第1354話 リュキスカの判断
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
吊るされた女の顔を今も覚えている。恐ろしかった。人間の肌の色とは思えぬほ土気色に染まった顔。鳥に
晒された死体はアンデッド化を防ぐため、腐敗が始まる前にどこかへ埋葬されたのでそれ以後人目に触れることはなかったが、リュキスカの脳裏には今もハッキリと焼き付いている。
『えーっと……リュキスカ……さん?』
急に何かに
『えっと、どうかした?』
尋ねるとリュキスカはようやく顔を上げ、リュウイチを見た。顔色が悪く、やはり何かに怯えている様子である。
『あれ、具合が悪いの?』
リュキスカは首を振った。
「
『でも、何か具合が悪そうだけど……』
「
何かを振り払うようにリュキスカは声を荒げ、驚いたリュウイチが無言のまま目を丸くして
「ごめん……ちょっと嫌なこと思い出しちゃって……」
『嫌なこと?』
リュキスカのつぶやきにリュウイチが反応すると、リュキスカは小さく笑って誤魔化した。
「いや、ホント、もういいんだよ……
それで、何だっけ?」
リュキスカの様子に疑問を覚えながらも、本人が言いたがらないことには安易に踏み込むべきではないという遠慮をリュウイチは働かせた。
『ああ、うん……その、サウマンディアの伯爵からリュキスカにって、マルクスさんが女奴隷を一人連れて来てる。
昨日、リュキスカに受け取ってもらうつもりだったようだけど……その、居なかったから待ってもらっているんだ』
リュウイチが少し言いづらそうに説明すると、リュキスカは「ふーん」と溜息とも
「じゃあ、この後アタイは
『いや!』
リュウイチは慌てたように手を
『その奴隷を受け取るかどうかの返事もまだ待ってもらってて、もしも受け取りたくなければ断ってくれていいんだ』
驚いたリュキスカにリュウイチがやや早口で説明するとリュキスカは
『それにマルクスさんは今朝早くにグナエウス砦に
急用ができたとかで……戻って来るのは早くても明日だと思うから、受け取るかどうかの返事はその時でいい』
説明を終えてリュウイチが翳していた手を降ろすと、リュキスカは怪訝そうな表情のまま傾げていた首を戻し尋ねる。
「何言ってんだい、
『え?』
てっきりリュキスカは奴隷を受け取りたくないのだろうと勝手に思い込んでいたリュウイチは予想外の言葉に呆気にとられた。その様子に部屋の出入り口の辺りに控えていたロムルスが思わず「ぷふっ」と吹き出し、慌てて口元を手で覆う。
「
それで何か
我が耳を疑って固まっていたリュウイチはどうやら聞き間違いではなく、リュキスカが本当に奴隷を受け取るつもりらしいことに気づくと慌てふためき始める。
『え!?
いや、その……いいの!?
奴隷だよ?』
リュキスカには逆にリュウイチが何でそんなに
「
そりゃ、
ダメなら売っぱらやいいんだろ?」
じゃあさっきのアレは何だったんだ? ……リュウイチは
「それよりもお礼だよ。
相手が
なんか
ヴァナディーズさんかルクレティア様でも居てくれりゃ相談できるんだけど……」
リュウイチが全く想定していなかった部分でリュキスカは悩みはじめ、ブツブツ言ったかと思うと突然何か
「ひょっとして兄さん、それでネロの奴を追い払ってくれたのかい!?」
さっきリュウイチは明らかに適当な用事を言いつけてネロを部屋から追い出した。それはきっとリュキスカが上級貴族への返礼の口上を自力で考えることも出来ず、教養の無いところを見せてネロに馬鹿にされるのを防ぐためだったのだ! ……と、リュキスカは想像したのだが、リュウイチはリュキスカの予想に反してかなり間の抜けた反応を示した。
『は?』
「……違うのかい?」
お互いが何を言っているのかわからず二人は互いに呆気にとられる。それを見ていたロムルスがクスクスと笑い始めた。
「何がおかしいんだい!?」
思わずリュキスカが語気を強めて尋ねる。リュキスカにとってロムルスという男はどうにも癪に障るところが多かった。
「あイヤ、
ロムルスは口先では謝るがその顔は笑ったままである。
「『
何がおかしいんだって聞いてんじゃないか!?」
イライラしながらリュキスカが追及すると、ロムルスは悪びれもせずに顔に笑みを浮かべたまま答えた。
「
ネロの奴ぁ、
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