第173話 侵入者逮捕
統一歴九十九年四月十七日、朝 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
その硝石を効率よく作り出すハーバー・ボッシュ法は《レアル》から伝えられていて知識としては知られているが、高温高圧を作り出す必要のあるハーバー・ボッシュ法は実験レベルでしか成功例が無い。
《レアル》から降臨者たちによって文明や知識を
科学技術の発展を阻害している要因・・・それは
強すぎる火、大きすぎる火には
このため、
そしてもう一つの『精霊仮説』・・・これは
その仮説は証明はされていないが、その仮説を最初に唱えたのがとある古い滝に宿る《
もしもその仮説が真であるならば、ハーバー・ボッシュ法は小規模な実験以上の事は出来ない。ハーバー・ボッシュ法で必要となる温度自体は
このため、
しかし、人の家の軒下から採取できる硝石の量などたかが知れているし、住民とのトラブルも絶えない。特にアルトリウシアは気温がそれほど高くもなく、湿度が高くて雨も多いということもあって、家屋の下から採取できる土の硝石の含有量は他地方に比べて多くは無かった。
その解決策として採用されたのが、人畜の糞尿を集めて専用の小屋の中で発酵・熟成させて硝石を作ろうという・・・いわゆる「
奴隷の仕事の一つはその家庭の大小便を家の外へ運び出すことだ。
ガラスや磁器の普及していない
だから今、ネロが抱えている大きな
小便の染み込んだアンモニア臭を放つテラコッタの
だが、ネロはそれを命じられるまでもなく率先してやっている。自分の判断で仲間たちを奴隷にしてしまったという負い目からだった。
「ん?」
奴隷用の便所から
半裸のヒトの若い女が
「あ・・・はぁっ!?」
思わず声をあげると、女もネロに気付いたようだ。
「あっ、ちょっとアンタ!
ここの人かい?
ちょいと出口を教えておくれよ!」
「女!そこを動くな!!」
ネロは叫ぶと抱えていた
「え!?」
「お前は誰だ、どこから入った!?」
思わず立ち止まった女にネロが駆け寄り、その腕を掴んで捕まえる。
「痛っ!ちょっと、何すんのさ!?」
「うるさい!大人しくしろ!!」
ネロはそのまま女を地面に引き倒して掴んでいた腕を捻り上げた。さっきまで微笑んでいた女の表情は一瞬で驚きに替わり、今は苦痛に歪んでいる。
「痛い!ちょっと、乱暴しないどくれよ!」
「黙れ!静かにしろ!」
「どうした!?」
騒ぎに気付いた他の奴隷たちがわらわらと出てきた。
「侵入者だ!
「侵入者!?」
「いいから早く呼んで来い!」
「けど、この時間じゃまだ来てねぇんじゃ・・・」
「だったら他の
早く呼んで来い!!」
叫ぶネロの下で女が
「ちょっと、勘違いしないどくれ、アタイは別に泥棒なんかじゃないよ。」
「黙れ、静かにしろ。」
間を置かずに奴隷たちが駆けつける。
「
「今、カルスの奴が呼びに行ってまさ。
コイツぁ何ですか?」
「侵入者だ、
奴隷たちがネロと女を取り囲んであれやこれや言い出す。
「女だ、ヒトの女」
「こいつ、娼婦か?」
「ああ、トゥニカが透けてて短ぇし脚が丸出しじゃないか。」
「こいつ、下に何も履いてないぞ?
ケツが透けてまる見えだ。」
「もぅっ、そんなに見ないどくれよ!
そうだよ、アタイは娼婦だよ!!放しとくれよ。あイタたたたた!!」
女が周囲の奴隷たちに文句を言うとすかさずネロが力を込めて締め上げた。
「うるさい!黙ってろ!!」
「まあまあネロの旦那、こんだけの人数で囲んでんだ。
もう逃げる心配はねえからチッと緩めて話を聞いてやろうじゃねぇですか。」
年長のリウィウスに言われて渋々といった感じでネロが力を緩める。しかし、まだ解放はしていない。
リウィウスは女の顔の近くにしゃがみ込むと、その顔を覗き込んで穏やかな声で質問した。
「娼婦が何でこんなところに居るんだ?」
「ヴホッオホッ・・・何でって決まってるじゃないか、商売だよ。
買われたから来たんだ。」
「買われたって誰に?」
「奥の
それを聞いた奴隷たちがざわめきだす。
「
「
「奥の寝室って言ったら
皆の顔を一度見回したリウィウスが再び女の顔を覗き込んで質問する。
「
「名前は知らないよ。
名乗られなかったし、アタイも名前は訊かなかったんだ。」
「
ネロが再び体重をかけて締め上げと、女は顔を
「イタたたた!!ちょっと痛い、痛いって!」
リウィウスは顔をあげるとネロに困ったような表情を見せた。
「ネロの旦那、ちっと落ち着いてくだせぇや。こんなんじゃ話が聞けねぇ。」
「む?むぅ・・・」
ネロが力を抜くと安心したのか女は激しく咳き込んだ。
そのうち、ガシャガシャと派手に具足を鳴らしてクィントゥスたちが現れる。ちょうど出勤してきたところへカルスが駆け込んできたらしい。
「何事か?」
「侵入者を捕らえました。」
クィントゥスの質問にネロが興奮を隠せない様子で大声で答える。
「侵入者だと?」
クィントゥスは人だかりが出来ている
「この女がか?」
「娼婦で、
しばらく女を見下ろしていたクィントゥスの表情は複雑だった。蟻の子一匹入る隙のない警備をいとも簡単に突破されてしまった事に対する思いもあったし、先日アルトリウスに命じられたリュウイチの女の好みを調べる件も脳裏に浮かぶ。
いずれにせよ。目の前でかなりな面倒が起こっている事は間違いなかった。
「ネロ、放してやれ。」
クィントゥスはようやく溜息まじりに指示を出す。
「し、しかしっ!」
「このままじゃ話もできんだろ?
いいから放せ。で、そっちの椅子にでも座らせてやれ。
それから、こちらの女性に飲み物を用意して差し上げろ。
さあ、お嬢さんこちらへどうぞ。」
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