第198話 貴族の娘の宿命

統一歴九十九年四月十七日、夕 - マニウス要塞陣営本部・食堂/アルトリウシア



 ルクレティアがルキウスやクィントゥスによって応接室タブリヌムで色々と話をされている間、食堂トリクリニウムではリュウイチとアルトリウスが向き合って座って会談していた。ただ、リュウイチの個人的認識ではそれはアルトリウスによるお説教タイムであった。


「リュウイチ様」


『いや、ホントごめん。』


「こういう事をしていただいては困ります。」


『うん、ホントごめん。』


「言って下さればお好みの女くらい探して御用意してみせましたものを・・・」


『いや、何か急にね。たくなっちゃったんだよね。』


 一応、罪の意識があるリュウイチは徹底的に下手したてに出ていて、おかげでアルトリウスもあまり強く言えない。力関係的にあまり強気に出れないのも事実ではあったが。


「・・・ルクレティアではダメだったんですか?」


『え・・・ああ・・・いやぁ・・・悪い子じゃないんだけど、若すぎるというか』


「歳がもう少し上だったら、ルクレティアで良かったんですか?」


『いや、そういう訊かれ方をされるとちょっと困るんだけど、まあ、そうかな?』


「あのリュキスカという娼婦なら良かったんですか?」


『え、まさかルクレティアと同い年!?』


 ルクレティアが若すぎるという理由で手を出していないのに、同い年の娼婦に手を出したとなればルクレティアの面目は丸つぶれである。リュウイチは思わず顔を青くした。


「いえ、リュキスカは十八だそうです。」


 アルトリウスの答えにリュウイチはドッと脱力して安堵した。


『うわ、二十歳くらいかと思った。』


「まあ、多少老けて見える顔立ちではありますね。」


 さすがに二十歳はないだろうと内心では思いながらもアルトリウスは相槌を打ち、ネロが用意してくれた香茶を啜る。それを見てリュウイチも香茶を啜った。


「リュウイチ様、我々にとっては大事なことをお訊ねしますので、ちゃんとお答えください。」


 アルトリウスはリュウイチが下手に出ざるを得ないこの機に乗じ、これまで踏み込めなかった話に踏み込む気になっていた。


『は、はい。何でしょう?』


「ルクレティアを受け入れてはくださいますか?」


『・・・・・・』


 やっぱりコイツアルトリウスもか・・・という気持ちがリュウイチの中で沸き起こる。この間のルキウスとの会話の中でも感じたが、どうもルクレティアをくっつけたがっているような雰囲気を感じていたのだ。


「ルクレティアは私の幼馴染で大切な友人です。

 彼女はずっと子供のころから聖女に憧れてきました。」


『聖女?』


「降臨者の妻のことです。」


『・・・・・・』


「今、目の前にリュウイチ様が降臨なされ、降臨者に嫁ぎたいという子供のころからの夢がかなうと大変な喜びようでした。

 もちろん、それを受け入れろとリュウイチ様に強要するつもりはありません。

 ですが、彼女も降臨者スパルタカスの血を引く聖貴族コンセクラトゥムの末裔・・・」


『スパルタカス!?』


 リュウイチは驚いた。


「え?ええ・・・」


『スパルタカスってローマで叛乱を起こした?』


「はい、そのスパルタカスと言われてます。

 降臨した時には、脚に投槍ピルムが突き刺さって重傷を負われていたとか・・・」


『へえ・・・異世界転移ってやつか?』


「そう・・・なのでしょうね。

 だから、ルクレティア・だと名乗っていたではありませんか。」


『いや、スパルタカスじゃなかったから・・・』


「いえ、あの・・・スパルタカスに連なる一族なので、男はスパルタカシウス、女は女性形でスパルタカシアと名乗っています。

 彼女の父上はルクレティウス・スパルタカシウスですし・・・」


『そうなんだ・・・』


「言ってませんでしたっけ!?」


『・・・言われてたっけ?』


 二人はお互いの顔を見合わせたまま香茶を啜った。


「ともかく、彼女はこの世界ヴァーチャリアでは由緒正しい血筋の聖貴族コンセクラータです。

 リュウイチ様が降臨されたことで、本人は巫女になることを熱望しておりますが、彼女はその血筋に相応しい聖貴族コンセクラトゥスと結婚し、子を成して降臨者の血を残さねばならぬ身なのです。」


『あ、はい。』


「もしも、リュウイチ様にルクレティアを娶る気が無いのであれば、早くそうおっしゃってください。

 娶られる可能性も無いのにリュウイチ様の御傍に置かれるのは・・・」


『いや、あの・・・いきなりそういう深刻な話を聞かされても・・・』


「ルクレティアのような貴族パトリキの女にとってはそういうものです。

 そこに国の命運すらかかってくるのですから。」


『本人の気持ちとかは・・・』


「ルクレティアはリュウイチ様に嫁ぐ気満々ですし、リュウイチ様のお気持ちは今私がお訊きしています。」


『いや、そうだよね。』


 リュウイチは頭をガリガリ掻いた。自分が間抜けな質問をしてしまった事が恥ずかしかったのだ。

 本当なら貴族パトリキ、特に聖貴族コンセクラトゥムは恋愛結婚とは無縁だ。政略結婚が基本であり、聖貴族コンセクラトゥムともなれば血の組み合わせだけで決まると言って良い。本人の気持ちが尊重される事などほぼあり得ない。

 ところが、今回はルクレティア本人が望んでいる。リュウイチさえ承認すれば、聖貴族コンセクラータが自ら望む相手に嫁げるという極めて珍しい機会なのだ。


「リュウイチ様、ルクレティアとの結婚みたいに深刻に考えないでください。」


『いや、結婚だし深刻な事なんでしょ?』


「確かに重要ではあります。

 ですが、相手は別にルクレティア一人でなければならないというわけではありません。」


『は?』


「もっと、話を単純にしましょう。

 リュウイチ様、ルクレティアを抱けますか?」


『え、あ、た、多分、もう少し成長してくれれば・・・』


「なら、御傍に置いておいてよろしいですね?」


『え、いや、そう言う問題!?

