第657話 紛糾

統一歴九十九年五月八日、午前 - ティトゥス要塞司令部プリンキピア・カストリ・ティティ/アルトリウシア



 シュバルツゼーブルグ近郊で突如集結し、総勢三百人とも言われる規模に膨らんだ盗賊団はライムント街道沿いの中継基地スタティオを次々と襲撃し、駐留している警察消防隊ウィギレスを壊滅させた上に武器を奪い、そのあげく一夜にしてブルグトアドルフの街に壊滅的な被害をもたらした。幸い、その盗賊団はアルビオンニウムでほぼ総兵力二個大隊コホルスに相当する正規軍相手に無謀な戦いを仕掛け、当然の様に大敗し壊滅的損害を出して逃げ散った。盗賊団は死傷したり捕縛されたりで、一夜にして半分以下にまでその数を減らしたものと考えられている。

 その一介の盗賊とは思えない行動の背景にはムセイオンから脱走して来たハーフエルフたちの存在があった。自分たちの父母にうため、降臨を起こすことを目論むハーフエルフたちが、盗賊団を支配下に置いて使役しているらしい。


 だがそれでも、流石に一夜にして手勢の半分以上を失い、あまつさえ自分たちの仲間である聖貴族コンセクラトゥムを捕虜にされた以上、その活動は大人しくなるものと推測されていた。正規軍相手に一方的に大損害を受けたのだから、それ以上の被害を受けないように残存戦力を温存し、戦力回復を図るなり計画を変更するなりするのが当然の対応だからだ。


 ところがその予想は大きく外れた。わずか二日後、推定百人前後の残存戦力を用い、ブルグトアドルフで待ち伏せ攻撃を仕掛けてきたのである。大敗した直後に自軍を圧倒する大兵力の敵相手にここまで積極的に攻撃を仕掛けて来るなど、正規軍でも考えにくいほどの戦意である。一体何が彼らをそこまで狂暴化させているのか、不可解極まると言って良かった。

 そしてこのことは、エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人を始めアルビオンニア属州の首脳陣に深刻な危機感を抱かせた。


 盗賊団を取りまとめているのはムセイオンのハーフエルフであり、その目的は降臨を起こすことである。ということは、先々月以来のメルクリウス騒動に関係している可能性が高い。しかも場所がアルビオンニウム……今回のメルクリウス騒動対応の責任者であるプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵の住まうサウマンディウムから目と鼻の先である。だから、この盗賊団へはサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアが積極的に関与してくるであろうことが期待されていた。

 アルビオンニア属州の兵力には余裕があまりなく、ズィルパーミナブルクに駐留しているアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアから増援部隊を送り込むか、先月あたりからどうも連絡が取りにくくなっているクプファーハーフェンから援軍を出してもらうしかないのだが、それも兵站のことを考えると厳しい。そのこともあって、エルネスティーネたちはサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの対応に期待を寄せていたのだ。


 おそらくサウマンディウス伯爵はメルクリウス騒動対応を名目にハーフエルフたちを保護しようとするだろう。その過程で盗賊団は壊滅するか投降するかして消滅するだろうと……

 中継基地スタティオを潰し、ブルグトアドルフの住民に耐えがたい損害をもたらした事は到底許容できるものではないし、その責任を取らせたいという気持ちは間違いなくある。それでも現状で無理な出兵をせずに彼らを取り押さえることができるのなら……と、期待していたのだ。


 ところが、盗賊団は損害からの回復も待たずにアルビオンニウムからブルグトアドルフへ移動し、そこで全力で攻撃を仕掛けて来た。ここまで狂暴な相手では最早サウマンディア軍団レギオー・サウマンディアに任せっきりというわけにはいかなくなる。放置すれば彼らはシュバルツゼーブルグや他の地域にまで来て、自身の損害も無視して暴れ続けるかもしれない。

 しかも首謀者はハーフエルフだ。魔法を使えるこの世界ヴァーチャリアでもっとも強力な聖貴族コンセクラトゥムたちである。そんな力を持った連中がそこまで狂暴に暴れ続けるとしたら放置など出来ない。領民たちにもっと大きな被害をもたらすかもしれないし、彼らが超常の力を用いて暴れることで、リュウイチの秘匿体制に良からぬ影響を及ぼす危険性もある。


