第571話 思わぬ再会
統一歴九十九年五月七日、夜 - ブルグトアドルフ/アルビオンニウム
ブルグトアドルフの住人たちは
ブルグトアドルフの街にはルクレティア・スパルタカシア・リュウイチア一行とカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の一行が引き続き残っているのだが、そこへこれからルクレティアの《
住民たちは今回の事件の背後に『勇者団』を名乗るムセイオンの
このため、リュウイチの存在を秘匿し続けるためにはリュウイチの影響によって顕現化した
そのような事情を知らない住民たちからすれば、アロイスの指示は不可解に思えなくもない。街にはまだ盗賊や盗賊の仕掛けた罠が残っているかもしれず危険だから、安全が確認されるまで街へ入ってはならない…もっともな説明ではある。しかし、街の周辺で盗賊を捕まえていた兵士らが続々と自分たちに合流し、後ろについて歩いてくる。街で安全確保のための捜索作業をする様子は全くない。
なんだ、ひょっとしてもう安全なんじゃないか?
そう思う住民は少なからず存在していた。だが、多くの住民たちは今日はもう疲れていたし腹も減っていた。もう日はとっくに暮れていて、普段なら夕食を終えてベッドに入る時間なのに、やれ神託だ戦闘だのせいで街の手前で待たされたせいでまだ夕食すらとっていない。今日はもう夕食は抜きかと思ったところへありがたいことに宿駅に行けば夕食が用意されていると言う。これはもう大人しく従うほかない。人間、胃袋の要求には正直なのだ。
だが、安心すれば勝手な行動を起こし始めてしまうのもまた人間であった。
「
誰だ、どこへ行く!?」
ブルグトアドルフ住民の後に続いて歩くアルビオンニア軍団の兵士は、前方から引き返してくる女を見つけ声をかける。女は兵士に呼び止められてハタと立ち止まった。
「あ、あの、カサンドラです。ブルグトアドルフの…」
「どこへ行く気だ?
宿駅は反対だぞ!?」
「
場所は街を抜けて宿駅と
「
それに夜道に一人は危険すぎる。大人しくみんなと一緒に宿駅へ行くんだ。」
「
逃げる時に持ってくるのを忘れちゃって…」
「ダメだ。もし何かあったらどうするんだ?」
「家は街の南端だからすぐなんです。ほら、こっからでも家は見えるわ!」
「すぐだろうが何だろうが夜道は危険だ。
キミたちの安全を確保しに来たのに、目の前の危険を見過ごすことは出来んよ。」
兵士は下士官であって隊長ではなかったし、当然ブルグトアドルフの街から住民と兵士を引き離さねばならないことなど知らされていない。しかし、女の夜道の一人歩きを許すほど無頓着でも非常識でもなかった。
「あら、何が危険だと言うの!?
盗賊たちは兵隊さんたちが全部捕まえて追い払ったんでしょう?」
「確かにそうだがやめておけ、サウマンディアの兵隊だってヒトの男だぞ?」
「大丈夫よ、見つからないように行くわ!」
だが、カサンドラは薄汚れてはいるが割と明るい黄色のドレスと白い
「カッスィか?」
同僚と女が道端で揉めているのを目にとめ気になったのだろう、隊列の中から一人の初老の古参兵が唐突に出てきて声をかけて来た。
「
「やっぱりカッスィだ!ハッハァーッ!!
久々に見たら大きくなったなぁ!!」
古参兵はブルグトアドルフ出身の男でカサンドラとは親戚だった。
「ジーモンおじさんこそ、こっちに来てたの!?」
「ああ、アルトリウシアの復興に駆り出されてたんだが、急に
「凄いじゃない!!」
戦友が割り込んできてやけに親し気に話し始めたことに兵士は困惑半分呆れ半分と言った感じでジーモンに確認をとる。
「なんだジーモン知り合いか?」
「ああ、
この子がどうかしたのかい?」
「街へ帰ろうとしてるんだ。アンタの姪なら言って止めてくれ。」
「
すぐなのよ!
カワイイ姪っ子に頼まれ、ジーモンは兵士に愛想笑いを浮かべ言った。
「この子の家はすぐなんだ、大丈夫だよ。」
「ジーモン、認められるわけないだろう?
お前だって分かってるくせに、姪っ子がカワイイなら余計に許しちゃダメだろう!」
二人には残念なことに兵士は良識というものを持ち合わせていた。こりゃ駄目だと判断したジーモンは早々に白旗を上げる。
「ああ、わかったよ。悪かった、この子には俺から言っておく。
手間をかけさせちまったな、ちゃんと連れて行くから先に行ってくれ。」
「おじさん!?」
「絶対だぞ!?」
驚くカサンドラと諦めたようなジーモンを残し、兵士は先へ進んでしまった隊列へガチャガチャと装備を鳴らしながら駆け足で戻って行った。
「おじさん!お願いよ!おばあちゃん、薬が無くて困ってるの!」
「ああ、分かっているよカッスィ。
だが、アイツはああでも言わないと諦めないからな。」
ジーモンが笑みを浮かべながらそう言うと、カサンドラはパァっと表情を明るくした。
「おじさん!?じゃあ、行っていいの?
さっきみたいなのに見つかりたくないから、できれば一緒に付いて来てほしいけど」
「ハッハッハ、残念だけどそれはできないよ。
俺もヒヨッコどもの面倒を見なきゃいけないんだ。
あんまり隊から離れているわけにはいかない。」
残念そうに笑いながら言うとジーモンはポンとカサンドラの肩を軽く叩いた。
「見つかりたくなければ森の中を行きなさい。
ここらの森では良く遊んでたから行けるだろう?
その代わり、ちゃんと帰って来るんだぞ?」
「わかったわおじさん!
カサンドラはジーモンに軽く抱きつくようにして頬にキスすると、ジーモンは照れ臭そうに笑った。
「ほら、急がないと次の部隊が追い付いてきて見つかっちまうぞ!?」
「うん、じゃあ後でね!?
宿駅で時間があったら訪ねてきて!おばあちゃんきっと喜ぶわ!」
「ああ、そうするよ!」
カサンドラはそれからすぐに街道を外れて藪の中へ姿を消し、ジーモンもキスの感触の残る頬を嬉しそうに撫でながら駆け足で隊列へ戻って行った。
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