第571話 思わぬ再会

統一歴九十九年五月七日、夜 - ブルグトアドルフ/アルビオンニウム



 ブルグトアドルフの住人たちはアルビオンニア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・アルビオンニアアロイス・キュッテルの直卒部隊によってブルグトアドルフの街を大きく迂回しながら南の丘の上の宿駅マンシオーへと連れていかれた。その途中、街の周辺で捕らえた盗賊たちをサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアへ引き渡したアルビオンニア軍団の他の小隊ツゥクも次々と合流し、一緒になって宿駅へ向かう。

 ブルグトアドルフの街にはルクレティア・スパルタカシア・リュウイチア一行とカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の一行が引き続き残っているのだが、そこへこれからルクレティアの《地の精霊アース・エレメンタル》の眷属とやらが捕えた『勇者団ブレーブス』の捕虜を引き渡しに来ることになっている。


 住民たちは今回の事件の背後に『勇者団』を名乗るムセイオンの聖貴族コンセクラトゥムが居ることなど知らされていないし、今の時点で知られるわけにもいかない。そして、それはアロイスが率いているアルビオンニア軍団の兵士らにしても同じだった。《暗黒騎士リュウイチ》の降臨について知っているのはアルビオンニア軍団の中でもアロイスとごく限られた将校のみであり、今回連れて来られた兵士たちには知らされていない。彼らの半数がまだ新兵なのがその理由だ。まだ一人前の兵士として信用するわけにはいかないのだ。

 このため、リュウイチの存在を秘匿し続けるためにはリュウイチの影響によって顕現化した精霊エレメンタルたちの存在も秘匿せねばならず、またリュウイチの降臨に関係しているかもしれない『勇者団』の存在も伏せておく方が望ましい以上、アルビオンニア軍団の兵士とブルグトアドルフ住民たちは共に宿駅へ引き取らせ、これから街へ訪れるであろう《地の精霊》の眷属と『勇者団』の捕虜の姿を見せないようにしなければならない。


 そのような事情を知らない住民たちからすれば、アロイスの指示は不可解に思えなくもない。街にはまだ盗賊や盗賊の仕掛けた罠が残っているかもしれず危険だから、安全が確認されるまで街へ入ってはならない…もっともな説明ではある。しかし、街の周辺で盗賊を捕まえていた兵士らが続々と自分たちに合流し、後ろについて歩いてくる。街で安全確保のための捜索作業をする様子は全くない。


 なんだ、ひょっとしてもう安全なんじゃないか?


 そう思う住民は少なからず存在していた。だが、多くの住民たちは今日はもう疲れていたし腹も減っていた。もう日はとっくに暮れていて、普段なら夕食を終えてベッドに入る時間なのに、やれ神託だ戦闘だのせいで街の手前で待たされたせいでまだ夕食すらとっていない。今日はもう夕食は抜きかと思ったところへありがたいことに宿駅に行けば夕食が用意されていると言う。これはもう大人しく従うほかない。人間、胃袋の要求には正直なのだ。

 だが、安心すれば勝手な行動を起こし始めてしまうのもまた人間であった。


止まれハルト

 誰だ、どこへ行く!?」


 ブルグトアドルフ住民の後に続いて歩くアルビオンニア軍団の兵士は、前方から引き返してくる女を見つけ声をかける。女は兵士に呼び止められてハタと立ち止まった。


「あ、あの、カサンドラです。ブルグトアドルフの…」


「どこへ行く気だ?

 宿駅は反対だぞ!?」


隊長さんヘル・カピティーン、あの、一度街へ戻りたいんです。」


 場所は街を抜けて宿駅と第三中継基地スタティオ・テルティアがある丘へ続く上り坂を少し登ったところだった。そこから北へ引き返すとすれば行先なんか聞くまでもない。カサンドラの答えは想像した通りだった。兵士は溜息をつき、小馬鹿にしたような半笑いを浮かべて言った。


お嬢さんフロイライン、何で戻るのか知らないが、街はサウマンディアとアルトリウシアの兵隊でいっぱいだ。

 それに夜道に一人は危険すぎる。大人しくみんなと一緒に宿駅へ行くんだ。」


おばあちゃんオーマの薬を取りに行きたいの!

