスカがまくしたてる間にゆっくりと起き上がったルクレティアがリュキスカを見据え、何かを押し殺してそうな声で言った。薄暗い部屋でリュキスカの輪郭と目だけが浮き上がって見える。
「……二つ目の名前が欲しいっておっしゃってたじゃありませんか…」
「そ、そうだけどさ!…そうだけど…
そん時は
だいたい、
アタイは
「そうすれば?」
「そうすりゃさ…あんな立派な
「
「アタイ、あの子を
レーマ帝国で
しかし
だが
「
そんでどっかに広い畑貰ってさ、立派な
だが
「リュウイチア様は既に
どれだけ高位の
今更、あの子を
「そんなの分かんないよ!!」
「・・・・・」
ルクレティアの話を遮ったリュキスカの絶叫は涙に濡れていた。
「アタ…アタイはさ…
ルクレティアの前でリュキスカは泣き声をかみ殺すと服の袖で涙を拭った。
「わかっ…分かんないんだよぉ…
アタイ……アタイ、バカだからさ…今まで日銭稼ぐことと…あの子の事しか考えたこと無かったからさ…いきなり
ルクレティアはこの時初めて理解した。今、恐らく自分の身の回りの状況が最も変化し、最も混乱させられているのはリュキスカなのだ。今までの生活から突然切り離され、見ず知らずの世界へ身寄りもなく放り込まれて混乱しない方がおかしい。しかも、彼女にはリュウイチのような身を守る力も、おそらく才覚も何も無い。守らねばならない赤ん坊を抱え、無防備なまま周囲を敵か味方かすらわからぬ
それなのにルクレティアはリュキスカに嫉妬し、それをぶつけてしまった。
リュキスカが悲鳴を上げてしまうのは当然だった。
「この…この仕事だってさ…あの子のために受けたんだ。
一日に四デナリウスもくれるって言うしさ…二年だけだけど…一日十六セステルティウスだよ!?…アタイの稼ぎの五倍近いお給料でさ…これで稼げるだけ稼いで…しょ、将来あの子が
「ごめんなさい!リュキスカさん!!ごめんなさい!」
ルクレティアは
「ごめんなさいリュキスカさん。私が、私が愚かでした!
どうか、どうか許してください!」
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