第134話 追跡、遭遇

統一歴九十九年四月十四日、夕 - リクハルドヘイム/アルトリウシア



 《巽門たつみもん》の前でリクハルドとラウリが合流したのはあれから半時間以上経った後の事だった。

 半時間と聞くと随分時間がかかっているようだが、これでもかなり急いでいるのである。実際、リクハルド邸から《巽門》までは普通に歩いて半時間以上はかかる。それなのにあれから松明を人数分用意し、用意していた鉄砲を槍に持ち替え、そこからここまで走ってきたのだ。

 リクハルドが連れてきた手下たちは息を切らして、なかばへばっている者すらいた。リクハルドはそのへばっている手下たちを休憩させがてら、ラウリから詳細を聞く。


「じゃあ、また今回も一頭っきりなんだな?」


「ええ、多分この間こないだの奴と同じ奴だろうと思いやす。

 歩き方・・・特に途中で定期的に振り返って周囲を確認する癖があるんですが、それが一緒なんでさ。」


「ふーん、じゃあまたヤルマリ川まで行ったのか?」


「いえ、今回はそこまで追ってはいやせん。

 現場に残されたクルークとか角笛とか足跡だけ見て、こりゃ人呼ばねえと無理だと判断してすぐに一度帰ったんで・・・

 ただ、足跡はヤルマリ川の方へ行ってるようでさ。」


「ふーん・・・・分かったわあった、お前ぇの判断は間違っちゃいねえぜ。」


「ありがとうごぜえやす。」


 リクハルドは休憩して息を整えている手下どもの方へ振り返った。気づいた手下たちはリクハルドに注目する。


「いいかお前ぇら!

 すでに聞いてると思うが羊飼いの娘っ子がダイアウルフにさらわれた。

 探しに行くぜ!」


「「「おおー!」」」


 手下たちの中には膝に手をついたりしていた者もいたが、全員が起立して気勢を揚げる。


「ただし!

 もうすぐ暗くなる!

 暗くなってからダイアウルフの相手をするなんざ自殺行為だ。

 だから今日はダイアウルフの足跡を追うが、ダイアウルフを見つけられなかったとしても暗くなる前にぇるぜ。

 本格的に狩るのは明日だ!!

 今日はただの偵察だ、そう思え!」


「「「おー」」」


 今度は勢いが弱い。まあ仕方ないだろう。せっかくのやる気に水を浴びせられたようなものだ。とは言っても、そうやってガッカリしてしまったのは経験の浅い若い連中だけだった。古参兵、特に海賊時代から付き従っている古株は経験があるからこそ、大将リクハルドの言っている意味が良く分かっている。


「行くぜ!」


 リクハルドの号令で一同はラウリの先導でまず現場に向かった。

 そこから足跡をたどってヤルマリ川の方へ向かう。

 進軍速度は決して速くなかった。

 足跡をたどる都合上、時折ラウリが立ち止まってはしゃがんで足跡を観察するからだ。立ち止まってはしゃがんで確認し、立ち上がっては歩く・・・その繰り返しだ。この天候のせいで足跡は既に消え始めており、一応猟犬も連れてきてはいるが臭いは既に流された後らしくほとんど役に立てていない。

 もうラウリの目だけが頼りだった。



 それから一時間近く経っただろうか?

 少なくとも一時間までは経っていないはずだったが、ヤルマリ川まであと四半マイル(約四百六十三メートル)までのところまで来た時、ヤルマリ川沿いに密生している茂みの中からダイアウルフが姿を現したのだった。


「あ!」

「おい見ろ!!」

「・・・ダイアウルフ」


 一同は呆気にとられたが、武器の用意はしなかった。ダイアウルフの背中には少女が一人、またがっていたからだ。

 ダイアウルフはバカでかい朱鞘の野太刀を担いだリクハルドとその手下たちを見つけて立ち止まり、その場からジッとリクハルドを見つめた。背中に乗っている少女が屈んでダイアウルフに何か話しかけると、ダイアウルフはリクハルド達をみたまま耳をピクピクと何度か動かし、そのあと再びリクハルドたちに向かってゆっくりと歩き始める。

 少女はダイアウルフの上で身体を起こし、揺られながらも時折リクハルドたちにむかって手を振った。



「お前ぇら、下手にアイツダイアウルフを刺激すんなよ?

 それからまわりに注意しろ。」


 リクハルドは後ろの手下たちに指示をだすと、ラウリに行くぜと言って前進を再開した。

 両者はお互いを見つけた時のそれぞれ位置のちょうど真ん中のあたりで対峙した。互いの距離が六ピルム(約十一メートル)ほどの距離まで接近したところで、どちらからともなく歩みを止める。


 ダイアウルフが歩みを止めると、ファンニはダイアウルフの背中からヨイショっとやや不格好ながら苦心して降りた。その間、ダイアウルフはファンニを乗せた時のように姿勢を低くしたりする事なく、ジッと立ったままリクハルドを見つめている。