 逃げる時に持ってくるのを忘れちゃって…」


「ダメだ。もし何かあったらどうするんだ?」


「家は街の南端だからすぐなんです。ほら、こっからでも家は見えるわ!」


「すぐだろうが何だろうが夜道は危険だ。

 キミたちの安全を確保しに来たのに、目の前の危険を見過ごすことは出来んよ。」


 兵士は下士官であって隊長ではなかったし、当然ブルグトアドルフの街から住民と兵士を引き離さねばならないことなど知らされていない。しかし、女の夜道の一人歩きを許すほど無頓着でも非常識でもなかった。


「あら、何が危険だと言うの!?

 盗賊たちは兵隊さんたちが全部捕まえて追い払ったんでしょう?」


「確かにそうだがやめておけ、サウマンディアの兵隊だってヒトの男だぞ?」


「大丈夫よ、見つからないように行くわ!」


 だが、カサンドラは薄汚れてはいるが割と明るい黄色のドレスと白い頭巾ギムペというである。夜中とは言え明るい月に照らされたら遠くからでも目立って見える。兵士は首を振って「さっさと戻れ」とばかりに笑いながら手でジェスチャーした。


「カッスィか?」


 同僚と女が道端で揉めているのを目にとめ気になったのだろう、隊列の中から一人の初老の古参兵が唐突に出てきて声をかけて来た。


ジーモンおじさんオンケー・ジーモン!?」


「やっぱりカッスィだ!ハッハァーッ!!

 久々に見たら大きくなったなぁ!!」


 古参兵はブルグトアドルフ出身の男でカサンドラとは親戚だった。


「ジーモンおじさんこそ、こっちに来てたの!?」


「ああ、アルトリウシアの復興に駆り出されてたんだが、急に軍団長コーフフューラーについてこっちに来ることになってなぁ!」


「凄いじゃない!!」


 戦友が割り込んできてやけに親し気に話し始めたことに兵士は困惑半分呆れ半分と言った感じでジーモンに確認をとる。


「なんだジーモン知り合いか?」


「ああ、姪っ子ニヒテさぁ!

 この子がどうかしたのかい?」


「街へ帰ろうとしてるんだ。アンタの姪なら言って止めてくれ。」


おじさんオンケー、おばあちゃんの薬を取りに帰りたいの!

 すぐなのよ!お願いビッテっ!!」


 カワイイ姪っ子に頼まれ、ジーモンは兵士に愛想笑いを浮かべ言った。


「この子の家はすぐなんだ、大丈夫だよ。」


「ジーモン、認められるわけないだろう?

 お前だって分かってるくせに、姪っ子がカワイイなら余計に許しちゃダメだろう!」


 二人には残念なことに兵士は良識というものを持ち合わせていた。こりゃ駄目だと判断したジーモンは早々に白旗を上げる。


「ああ、わかったよ。悪かった、この子には俺から言っておく。

 手間をかけさせちまったな、ちゃんと連れて行くから先に行ってくれ。」


「おじさん!?」


「絶対だぞ!?」


 驚くカサンドラと諦めたようなジーモンを残し、兵士は先へ進んでしまった隊列へガチャガチャと装備を鳴らしながら駆け足で戻って行った。


「おじさん!お願いよ!おばあちゃん、薬が無くて困ってるの!」


「ああ、分かっているよカッスィ。

 だが、アイツはああでも言わないと諦めないからな。」


 ジーモンが笑みを浮かべながらそう言うと、カサンドラはパァっと表情を明るくした。


「おじさん!?じゃあ、行っていいの?

 さっきみたいなのに見つかりたくないから、できれば一緒に付いて来てほしいけど」


「ハッハッハ、残念だけどそれはできないよ。

 俺もヒヨッコどもの面倒を見なきゃいけないんだ。

 あんまり隊から離れているわけにはいかない。」


 残念そうに笑いながら言うとジーモンはポンとカサンドラの肩を軽く叩いた。


「見つかりたくなければ森の中を行きなさい。

 ここらの森では良く遊んでたから行けるだろう?

 その代わり、ちゃんと帰って来るんだぞ?」


「わかったわおじさん!ありがとダンケっ!」


 カサンドラはジーモンに軽く抱きつくようにして頬にキスすると、ジーモンは照れ臭そうに笑った。


「ほら、急がないと次の部隊が追い付いてきて見つかっちまうぞ!?」


「うん、じゃあ後でね!?

 宿駅で時間があったら訪ねてきて!おばあちゃんきっと喜ぶわ!」


「ああ、そうするよ!」


 カサンドラはそれからすぐに街道を外れて藪の中へ姿を消し、ジーモンもキスの感触の残る頬を嬉しそうに撫でながら駆け足で隊列へ戻って行った。

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