 最早一刻も早く対応し、彼ら盗賊団を討伐しなければならない……。


 ここティトゥス要塞司令部プリンキピア・カストリ・ティティの会議室に集まったアルビオンニア属州首脳陣はそのような認識に達するに至った。が、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムゴティクス・カエソーニウス・カトゥスによると、アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアに今以上の対応を期待するのは難しいという。

 エルネスティーネを始め軍人以外の貴族ノビリタスたちは失望を露わにすることを禁じ得なかった。


「何もできないというわけではありません。

 今すぐに事態を解決するのは難しいということです。」


 ゴティクスは表情をわずかに固くし、冷静に言った。エルネスティーネの言葉はいくらなんでもゴティクスからすると大袈裟であり、ヒステリックと言えるほどのものだったのだ。


「シュバルツゼーブルグまでは既存の兵站線へいたんせんが使えます。アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアが対応するとすれば、シュバルツゼーブルグを拠点とするほかありません。

 シュバルツゼーブルグから部隊を展開させ、制圧地域を増やしつつ、潰されてしまった中継基地スタティオを復旧させ、ライムント街道周辺地域の兵站へいたん体制を回復していく必要があります。

 敵を追い詰め、討伐するのはそれからになります。」


「それにはどれくらいかかるのですか?」


 何か腹に据えかねるものを感じつつ、エルネスティーネは冷静を保つことに注力しながら尋ねた。


「ズィルパーミナブルクにいるアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの部隊がシュバルツゼーブルグに移動し、作戦を開始できるようになるまで……早くて十日は必要となるでしょう。」


 会議室のあちらこちらから溜息や唸り声がこぼれた。


「そこからシュバルツゼーブルグの守りを固めつつ周辺地域の盗賊たちを制圧し、安全を確保しながら中継基地スタティオを復旧させます。そうして“戦線”を形成し、それを北へ押し上げていくことになります。」


 少人数で活動し、逃げたり隠れたりすることにかけては正規軍よりもよっぽど優れた盗賊である。自在に動ける隙があれば、どんな追跡も包囲網も逃れてしまう。それでもただの盗賊であれば探し出して仕留めることは可能だが、今回の相手はただの盗賊ではない。ハーフエルフが率いているのだ。その一撃は強力な大砲に匹敵するとも言われる攻撃魔法を駆使できる彼らに対し、盗賊に当たるのと同じような感覚でぶつかれば確実に返り討ちにってしまう。彼らを確実に仕留めるためには、まとまった戦力をぶつけるしかない。

 そのためには、彼らが自在に動けるような隙を無くし、彼らが逃げ回れる範囲を少しずつ、だが確実に狭めていき、そして追い詰めたところで大兵力を投入するしかないのだ。

 だが、ゴティクスの説明するやり方では時間がかかりすぎる。作戦を開始できる準備が整うまで最低でも十日必要……十日もあれば盗賊や軍団レギオーならばアルビオンニア属州の端から端まで移動できてしまう。それまで盗賊団がブルグトアドルフに留まってくれるならイイが、アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアがシュバルツゼーブルグに展開するまでにどこかへ移動してしまう可能性の方が高いように思われた。


「十日なんて時間がかかりすぎる!」

「そうだ、賊どもはこの短期間でシュバルツゼーブルグからアルビオンニアの範囲で暴れ回っているんだ。アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアが討伐の体制を整えるまでに、他所へ行ってしまったらどうする!?」


 家臣たちから当然の様に抗議の声が上がる。客観的に物事を捉え、状況を判断するために自分をあえて事象から切り離して考える癖がついているゴティクスの言い様は、彼らからするとどこか他人事のような……もっと言えば無責任な態度のように見えてしまう。それは今般の事態に対して切実なものを感じている彼らの感情的な反発を招くには十分なものだった。

 ゴティクスからすると彼らのそうした反応こそ不可解であった。困難な状況を打開するためには、そしてどれほど最悪な状況からでも最善の方策を導き出すためには、己の感情は殺さねばならぬ。自身の気持ちを平坦なものとし、複数の異なる視点から物事を評価することは、彼にとって基本中の基本だった。ソレを出来ていない侯爵家の家臣たちに対し、ゴティクスは失望を覚え、そしてどこか軽蔑に似た感情を抱いてしまう。その感情はゴティクスの自覚していないところで、彼の表情に現われていた。


「お待ちください。」


 ゴティクスの侮蔑に近い表情が侯爵家の家臣たちの更なる反発を煽る前に、子爵家の法務官アグリッパ・アルビニウス・キンナが声をあげた。

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