第658話 盗賊団の行動予測

統一歴九十九年五月八日、午前 - ティトゥス要塞司令部プリンキピア・カストリ・ティティ/アルトリウシア



「何か、良い知恵がおありかしら、アルビニウス?」


 ブルグトアドルフで暴れている盗賊団に、アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアが有効な対策を……少なくともエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人らが期待するような即効性のある対応をとれそうにないというゴティクス・カエソーニウス・カトゥスの指摘にエルネスティーネとその家臣らは不満を募らせていたが、雰囲気の荒れ始めていたこの場にあえて口を挟んできたアグリッパ・アルビニウス・キンナに対し、エルネスティーネは期待を寄せる。


「知恵と言うほどのものではありませんが……」


 エルネスティーネに発言を促されたアグリッパは場がある程度鎮まるのを待って一言そう断り入れ、一つの疑問を提示した。


「そもそも、大規模な増援を送り込む必要性があるのでしょうか?」


「どういうことかしら?」


「はい、これまでも四日前のブルグトアドルフ、その翌日のアルビオンニウム、さらに昨夜のブルグトアドルフ……いずれも既存の兵力だけで盗賊団を撃退できております。」


「それは、我らの側に《地の精霊アース・エレメンタル》様の御加護があったからではありませんか!」


 今更何を分り切ったことを言いだすのだ‥‥‥期待を裏切るようなアグリッパの指摘に対し、侯爵家筆頭家令ルーペルト・アンブロスが不満をあらわにする。だがアグリッパはまるでどこ吹く風と言った様子で、まあまあ落ち着いてと手でジェスチャーをしながら続けた。


「それです。

 盗賊団を率いるハーフエルフたちは《地の精霊アース・エレメンタル》様の存在に気付いている筈です。最初のブルグトアドルフでは《地の精霊アース・エレメンタル》様の魔法で退けられ、アルビオンニウムではゴーレムの軍団によって追い払われた上に捕虜まで出してしまった。使っていた盗賊どもも数を半減させてしまっている。

 なのに昨夜はブルグトアドルフで再度の襲撃を強行し、手持ちの兵力を更に半減させてしまった。」


「そうですとも、だから我々は対応を迫られておるのではありませんか!」


 ルーペルトは苛立ちを表情と口調に滲ませたまま、わずかに身を起こし、胸を反らせる。これ以上、余計な言葉遊びに時間を取られたくない……そういう気持ちが態度に現れている。


「そうではなく、彼らの内情をもっと考えて見るべきです。」


「どういうことですか?」


 今度はエルネスティーネが話の先を促す。


「はい、彼らの目的……いや、優先順位が変わっている可能性があります。」


 エルネスティーネの方に向き直ったアグリッパが慇懃いんぎんに答えると、周囲からどよめきが湧き起こった。


「目的が変わった!?」

「降臨を諦めたということか?」


 ムセイオンから脱走して来たハーフエルフたちは降臨を起こそうとしていることはリュウイチを介して《地の精霊アース・エレメンタル》から伝え聞かされている。アルビオンニウムではリュウイチが降臨したばかりであったこともあり、ムセイオンのハーフエルフが降臨を起こすために現れた……そう聞いた時、ほとんど者たちはハーフエルフはアルビオンニウムで降臨を起こそうとしているのではないかと考えた。そして実際、ハーフエルフたちはアルビオンニウムで大規模な作戦を行い、ケレース神殿テンプルム・ケレースを攻略しようとしたことから、その考えは予想から確信へと変わっている。

 そうだからこそ、当初彼らはハーフエルフたちをサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアが対処するだろうと考え、期待もしていた。アルビオンニウムには今、サウマンディアから派遣された第八大隊コホルス・オクタウァが駐留しているし、それ以前からも二個百人隊ケントゥリア軽装歩兵隊ウェリテス が派遣されていたからだ。


「彼らがブルグトアドルフで半減した兵力を投入して襲撃を強行した理由は、捕虜の奪還です。」


 アグリッパの指摘したその事実は、ゴティクス・カエソーニウス・カトゥスが戦況の推移を説明した際に触れられていた事でもある。


「戦力回復を図るか、あるいは作戦変更を検討すべき時に、少ない手勢で強引に捕虜の奪還に踏み切っています。

 これは彼らにとって捕虜の救出が降臨そのものより優先すべき事柄であった可能性を示しています。例えば、その人物が居なければ降臨術を行えないとか……」


「それはつまり……彼らは、今後もルクレティア様の御一行を狙い続けるということですか?」


 その可能性に顔を青くしたエルネスティーネが身を乗り出して尋ねると、アグリッパはコクリと首肯した。


「どういうわけかは分かりませんが、捕虜はサウマンディウムへ送られず、何故かルクレティア様の御一行と共に移送されているようです。

 ブルグトアドルフまで連れて来たのなら、そこからアルビオンニウムへ戻って船へ乗せるということはないでしょう。このままルクレティア様と共にここアルトリウシアまで来る可能性が高い様に思われます。

