第1195話 スカエウァの弁明
統一歴九十九年五月十日、夜 ‐
グルグリウスの返事に満足したカエソーは満面の笑みを浮かべ両手を差し出し、グルグリウスの手を取った。
「おお! ではしばらく
グルグリウスが加わってくれるなら、しかもペイトウィンの面倒を見てくれるなら今後の憂いの多くが解決する。自らの生まれの良さに絶対の自信を持ち、それゆえに己の立場も理解しないハーフエルフも、さすがに自分を圧倒する実力を持つグルグリウスが
しかし、この場に居る全ての人間がそのことを歓迎しているわけではなかった。
「お、お待ちください閣下!!」
「
それをわざわざグルグリウス殿に……」
カエソーが湛えていた満面の笑みを消してスカエウァに視線をやると、スカエウァは思わず
「貴様ではハーフエルフ様を
「……ハーフエルフ様を、御す???」
スカエウァはカエソーが何を言っているのか理解できない様子で、困惑の表情を浮かべた。無理もない。彼にとって高位の聖貴族は仕えるべき相手であって、御すべき対象ではない。降臨者に、そして降臨者の血を引く聖貴族に仕え、奉仕することは全ての神官にとって至上の任務。ルクレティアが
その彼の前に
ともあれ、そんな仕えるべき相手に最善と思えるように尽くしている彼に、「御する」などと全く異なる価値観を持ちだされても飲み込めないのは無理もないことだろう。
「そうだ。
貴様は
あれでは増長させるだけではないか!」
「増長!?」
スカエウァは仰天して声をひっくり返した。
「そうだ、忘れたのか?
あの方たちは虜囚の身、
「咎人!?」
これ以上は無いくらいに目を丸く見開いたスカエウァだったが、カエソーの言った意味を
「お待ちください閣下!
虜囚の身とは言えいやしくも聖貴族です。
貴族は身分に応じた扱いを受ける権利があり、我々はそれを尊重せねばなりません!
それなのに「黙れ!」!?」
スカエウァの弁明はカエソーの一喝で遮られた。
「それは戦時捕虜の話だ!
お前は、我々はいったいいつ、誰と戦争をしたんだ!?」
「だ、誰とってそれは……」
「いいか、我々は誰とも戦争なんかしていない。
どちらも大協約に
我々は襲って来た盗賊を討伐しただけだ。
そして彼らは聖貴族だが、盗賊の一団に加わり、盗賊たちと共に捕えられた。
違うか!?」
「し、しかし彼らは我々と戦って捕えられました。
ならば、たとえ正式な手続きは踏んではおらぬとはいえ、実質戦争をしていたようなものではありませんか!?」
それまで言葉は厳しくはあれども一応の冷静さを保っていたカエソーの顔が急速に赤く染まり、
「貴様は!
我が
カエソーの怒声に身を震わせながらスカエウァはようやく自分の失言に気が付いた。
『勇者団』は正式な代表というわけではないが、それでもムセイオンの聖貴族の集団である。『勇者団』のムセイオン内での立ち位置は彼らにはよく分からないが、しかしもしも『勇者団』がムセイオンの中で一定程度の評価を得た集団であるならば、『勇者団』と戦ったサウマンディア軍団はムセイオンの敵として認定されてしまうかもしれない。サウマンディア軍団は地方の防衛を担当する
スカエウァは青ざめた顔を小さく震わせながら、それでも抗弁を試みる。
「し、しかし閣下は、あの者たちに聖貴族にふさわしく遇せよと、そう申されたではありませんか」
確かに言った。それどころか捕虜として貴族にふさわしい待遇で扱うことを当人たちに約束してさえいる。今更だが失言だったといわざるを得ないだろう。カエソーはスカエウァを睨んだまま震える様な深呼吸を数度繰り返し、鬼のような形相を平静な表情へと戻すと、その表情に相応しく落ち着いた口調で答えた。
「彼らが大人しくしている限りは貴族として扱うということだ。
反抗、あるいは脱走を試みるようであるならばその限りではない。
そして、彼らが反抗や脱走を試みたりしないよう、しっかりと監視し、そして適時必要な警告を与えねばならん。
貴様にはそれが出来ておらん。」
思わぬ指摘にスカエウァは思わず視線を泳がせた。ルクレティアやグルグリウスなどを見るが、彼らは助けてくれるどころか冷めた視線をスカエウァに向けるのみで何の反応も示してくれない。スカエウァは内心で自分の孤立に気づきつつあった。が、まだその状況の深刻さを悟るには至らない。
「それは
警告を与える必要などありませんでした。それなのに……」
「必要なかっただと!?」
尻すぼみになっていくスカエウァの言葉はカエソーの反駁で途切れた。スカエウァの目に困惑と反発の色が入り混じる。
「貴様は幾度か、彼らの要望をかなえようとした。
彼らの立場を考えずに、我々の役目も
スカエウァは俯きながら不服そうに顔を
「だいたい今までのお二人の食費は何だ!?
一体どれだけ金を費やす気だ?
貴族としての扱いとはいっても際限なく贅沢をさせればよいというものではない!!
彼らは表向きは見聞を広めるためにムセイオンから来た遍歴の学士ということになっとるんだぞ!」
「それは!」
パッと顔をあげ、スカエウァが抗議する。
「ムセイオンの聖貴族様は
膨大な魔力を回復するためには常人の数倍は召しあがる必要があるのです!
それに食べ物の値が軒並みあがっていて……サウマンディアの二倍ですよ!?
商人ども、我々が
スカエウァの抗議を
「食料品の値が上がっているのはサウマンディアも同じだ。貴様がアルビオンニウムに派遣されてから、アルビオンニアでもサウマンディアでも急速に値が上がっておる。
別に商人どもが我々の足元を見ておるわけではない。」
腹立たしげに押し殺した声で、カエソーはスカエウァの言い分の一部を認めた。
スカエウァが
スカエウァはカエソーが自分の主張の一部を認めたことで「それならっ!」と声をあげようとしたが、その前にカエソーが指を突き出したことで押しとどめられてしまう。
「だが、だからといって贅沢品を常人の三倍も与える必要は無い。
魔力の回復のため?
そんなもの回復させんでいい!」
スカエウァは思わず目を剥く。
「だいたいお二人とも捕まった最初の日の食事も、昨夜のシュバルツゼーブルグでの
一人分で満足できんというわけではないということだ!
それだというのに、貴様のように求められたもの全てに応え続けていては、増長させ、立場まで忘れさせてしまうのも当然だ!
その調子で思い上がり付け上がられて、反抗や脱走へと走られてはかなわん!」
「御二人ともそのようには考えておられません!
御二人にとって唯一無二の
カエソーはスカエウァの弁明を聞きながら後ろを振り返り、
「それは
酒杯に残っていた蜂蜜入りホットワインを一口啜る。それは既に冷めており、蜂蜜の甘さがより一層際立っていた。その甘さはカエソーの
「
今、我々が取り上げた
つまり、その気になれば我々が取り上げた
カエソーは酒杯に残っていた、既に冷めてやたら甘いだけのワインを飲み干し、改めてスカエウァに向き直った。
「そうなった時、今の貴様にハーフエルフ様を抑えることができるのか!?」
スカエウァには不服そうな視線をカエソーに返す以外、何も出来ない。これ以上スカエウァに何も反論できぬと判断したカエソーはダメ押しで告げた。
「
貴様には無理なのだ。諦めろ。」
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