リュキスカ
性処理問題
第149話 ルクレティウス・スパルタカシウス
統一歴九十九年四月十六日、午前 - ティトゥス要塞スパルタカシウス邸/アルトリウシア
ルクレティウス・スパルタカシウスは降臨者スパルタカスと聖女リディアの直系の子孫であり、もっとも古い血統を誇る聖貴族スパルタカシウス家の現当主である。
《
曽祖父の代で政争に巻き込まれたらしく、レーマを追われたと聞いているが詳細は知らされていない。ただ、祖父の代からアルビオンニウムのケレース神殿を治めるようになり、彼もまた父からそれを引き継いでいる。
しかし、降臨者直系と言ってもかなり代を重ねており、精霊との親和性も魔力もかなり弱まっていることは否めない。
神殿に置かれた大水晶球をもってしても、彼は火山噴火を予知しえなかった。
何か、《地の精霊》が異常に力を蓄えていたのは分かっていた。何かが起こる予兆なのは明らかだった。だが、それがフライターク山の噴火だとまではわからなかった。特定できなかった。
忘れもしない統一歴九十七年八月十二日、鳴り響いた聞いたこともない轟音に驚き、表に出てみれば明らかに吹雪とも雲とも異なる噴煙が山から立ち昇っていた。
同時に雪崩にしてはやけに黒ずんだ火砕流が、山の稜線に沿うように向こう側へ流れていく。
その先には演習中だった
あれは火山噴火の予兆だったのか・・・。
ルクレティウスは脱力感を振り払い、『水晶の間』へ駆け込んだ。大水晶球の下の寝台に横たわり、《地の精霊》の力が未だに衰えていない事を確認した。
噴火はまだ収まらない。それどころか、これから酷くなる危険性が高い。
すぐさま自ら馬車を駆って
侯爵夫人や侯爵の側近たちに詫び、その後は住民の避難誘導や避難民支援へ尽力した。そして、その過程で自らも被災し、その時の怪我で下半身不随となる。
自由を失った身体では神官としての務めを果たすこともできず、ただ横たわるだけの日々。彼にとっての唯一の幸運は、娘のルクレティアがレーマ留学のために遠く離れていた事だったろう。
しかし、その事実さえもが彼を
自分の不明のために、多くの人々が命を落とした。数多くの夫が妻を、妻が夫を失った。父や母が子を、子が親を失い、数知れない人々が友を、恋人を、いとしい人々を失ったのだ。
自分のせいでレーマで勉強中だった娘も呼び戻すことになってしまった。
もはやクソ小便さえままならず、垂れ流すだけになってしまいながらものうのうと生き延び、愛娘と暮らす幸福を享受している。
そんなことが許されるのだろうか?
ほぼ、丸一年、彼は床に横たわったまますっかり塞ぎ込み、不甲斐ない我が身を呪い続けた。
それでも自ら命を絶つことなく、今もこうして生きているのは帰郷した愛娘の献身的な介護があったればこそだろう。
その甲斐あって、数か月前からは書類仕事などの公務を再びするまでに快復できていた。
「わざわざお呼びだてして申し訳ございません、両閣下。」
寝台から降りる事はできなかったが、下級神官たちに背中に多量のクッションを入れてもらい、なんとか上体を起こしたルクレティウスがエルネスティーネとルキウスに歓迎の挨拶をする。
「いえ、良いのです
今日はお加減はよろしいのですか?」
「ありがとうございます
「成り行きとはいえ、
「はてさて、
「いやいや、いつまでも子供でおりますものか、なかなかの働きぶり。
「本当に、聖女リディアもかくの如しといった献身ぶりでございましてよ?」
「やれやれ、
「スパルタカシウス殿、ご用心ご用心。
ルクレティウスは勘弁してくれというようにフッと鼻で笑い、しばらく明後日の方へ視線を投げてから訊ねた。
「・・・で、
ルキウスは少し長く鼻から息を吐いてから答えた。
「憎からず思ってはおいでのようだが、少し若すぎると考えておられるようですな。」
「まあ、そうなのですか?」
エルネスティーネが少し驚いたようにルキウスに尋ねた。
エルネスティーネだって十六の誕生日を前に縁談がまとまり、アルビオンニア侯爵家に嫁ぐ準備としてキルシュネライト伯爵家に養子にだされたのだ。そこで約半年にわたって貴族令嬢としての教育を受け、実際に結婚したのは彼女の十七の誕生日当日の事だった。
「何でも、御当人がおっしゃるには、御国では十八に満たぬ娘に手を出すことは禁じられておられるようでしてな。」
「
エルネスティーネはルキウスの答えにイマイチ納得しがたいようだった。
「そうは言っても、自分の生まれ育った国の慣習に背くことというのは、なかなか受け入れがたいのでしょうよ。」
娘のことを案じてか、ルクレティウスは目を閉じて顔を天井へ向けた。
「
「いえ、話しておりません。」
ルクレティウスの問いにルキウスはあえて胸を張って答えた。
「また、話すべきでもないと思います。
今はまだ、その身を御隠しいただいておられる
要らぬ動揺は与えぬが肝要でしょう。」
実の父親を前に随分な言いようではある。
しかし、ルクレティウスにしろ、エルネスティーネにしろ、ルキウスにしろ、ここにいる三人はいずれも、ルクレティアがリュウイチに手を出されれば良いと望んでいるのは事実だった。
ルクレティウスの娘の身を案じる心に嘘はないが、嫁ぎ先が降臨者なら言う事は無いし、嫁ぐに至らずとも降臨者の手が着いたとなればその後の縁談で有利になる可能性は低くはない。
また、リュウイチの側に自分に近しい者を送り込むことができ、リュウイチとの間に強固な人脈を確保できることになる。
「いずれにせよ、今は静観するのが良いのでしょうね。」
エルネスティーネがそう言うと、ルクレティウスは大きくため息をついた。
「さて、そろそろ本題に入りましょうかな?」
ルキウスに促されてルクレティウスは目を開けた。
「そうですな。
実は昨日、サウマンディウス伯爵からお手紙を戴きましてな。」
ルクレティウスは寝台の脇に置かれたテーブルから手紙をとって二人に見せた。
「どうも、アルビオンニウムで異変が確認されたようなのです。」
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