 その捕虜がハーフエルフたちにとって戦力を摺りつぶしてでも奪い返す価値のある人物だと言うのなら、今後もルクレティア様の御一行を襲い、捕虜を奪い返そうとするでしょう。ましてや昨夜、更に一人捕虜が増えているのです。

 今まで以上に、無理をしてでも奪い返そうとするのではないでしょうか?」


 ハーフエルフたちはアルビオンニウムで降臨を起こそうとしている。そして、そのために邪魔な存在を排除しようとしている……そう考えられていた。だからハーフエルフたちと彼らが率いる盗賊団はアルビオンニウム周辺で暴れ続けるとほぼ全員が思い込んでいた。だがもしアグリッパの言う通りなら、ハーフエルフたちはこのままルクレティアと共にアルトリウシアまで来てしまうだろう。


 これまでリュウイチは非常に大人しくしてくれていた。多少のヤンチャはあったとはいえ、ほとんどずっとマニウス要塞カストルム・マニに軟禁状態に置かれることを甘んじて受け入れ、わがままさえ言おうとしない。力を誇示したり試そうとしたりすることもなく、それどころかエルネスティーネら貴族ノビリタスに非常に協力的ですらある。

 だが、目と鼻の先でリュウイチと同様に魔法を駆使するハーフエルフたちがリュウイチの聖女サクラたるルクレティアにちょっかいを出したらどうなるだろうか?それでもリュウイチは大人しくしてくれているだろうと期待するのは、さすがにどう考えても無理がある。


 ハーフエルフがアルトリウシアまで来てしまえば、《暗黒騎士リュウイチ》がその絶大な力を振るうことになってしまう!!


 その想像は会議室に居並んでいる貴族ノビリタスたちを戦慄させるには十分すぎた。


「それは危険です!」

「そうだ、何としてもそれだけは阻止せねば!!」

「何とかならないのですか!?」

「こうなれば復興事業を停止して全軍を投入するしかない!」

 

 悲鳴に近い声が次々と上がる。だが、彼らにそれを阻止するための戦力は無い。ズィルパーミナブルクからアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアを出動させるには遠すぎる。クプファーハーフェンはズィルパーミナブルクよりももっと遠い。シュバルツゼーブルグの兵力は現地の治安維持だけで手一杯の状態であり、とてもではないが盗賊団への対応に動員することなどできない。いや、仮に兵力を動員できたとしても現地の郷士ドゥーチェヴォルデマール・フォン・シュバルツゼーブルグにはリュウイチの降臨のことは伏せたままなのだ。それを告げずにムセイオンのハーフエルフ阻止を命じても適切な対応ができるとは思えない。

 となると、アルトリウシアの復興事業を一時中断し、動員できる兵力をグナエウス街道へ集中投入するしかない。


 慌てふためく貴族ノビリタスたちに、まるで呆れたようにわずかに眉をしかめながらアグリッパが落ち着くよう呼びかける。


「皆さん、どうか御平おたいらに!

 どうか落ち着いてください。」


「これが落ち着いてなど居られるものか!?」

「そうだ!ハーフエルフたちがアルトリウシアへ来れば、すべてが水泡に帰してしまうのですぞ!?」


 アグリッパがどれだけ落ち着くように呼び掛けても返って来るのは反発だけであった。無理もないかもしれない。そのような紛糾の原因はアグリッパの予想にあったのだから。


「静まりなさい!」


 自身も決して平静ではなかったが、それでもアグリッパと家臣たちが言い争うのを一歩離れたところから見下ろしていたエルネスティーネは、他の貴族ノビリタスたちよりはやや冷静さを保てていた。いや、普段から家臣たちの会議を少し離れたところから俯瞰ふかん的に見る習慣がたまたま活きたと言った方が良いだろうか……エルネスティーネのやや強い口調での呼びかけに、議場はようやく落ち着きを取り戻す。


「‥‥‥アルビニウスアグリッパ、『そもそも、大規模な増援を送り込む必要性があるのでしょうか?』と、最初に問われましたね?

 つまり、兵力を動員しなくてもハーフエルフたちを阻止できる、その腹案があるのではありませんか?」


 エルネスティーネがアグリッパにそう問いかけると、それを聞いた家臣たちが「まさか」という顔をしてアグリッパの方を一斉に見た。


「ハ、先ほども申しましたように、ハーフエルフたちは捕虜奪還のため、執拗にルクレティア様御一行を狙い続けています。ですが、《地の精霊アース・エレメンタル》様の御加護により、その試みは阻止され続けております。」


 アグリッパの言わんとしている事に気付いた者たちから順に目を丸くし、アグリッパの正気を疑うかのような視線を向け始めた。


「ならば、早急にルクレティア様に早馬を送り、ブルグトアドルフに御逗留くださいますよう要請するのです。」

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