第174話 犯人は降臨者
統一歴九十九年四月十七日、朝 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
「名前は?」
「リュキスカ」
「
本名は?」
「本名だよ!!」
「娼婦か?」
「そうだよ。」
リュキスカは先ほど押さえつけられた時に掴まれた手首をさすりながらクィントゥスの質問に答えるが、さすがにホブゴブリンたちに囲まれて生きた心地がしなかった。
「乱暴をして悪かったな、これで喉を
クィントゥスがカルスの持って来た青銅製のコップ《ポクルム》を手渡すと、リュキスカはそれを「ありがと」と小さく言って受け取り、中に入っていた飲み物を飲んだ・・・とたんに咳き込み出す。
「ヴホッ、エ゛ホッ・・・」
その様子にクィントゥスは眉をひそめつつカルスに問いただす。
「何を持って来たんだ?」
「
「
他のは用意できないか?酒はだめだ。」
「
「
「じゃあ
カルスはそういうとリュキスカの手から茶碗を受け取って厨房へ駆け戻っていく。
「
ヴホッ、ゴホッゴホッ!」
ヒドロガルムとは
テーフルトゥムは果物の果汁を煮詰めてシロップにしたもので、飲む時にはこれを水や酢で薄めて提供する。基本的に子供向けの甘い飲み物だが、庶民の口にはあまり入らない。富裕層の子供は日常的に飲めない事もないが、庶民の間では何かちょっとした祝い事がある時などに子供に振る舞われるぐらいの飲み物だ。
「咳がひどいようだが、何か病気なのか?」
「なんでもないよ、ちょっと咳が出るだけでね。
薬飲めばすぐ治るんだ。」
「どこから来た?」
「『
「《
「そうだよ。」
「いつ、どこで買われたんだ?」
「昨日だよ、
「誰に買われたんだ?」
「だから、ここの奥の
ゴホッゴホゴホッ」
ネロが何か言おうと身を乗り出したがクィントゥスが無言のまま手で制して質問を続ける。
「その人が
「そうだよ、
「ワインと食事ねぇ」
咳き込むリュキスカを嘲笑するようにネロが呟く。
昨夜リュウイチはここで食事をとっていた。わざわざ
「嘘ついてるってのかい!?」
ネロの人を見下すような目が気に
「ネロ、口を挟むな。」
クィントゥスはリュキスカに向き直って質問を続ける。
「その人は何を召し上がったんだ?」
「『ギリシャ風』ワインと、
ほかにも色々出したけど、夕食を済ませたあとだからとか言って、あんまり食べなかったね。」
そこへカルスが新しい飲み物を持って戻ってきた。クィントゥスがそれを受け取りリュキスカに差し出す。
「
「ンフッコフッ、ゴホッコホッ・・・ありがと」
リュキスカは早速一口飲んで少し顔を
ちょっとコレ薄めすぎじゃないのかい?
いや、塩気は薄いけど香りが強いじゃないか。上等な
「少し落ち着いたみたいだな?」
「うん、ありがとう。」
「話を戻すぞ。その人が注文したのか?」
「違うよ。
兄さんはデナリウス銀貨一枚出して『これで何か頼む』って言ったんだ。
それでアタイが代わりに注文したんだ。
店で一番高いワインと食べ物だよ。
チップもくれたよ。アタイと料理を運んだ全員にデナリウス銀貨一枚ずつさ。」
「「「「「「「「うっ、うぅーーーむむ」」」」」」」」
リュキスカのその話を聞いた途端、奴隷たちが一斉に「やっちまった」みたいな顔をしてうめき声をあげる。中には両手で顔を覆う者や額を揉み始める者さえいた。
「な、何だい!?
アタイ嘘なんかついちゃいないよ!?」
それを見てリウィウスがリュキスカを宥める。
「ああ、大丈夫だ。心配するな。」
「ホントだよ!?」
リュキスカは何か困ったチャンみたいに扱われているような気がして食い下がった。
「わかってる。
疑っちゃいねえよ。
むしろ、その一言で
そんな真似する
「なら、いいけどさ。
・・・じゃあ、もう疑いは晴れたんだろ?帰っていいかい?」
立ち上がろうとしたリュキスカをクィントゥスが押しとどめた。
「いや、まだだ。待ってくれ。」
「なんだい、まだ何かあんのかい?」
「ああ、ここの周りは私の部下が取り囲んでいて、誰も出入りできないように封鎖している。
そして昨夜日が暮れてからはここの奴隷たち以外は誰も出入りしていないんだ。
君はいつ、どうやってここに入ってきたんだ?」
「いつったって、昨日の
日が沈んでから多分二時間も経っちゃいなかったよ。
ここにどう入ったのかはわかんないね。」
「分からない?」
「ああ、アタイは兄さんに抱きかかえられて
で、そのまま
「どういうことだ?」
「どういうことも何もそのまんまさ。
兄さんはアタイを抱えて
で、暗くてよくわかんなかったけど、
アタイはてっきり外ですんのかと思ったさ。
でも兄さんが何か呪文を唱えるといきなり壁が開いてさ。
入るとそこが
アタイはてっきり
今朝になって
「それで、歩いてるところを捕まったのか?」
「そうだよ!」
「じゃあ、ここがどこかは・・・」
「ケホッゴホッ・・・知らないよ。
アタイは
一通りしゃべり終わったリュキスカは
「なんだい、嘘じゃないよ!?」
「大丈夫だ、わかってる。」
クィントゥスはそうは言いつつも目を閉じ額を揉み始めた。いかにも悩まし気な態度に見える。そして、実際に彼は困っていた。
厳重な警備をあっさり破られた上に、女を連れ込まれてしまった。秘密はバレていないと思うが、一歩間違えればこれまでの苦労が全て水の泡になる危険性をはらんでいる。
おそらくリュウイチとしては軽い気持ちでバレないように上手くすればいいとでも思っていたのだろうが、実際にはうまくいかなかった上にこの場所とリュウイチの存在をこの女に知られてしまった。
クィントゥスはこれからその後始末をしなければならないのだ。
だが、どうすればいい!?
「じゃあもういいかい?アタイは帰りたいんだよ。」
「いや、悪いが駄目だ。」
帰ろうと腰を浮かせたリュキスカの肩を抑え、クィントゥスは無理やり座らせた。
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