 何とか地上に降りたファンニがリクハルドたちの方へ行こうとすると、クイッとファンニの服に食いついて引っ張り、ファンニを止めようとした。

 それを見てリクハルドの手下たちが槍を構えようとするが、リクハルドは黙ったまま振り返りもせずに手でそれを制止する。


「大丈夫よ、心配しないで。」


 ファンニはダイアウルフの顔をなでながらそう言うと改めてリクハルドたちの方へ駆け寄ってきた。


郷士ドゥーチェ様、ラウリの旦那様、御心配をおかけしました。」


 リクハルドの前でお辞儀するとそう言った。


「おう、じょうちゃん。あのダイアウルフはどうしたんだい?」


 リクハルドに言われてファンニは後ろを振り返った。ダイアウルフは直立したまま頭だけを低くしてリクハルドの様子をジッと窺っている。


「ここまで乗せてもらいました。

 それより郷士様!助けてください。」


 ファンニは両手を胸の前で組んでリクハルドに訴えた。その表情は真剣そのものである。


「助ける?」


「はい、ゴブリンの兵隊さんが倒れてて今にも死にそうなんです!」


「あのダイアウルフのあるじか?」


「多分そうです。

 あの子は兵隊さんを助けるために、私を連れてったんです。」


「ふーん。じゃあ、そこへ連れてってくれるかい?」


「はい!ついて来てください!」


 ファンニはパアッと表情を明るくすると振り返ってダイアウルフの方へ駆け寄った。ダイアウルフは尻尾をゆっくりだが大きく振り、ファンニの顔に鼻を寄せて臭いを嗅いでいる。


「予定変更だ、行くぜラウリ。

 誰か《陶片テスタチェウス》まで走ってこのことを伝六でんろくに伝えて来い!」



 リクハルドはダイアウルフから目を離さずに後ろの手下たちに低い声で命じる。

 その声にダイアウルフはピクッと耳を動かして反応したが、ファンニが「行こっ」と言って進み出すとリクハルドを睨んだままフンッとクシャミをするような仕草をしてファンニの後に続いた。


 生意気なワン公だぜ・・・。



 その後、ファンニの歩く速度に合わせて一行は歩いた。ダイアウルフはファンニの横を前を向いたまま歩いたが、耳はしょっちゅうピクピク動かしており、後ろをついて来るリクハルドたちに注意を払ってる様子がうかがえた。


 しかし、ファンニの歩く速度は遅い。

 ファンニは健脚な方だが普段は羊のペースで歩いているからか急いでいても足を動かすペースがそれほど早くない。それでいて身長はたったの三ペス半(約百五センチ)でリクハルドの半分ほどしか無いのだから、一歩の歩幅も大したことない。

 最初は互いの動きを警戒し神経を使っていた大人たちとダイアウルフは、すぐにファンニの歩く速度の遅さに気付き、次第に気分を萎えさせ、やがてイライラしだし、しまいにはウンザリした。

 だが、背後から様子を見る限り、ファンニは明らかに真面目に急いでいる。息を弾ませて身体を少し前のめりにして歩いているのだ。

 ちいさな女の子、それもついさっき怖い目にあったであろう子に急げとどやしつけるほど狭量な大人は、幸いなことにこの場に居なかった。


 しかしダイアウルフもれてきたのだろう、歩きながらもファンニに鼻を押し付けたり身体を押し付けたりし始めた。尻尾はゆっくりだが大きく揺れている。

 要するに乗れと言っているのだ。

 背後を付いて来ている手下たちもそれを見て「乗ればいいのに」と思い始めている。


「ダメよ、貴族ノビレス様の前で馬とかに乗っちゃダメなんだよ?」


 ダイアウルフを叱るファンニの小さな声が聞こえた。


 そうだぞじょうちゃん、その歳でそのことが分かってんならてえしたもんだ。

 だがこのままじゃ日が暮れちまうぜ。


「ウ、ヴンッ!」


 リクハルドがわざとらしく咳ばらいをすると、それに気づいたラウリが振り返ってリクハルドの顔を見上げた。

 振り返ったラウリにリクハルドが目配せするのを見たラウリは、黙ったまま頷くと数歩急いで前に出てファンニに「じょうちゃん」と声をかけると、ダイアウルフが飛びのいて身構えた。


 ダイアウルフの反応に思わず一同は立ち止まり、ファンニが振り返る。

 ラウリも一瞬、言葉を飲んだが改めて慎重に話を再開した。


嬢ちゃんファンニ、かまわねえよ。ダイアウルフに乗っちゃいな。」


「でも・・・」


 ファンニは心配そうにリクハルドを見あげたが、リクハルドはあえてそっぽを向いていた。

 馬に騎乗していいかどうかを決める権限は残念ながら郷士には無い。それを許可できるのはその土地の領主ドミヌスか、あるいはレーマにいる領主以上の上級貴族パトリキたちだけだ。

 だからリクハルドはあえて部下に乗るように言わせて自分はそっぽを向いて見て見ぬふりをする事で黙認しようというのだ。


「いいから、大丈夫だよ。」


 ファンニに近づきながらダイアウルフを見ると、ダイアウルフは最初は警戒していたが、言葉が分かるのかそれとも雰囲気で察したのか、警戒を解いて動かすのをやめていた尻尾を再び揺らし始めていた。

 ラウリはニッコリわらってファンニの両脇に手を差し入れるとヒョイっと持ち上げ、ダイアウルフの背中の鞍に座らせた。


「済みません。」


「いいってことよ。」


 ファンニのお礼にラウリが応えるとダイアウルフは先ほどまでの遅れを取り戻そうとするかのように速いペースで歩き始めた。体格の大きさ故に歩幅の長いリクハルドはともかく、他の手下たちにとっては小走りに近い速度だ。

 雨に濡れ、滑りやすい草原の斜面を駆けるように降っていくと、たちまち息が上がっていく。

 それを尻目にダイアウルフは時折立ち止まって振り返ってはフンッと鼻を鳴らし、余裕を見せつけた。



 くそっ、この野郎ダイアウルフめ、俺たちを馬鹿にしてやがるな!?

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