第410話 戦場の盗賊

統一歴九十九年五月五日、晩 - アルビオンニウム市街地/アルビオンニウム



やられたぁイヒッ・ベン・ゲトォフン!」

逃げろラン・ヴェク逃げろぉラン・ヴェク!!」

助けてくれヒルフ・ミア!!」

あっちへ行けギー・ヴェクこっち来るなギー・ヴェク!!」

待ってくれワアテン俺を置いて行いかないでくれメン・メヒッ・ベト・ツォルク!!」


 方々から盗賊たちの悲鳴が聞こえ、銃声や爆発音が鳴り響く。唐突に始まった戦闘により廃墟は戦場音楽と硝煙の支配する地獄と化していた。盗賊たちはほぼ完全に混乱に陥っており、我先にとあてもなく逃げ惑う。


クソったれシェイセ地獄だヘーレッ地獄に来ちまったヘレッ・イスト・ゲッコメン!!」


 ランツクネヒト族の盗賊エンテは物陰に隠れ、与えられた短小銃マスケートゥムにおぼつかない手つきで弾を込めていた。彼は今日、既に五発以上撃っているが命中したような手応えは無い。いや、そもそも敵に向かって撃てているかどうかさえあやふやだった。

 西北西から北西の風、“敵”は突然彼らの西に現れたらしくエンテたちが命じられたとおりに罠を仕掛けていた場所よりも西の方で戦闘は始まった。銃声や爆発音の度に生じる煙は次第にエンテたちがいた辺りまで漂い始め、気が付けば周囲の盗賊たちにパニックが蔓延してしまっている。

 薄暮の夕闇と周囲を廃墟の谷間を漂う硝煙によって視界を塞がれた中で、味方の悲鳴と銃声が耳朶じだを打ち、盗賊たちから冷静さと判断力を奪っていく。


落ち着けズィヒ・ベウウィゲン

 逃げる前に反撃しないと逃げきれないぞ!!」


 エンテは居るかどうかも定かでない味方に向かって叫ぶと、弾を込めた短小銃マスケートゥムを構え、敵が居そうな煙の中へ狙いを定める。


撃つなネヒト・シースン味方だエス・センド・フェブンデテァ!」


 エンテが引き金を引こうとしたその時、煙の向こうから人影が片手を振りながらヨロヨロと姿を現す。怪我人に肩を貸しながら逃げて来た盗賊のようだった。

 エンテは銃を一旦降ろし、周囲を見回して他に誰も…特に敵がいないのを確認するとためらいがちに飛び出し、逃げて来た盗賊に駆け寄る。


「大丈夫か!?」


「助かった、相棒が爆弾の破片で脚をやられたんだ。

 手を貸してくれ!」


「わかった!」


 エンテは怪我人の反対側の腕を自分の肩に回させて担ぎ上げると、急ぎ足で東へ向かって歩き始める。その時、彼らより明らかに東側で爆発音が鳴り響いた。


「どうなってる!?

 もう囲まれちまったのか?」


「いや、多分味方だ…」


「味方!?」


「ああ、銃声でブルっちまって居もしねぇ敵に向かって爆弾投げてやがるんだ。

 俺たちがやられた爆弾も多分そういうんだ。」


「クソっ、なんてこった。

 じゃあ敵は!?」


「ここよりまだずっと西だと思うぜ。

 銃声だってパンッパンッって少人数で撃ってるのだけで、パパパパッって連続で撃ってる音はしねぇだろ?

 軍団はパパパパッてまとまって撃つからな、この辺で撃ってるのは全部味方さ。」


 言われてみれば周囲で鳴りひびいているのは散発的な銃声だけで、戦列歩兵の一斉射撃のような連続した銃声は時折西の方で聞こえる程度だ。男の冷静な話を聞いていると、カッカと血の昇っていたエンテの頭も急速に冷めて来る。


「なるほど、この辺にゃ敵はいねぇってことか…」


「そういうことだ…クソ、重てぇな、おいオッターしっかりしろ!」


 怪我人は脚を止めて完全に引きずられる形になっており、怪我人を担ぐ二人の肩に負担になっていた。


「おい、アンタの相棒気を失ってるぞ!?」


「なに!?」


「そっちだ、ひとまずそっちに寝かせよう。」


「ああ、わかった」


 二人は近くの廃墟…二階まで埋まった集合住宅インスラの開け放たれた窓から入ると、そこに怪我人を寝かせた。中は暗くて何も見えないが、そうであるがゆえに見つかる心配がない。


「おいオッター!オッター!?」


 男が寝かせた怪我人の頬を引っ叩いて起こそうとするが怪我人は目を覚まさなかった。


「さっき見たところ出血がひどいようだった。

 包帯はないのか?」


「そんなもんあるもんか!…チッ、しょうがねぇ」


 男は毒づくと目を覚まさない怪我人から持ち物を取り始めた。その様子にエンテは驚き、止めに入る。


「おい!何してんだ!?」


「見て分かんねぇか?身ぐるみ剥いでんだよ!」


「何言ってんだ、コイツはアンタの相棒じゃなかったのか!?」


「相棒さ!だがもう連れて行けねぇ、連れて行ったら間違いなく死なせちまう。

 ここで身ぐるみ剥いで表に置いて行きゃ軍隊が拾ってくれるさ!

