第790話 立てられた使者
統一歴九十九年五月十日、昼 ‐
「《
フースス・タウルス・アヴァロニクスの説明にフロンティーヌス・リガーリウス・レマヌスは
「報告によればな、御本人がそのようにおっしゃっておられるようだ。」
香りを十分に堪能した香茶をズズッと
フーススは鼻をかんだ後のナプキンをクシャクシャのまま円卓に戻し、顔を上げて説明を再開する。
「それから、非常に寛容な御方であり、メルクリウスと間違って攻撃をしかけた
「攻撃!?
《
なんて無謀な!!」
ガタッと
「言っておくが、攻撃をしかけたのは
「!?」
フーススのその言葉にフロンティーヌスは息を飲み、身を仰け反らせた。その意味を理解しているのだろう、顔から見る間に血の気が引いていく。
フロンティーヌスは
レーマ帝国各
《
レーマの軍団が《暗黒騎士》を勝手に攻撃し、敵に回してしまった。世界中のゲイマーを一人で駆逐してしまった《暗黒騎士》がレーマ帝国を敵と見定めれば、帝国に
「こ……殺される……」
世界がグラグラと揺れ始め、目の前が急に暗くなっていく……冷たい脂汗を流しながら過呼吸を起こし始めたフロンティーヌスの肩にフーススの手が添えられた。
「落ち着け!」
「ひっ!?」
ホブゴブリンにしては貧弱とはいえヒトに比べればかなりマッチョなフロンティーヌスの身体がビクンと跳ねるように震える。もう、いつ小便を漏らしてもおかしくないほどのビビりようだ。
「ほら、まあ香茶でも飲んで気持ちを落ち着かせろ。」
フーススは面倒くさそうにそう言いながらフロンティーヌスの目の前にある
「で、で、でっ、でも、ボ、僕……」
「安心しろ、殺されやせん。」
一同の哀れを誘うほど怯えきっているフロンティーヌスを叱り飛ばす気など、フーススの内からはとっくに失せていた。
「さっきも言ったと思うが、実際に攻撃を仕掛けた
「ゆるっ……るっ……したっ!?」
両手で包み持った茶碗をブルブルと揺らしながらフロンティーヌスが顔をあげ、フーススを探す。フーススはもちろんフロンティーヌスの目の前にいるし、フロンティーヌスの顔もフーススの方へ向けられているのだが、彼の視線はまるでフーススの顔のどこにフーススの目があるのか見つけられないかのように泳ぎまくっている。
「そうだ。
それどころか軍命に背いて攻撃してしまった
しかも買い取りを申し出た際、奴隷八人分の代金として金貨八千枚を見せたんだそうだ。」
信じられない……そういった面持ちでフロンティーヌスは茶碗をパッと口元へもっていき、おもむろに香茶を口へ注ぎこむ。その動作があまりにも乱暴だったために実際に口に入った香茶は半分ほどであり、残りはすべて口と茶碗の間から零れて彼の喉元から胸元にかけて汚してしまった。普通の
それをみて「あ~あ~」と呆れながらフーススは卓上に投げられていた自分のナプキン(先ほど鼻をかんだ奴)を無造作に掴むとフロンティーヌスに差し出した。フロンティーヌスはそれを見て初めて自分が香茶を溢してしまったことに気づき、フーススの差し出したナプキンを受け取って慌てて自分の胸元を拭い始める。その動作はやはり乱暴で落ち着きの欠片も無かった。
「ともかく、卿がアルビオンニアへ行ったところで殺されたりはせん。
わかったか?」
「は……はい……あ、ありがとうございます。」
多少なりとも落ち着きを取り戻しはじめたフロンティーヌスは返事をしながらナプキンをフーススに返した。拭いたはずのフロンティーヌスの口元が香茶ではない液体によってテカるのを見て、それが先ほど自分がかんだ鼻水だと気づいたフーススは返されたナプキンをまるで汚い物を押し付けられたみたいに顔を
「
だが、帝国の
そうではないか、リガーリウス卿?」
フーススがそう言い、フロンティーヌスの顔をジロリと
「誰が行かねばならないか、分かるな?」
フロンティーヌスはコクンコクンと繰り返し大きく
「ボ、ボ、僕が、僕が行きます!行かせてください!!」
「もちろんだ、そう言ってくれると思っていたよ。」
フーススはフロンティーヌスが来て以来初めて笑顔を見せ、右腕を伸ばしてフロンティーヌスの右肩をポンポンと優しく叩くと、フロンティーヌスの顔がパァッと明るくなる。それはフロンティーヌスが“正解”を出した時のフーススのお決まりの反応だった。
「じゃ、じゃあ早速出発します!!」
「待て!!」
勇んで立ち上がろうとしたフロンティーヌスはフーススに腕を掴まれ、椅子に引き戻される。フロンティーヌスは何故引き戻されたのか分からなかったのと、掴まれた腕の痛みとで眉を
「え、な、なんですか?」
「何ですかじゃない。
まだこっちの用は済んでないからだ。
卿は予備知識も何もなしに現地へ行く気か!?」
フーススが呆れたように言うとすかさず、これまでジッと黙っていたピウス・ネラーティウス・アハーラが身体を揺らしながら口添える。その表情はどこか微笑むようであった。
「卿は
せっかくだから
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