第570話 救出失敗の報告
統一歴九十九年五月七日、夜 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ上流/アルビオンニウム
行方不明になってしまったナイス・ジェークとエイー・ルメオを探しに行こうとするスモル・ソイボーイをティフ・ブルーボールは何とか思いとどまらせ、二人についてはもう少し様子を見ながら待つことにした。
何せ、この森にはあの《
せめて魔力欠乏で寝ているペトミー・フーマンが復活すれば、アルビオンニウムから仲間を呼び寄せることもできるだろうし、ペトミーの使い魔を使って森の中を安全に探索することも出来るだろう。それまでは、ナイスとエイーの無事を祈りつつ、大人しく待つしかない。
「じゃあ、メークミーは俺たちのところへ戻るのを拒んだのか!?」
河原で
このような状況で火を焚くのはレーマ軍から見つかる可能性が高くなり、本当は避けるべきなのだが、魔力欠乏でダウンしているペトミーとスワッグが拾って来た昏睡状態の盗賊二人の体温を保つ必要から、彼らは河原で流木を集めて少し大きめの焚火を焚いていた。
薪は直径約一メートルの範囲に高さ七十~八十センチほども積み上げられており、比較的乾いたのを選んで集めた流木を燃やしているだけあって火勢は結構大きい。火から二メートルほど離れたところで寝かせられているペトミーたちの位置でもそれなりの温もりを感じるほどの強さだった。暗視魔法の効果が無くても互いの表情はありありと伺えるほどの明るさである。
「はい、
「なんてこった…」
「酷いことを考えやがる。
スワッグはブルグトアドルフの礼拝堂での一部始終を包み隠さずありのままを報告した。その内容は『勇者団』にとって予想をはるかに超えて衝撃的だった。
降臨者が《レアル》から
それを個人で所有し、使えるのは聖遺物を遺した降臨者の血を引く子孫だけに許された特権だ。それも完全な所有権を持っているというわけではなく、他人に勝手に譲渡したり売却したりすることは許されない。聖遺物はあくまでも世界共有の遺産であり、相続した子孫が仮初めの所有権を得る代わりに管理を委ねられているにすぎないのだ。正当な相続者が居なくなったら、その聖遺物の所有権はムセイオンに移ることになる。
そうした聖遺物の数々はその聖遺物は所有する聖貴族にとって最大のステータスシンボルである。彼らにとってのもう一つのステータスである魔力は軽々しく人に見せることなどできないし、魔力の素養の無い人間には魔力の大小などほとんどわからなかったりする。が、聖遺物であれば誰の目にもその貴重さは明らかだ。ゆえに、人によっては自らの命よりも大切にしていたりする。
それを取り上げるのは、聖貴族にとっては文字通り自らの命を人質に取られるようなものだ。特にメークミーのように、同じ降臨者に連なる子孫が多すぎるがゆえにわずかばかりの聖遺物しか相続できなかった聖貴族にはなおさらで、そんなことをされれば抗いようがない。そうした事情をよく知っている『勇者団』の感覚からすれば、聖騎士から聖遺物を取り上げるなんて名誉ある貴族のすることではなかった。
「メークミーにとって盾は亡き母の大切な形見でもあります。
私には、その話を聞いた以上、メークミーを無理矢理連れ出すことはできませんでした。」
「つまり、俺たちも捕まればそういう目に
「これは、ますます捕まるわけにはいかなくなったぞ…」
「では、メークミーのことはあきらめるのですか!?」
沈痛な面持ちでスワッグの報告を聞くティフとスモルの様子に、スタフ・ヌーブが意外そうに問いかける。メークミーを必ず助ける…ティフもスモルもそう宣言していた筈なのに、今の二人にはメークミーを助けなければという意思が感じられない。
「いや、もちろん諦めない。
だが、本人に逃げる意思がない以上、このままではどうしようもない。」
「うん、助けだすための条件が厳しくなってしまったな…」
「条件・・・ですか?」
メークミー救出の意思に変わりはないことに安心しつつも、スタフは二人が何を困っているのかわからなかった。メークミーを助けるならメークミーの聖遺物も一緒に奪還すればいいだけの話のはずだ。
「そうだ、メークミーを助けだすためにはメークミーの聖遺物も奪い返さなけりゃならなくなった。奪い返しさえすれば、メークミーも脱出してくれるだろうし、復帰もしてくれるだろう。
だけどメークミーの聖遺物は当然、メークミーと一緒には置いてないだろうし、メークミーには隠しているだろう。」
「つまり、聖遺物を探さなきゃいけないってことですか?」
間抜けなことだがスタフはそのことに気付いてなかった。メークミーの持ち物なのだから、メークミーと一緒に運ばれると勝手に思い込んでいたのだ。
『勇者団』は自分たちの父祖たるゲーマーたちの冒険譚に
「そういうことだ。
メークミーの事は魔力を頼りに探すこともできるが、聖遺物はそうもいかない。
奴らの持ってる箱や袋を片っ端から開けて探すわけにもいかないだろう?」
「それならいい考えがあります!」
スワッグの発言に全員が一斉に注目する。
「なんだ!?」
「敵の大将、あのナントカ・サウマンディウス伯爵公子って奴を人質にとって、部下たちにメークミーの身柄と奪った聖遺物を差し出させるんです!」
スワッグが自信たっぷりに言うと、ティフとスモルは頭を抱えてため息をついた。
「え…あれ?…ダメ、ですか?」
「わ、私は、良いアイディアだと思いましたが…」
予想外の反応にスワッグは戸惑った。スタフもスワッグを擁護するが、ティフは頭を抱えたままスワッグの顔をチラリと見て説明する。
「スワッグ、あっちには《地の精霊》が居るんだぞ?
どうやって伯爵公子を人質にとるんだ?」
「それは…今日みたいに別動隊で陽動をしかけて…」
「スワッグ、同じ手はそう何度も通用するもんじゃない。
すでに二回も使ってるんだ。次は通用しないだろう。
それに、あの《地の精霊》はどうやら俺たちが思ってる以上に強力な精霊だ。
倒し方がわかるまでは、これ以上ぶつからない方が良い。」
「でも、二度あることは三度あるって言いますし・・・」
ティフは言い聞かせるように説明するがスワッグは諦めきれないようだ。オドオドしながらも自説を曲げない。すると今度はスモルの方が口を挟んできた。
「スワッグ、あの《地の精霊》は俺たちに
「え、同時に!?
てか、《地の精霊》と戦ったんですか!?」
「ああ、向こうから仕掛けてきた。
一瞬だったよ。
地面から何の前触れもなく
《地の精霊》が途中で居なくなったから何とか脱出できたが、今思い出してもアレをもう一度やられて防げる自信はない。
せめて、アレの対抗手段だけでも見つけないと、伯爵公子を人質にとったところでその場で捕まっておしまいだ。」
スモルの予想外に弱気な発言にスワッグは驚き、先ほどまで自分を擁護してくれていたスタフの方に視線を走らせたが、スタフも同じ経験をしてきただけあって今度は擁護してくれなかった。スタフは伏し目がちにスワッグを見たまま首を振り、スモルの言う通りだと無言で示した。
スワッグは自分のアイディアを諦めるしかなかった。残念そうにうなだれるスワッグとは対照的に、ティフはスタフの方に驚きと安堵が
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