 結婚ってもっとこう・・・』


「普通に考えれば難しい問題です。

 家と家、氏族と氏族の繋がり、ひいては国と国の繋がりに影響しますからね。

 ですが、リュウイチ様は違うんです。」


『降臨者だから、ですか?』


「言ってしまえばそうです。

 リュウイチ様はいずれ《レアル》へ御帰りになられる身。」


『なら、なおさら結婚とかしない方が良くありませんか?』


「いえ、一家を構えろとかそう言うことでは無く、私たちはリュウイチ様の御子を残していただきたいのです。」


『は?』


「降臨者の血を引く子は、強い魔力と精霊エレメンタルとの高い親和性を持っています。」


『は、はい。』


「特にゲイマーガメルの血を引く者の魔力は隔絶しています。」


『それが関係あるのですか?』


「あります。

 強い魔力と精霊エレメンタルとの高い親和性があれば、精霊エレメンタルを使役できます。

 《火の精霊ファイア・エレメンタル》を使役できれば、鉄やガラスを作れます。」


『う、うん?』


「リュウイチ様が御子を成してくだされば、この世界ヴァーチャリアでの鉄やガラスや陶磁器をより多く生産できるようになります。

 この世界ヴァーチャリアが発展するために、リュウイチ様には《レアル》へ御帰りになる前に、一人でも多くの御子を残していただきたいのです。」


『・・・・・・ああ、うん、何となく言いたいことはわかった。』


「御理解いただけたならありがたく存じます。」


『それって、要は種馬になれって事ですよね?』


「・・・たとえはアレですが、御無礼を承知で言えばそういうことになります。」


『何と言って良いか分かりませんが、そう・・・人を物のように扱っているようであまり気持ちの良い話ではありませんね。』


 リュウイチは言葉を選んでいたが、その声色には拒絶が含まれているようにアルトリウスには感じられた。


「《レアル》の、いわゆる人権とか、人道とかいう考え方については、私も学びました。そうした考え方からすれば、確かに抵抗を覚えられるのかもしれません。」


『そもそも、私が子を残すことは「《レアル》の恩寵おんちょう」独占とかいう話には抵触しないんですか?』


 アルトリウスは前のめりになっていた身体を起こし、息をス~っと深呼吸するみたいに吐いた。


「・・・それは、明確ではありませんね。

 あれは降臨者がもたらす《レアル》の知識や物品について定めたものです。」


『子供は違うと?』


「子供は知識でも物品でもないでしょう?」


『しかし、もしも私が一つの国で子供をたくさん作ったら、結局その国の国力が増すことになるわけですよね?

 それは「《レアル》の恩寵おんちょう」を独占しているのと変わらないのでは?』


 リュウイチの指摘はもっともだった。ただ、アルトリウスが説明したように大協約において明確に禁じられていないのも事実である。

 大協約制定の際にはもちろん検討された事柄ではあるのだが、結局のところ答えが定まらなかったのだ。結果、アルトリウスが言ったように降臨者の子供についてはグレーな扱いになってしまっている。

 アルトリウスは再び身を乗り出した。


「だからと言って降臨者にこの世界ヴァーチャリアの住人と愛を育むなと制限することはできません。」


『種馬になることと愛を育むことは違ってきませんか?』


「もちろんです。

 誤解の無いように申し上げておきますが、ルクレティア自身は愛を育むつもりでいます。」


『でも今、種馬になれって・・・』


「種馬になってほしいというのはルクレティアではなく、私個人の願望です。

 そして、これはリュウイチ様に強要できるものではありませんし、強要するものでもありません。ただ、この世界ヴァーチャリアには私と同じように考えている人間が沢山います。

 もし、子を成してくれるというのであれば、いくらでも女を御用意いたします。」


『・・・・・・』


「ただ、ルクレティアは聖貴族コンセクラータです。

 代々受け継いできた降臨者の血を残す義務が彼女にはあるのです。

 ルクレティアはその相手がリュウイチ様であってほしいと願っていますが、リュウイチ様がルクレティアを抱かないというのであれば、彼女は別の聖貴族コンセクラトゥスとの間に子を成さねばなりません。

 十八まで待てば抱くというのであれば、彼女は待つでしょう。ですが、十八になっても抱かないというのであれば、いっそ彼女を退けてください。」


『それが彼女の気持ちなんですか?』


「彼女はあくまでもリュウイチ様に仕えたがっています。

 聖貴族コンセクラータとして、リュウイチ様に「捧げられし者コンセクラータ」になることを望んでいるのです。

 ですが、それが叶わぬのであれば、いつまでもリュウイチ様の御傍に置くのはむしろ彼女にとって残酷な仕打ちであると、私は思います。」

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