 その方がコイツも助かる!」


「捕まったら間違いなく死刑だぞ!?

 俺たちは軍隊相手に戦始めちまったんだ!反逆罪だ!」


「だから身ぐるみ剥いでんじゃねえか!

 このままじゃ一発で盗賊だってバレちまう!

 だけど身ぐるみ剥いどきゃ、盗賊かそうじゃないかわかんねぇだろ!?」


 男にそう言われてなるほどと一瞬納得しそうになる。エンテが黙りこむのを見て男が再び怪我人から身ぐるみ剥ぎ始めると、エンテは何かを思い出したように再び止めに入った。


「待て待て待て!」


「何だよ!?」


「ここはアルビオンニウムだ!

 俺たち盗賊か、軍隊のどっちかしか居ない!

 軍人じゃない時点でモロバレさ!」


「じゃあ、どうしろって言うんだ!?

 このまま連れてっても手当てなんか出来ねぇ!

 夜が明ける前に死んじまわぁ!

 軍隊の手に渡しちまった方が生き残れるってもんだぜ!?」


「軍隊がここに来るとは限んないだろ!?」


「それならそれで生き残れるじゃねぇか!」


「バカ!凍えて死んじまうよ!」


 二人は数秒、そのまま睨みあった。男はエンテが持っている短小銃マスケートゥムにチラっと目をやると、フッと笑って両手を挙げた。


「まあ大将、落ち着けよ。

 コイツを連れてってもどのみち助からねぇ、それくらい分かるだろ?」


「・・・・・・・」


 エンテが黙っていると男は続けた。


「コイツが助からねぇだけじゃねぇ、俺たちも助からねぇ」


「どういうことだ?」


「俺は伝令でコッチに来たんだ。

 の命令さ、今仕掛けた分だけでいいから町に火を点けろ。

 そしてなるべく長時間、軍隊を引きつけながら逃げろってな…

 もう火ぃ点けられるとこから火ぃ点けてるぜ。

 コイツを引きずってたら、オレたちも火に飲まれちまう。わかるか?」


 男はエンテに縋るように言った。焦っているのだろう、最後の方は歯を剥き出しにし、首を筋張らせ、身体を震わせて罵るみたいだった。エンテは静かに撃鉄ハンマーを起こす。


「つまり、アンタは最初から相棒を見捨てるつもりだったんだな?」


 カチリという撃鉄ハンマーの音に反応し、男はエンテの銃に再び視線を落とした。


「おい、ちょっと待てよ…

 最初から見捨てるつもりならここまで担いでくるわけねえだろ?

 コイツはもう助からねぇ…仕方ねぇんだ。

 オレぁギリギリまでコイツを助けようとしたんだ。

 そっから先のことまで責められちゃたまらんぜ?」


 男はエンテの目と銃を交互に見ながら、後ずさりしはじめる。エンテは銃口を男に向けて構え、チラっと周囲を見回し、出口を確認する。風が焦げ臭くなってきていた。多分、男が言った通り盗賊たちが廃墟のいたるところに火を放っているのだろう。その煙が漂ってきているのだ。確かに時間はないかもしれない。


「な、なあ、ホントにオレを撃つのか?」


「安心しろ、撃たないでおいてやる。

 だが、お前と逃げるのはゴメン被る。

 さっき言った通り、ソイツを表に出してやれ。今すぐだ。

 その後は好きにしていい。ソイツの身ぐるみ剥いで勝手に逃げるがいい。

 俺は俺で勝手に逃げる。それだけだ。」


 そう言うとエンテは男に銃を向けたまま用心深く廃墟から外へ出て行く。


 そうだ、コイツらは助け合うべき味方だが、同時に決して油断できない盗賊でもあったのだ。自分も怪我をして自由が利かなくなればああなってしまう。この混乱の中では、むしろ一人の方が安全だ。少なくとも、あの男とは一緒に居ない方が良い。


 エンテは短小銃マスケートゥムを抱えて廃墟の闇へ消えた。

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