第607話 パーティーの後始末
統一歴九十九年五月六日、午後 -
アルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子は
あの後、
見た目は褒められたものではないが、味の方は特に問題はない。生地の材料に変な物は含まれていなかったし、何と言っても本職の
それに何と言っても
「いや、さすが中々美味ですな。」
「我々が知っているバウムクーヘンより少し柔らかいようだ。」
「内側半分が白く、外側が色が濃くて甘くなっている。
蜂蜜で本物の木のように彩られるとはさすがですな。」
「ううむ、コレが《レアル》のバウムクーヘンですか。」
御世辞だとは分かっていても
『いやっ、これは職人じゃない素人が自分で作って楽しむための簡単レシピです。
言ってみれば
しかし、貴族たちはこれをリュウイチの謙遜と受け取った。
「
「ハッハッハ、それならご安心を!
ヴァーチャリアの物はすべて《レアル》の
「左様、ヴァーチャリアではなく、イミタティアと呼んでもいいくらいだ。」
「それにしても職人でもない素人が自分の楽しみのために
終始この調子なのでリュウイチも苦笑いするしかなかった。あまり変に強く否定しても、貴族になんてものを食わせるんだと怒られるかもしれないので下手なことは言えない。
結局ケーキはその場にいた貴族のみならず使用人や奴隷たちにも振舞われ、突発的に起きたケーキ・パーティーは和やかな雰囲気で終始した。エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人はリュウイチに深く感謝の言葉を述べ、挨拶をして家族と家臣団と共に
アルトリウスや子爵家家臣団ならびに
バウムクーヘン・パーティーは成功裏に終わった……
「……が、どうしてああなった?」
アルトリウスは背もたれに上体を預け、二人を見下ろして尋ねる。ネロとルールスは横目で互いを見ると、まずネロが口を開いた。
「その…リュウイチ様が
「エルゼ様が?」
フーッと鼻を鳴らし、アルトリウスが
「はい、
「なるほど…それで、リュウイチ様のところへエルゼ様が迷い込んだ…
そこからどうしてああなった?」
「はい、それから…」
ネロはそれから一部始終を説明した。途中、ルールスも加わっている。アルトリウスはそれを聞き、目を閉じ眉間を揉んだ。
なるほど、降臨者様は自分のところへ迷い込んできた幼子を可愛がってやろうと
もしかしたら、ご本人の退屈しのぎということもあったのかもしれない。ケーキを用意するならリュウイチ様自身が作られるより、ルールスに命じた方がよほど早くて面倒も無かったはずだからだ。
かれこれもうすぐ一か月もの間、リュウイチ様はこの狭い
バウムクーヘン・パーティーか…リュウイチ様はああいった遊びが御好みなのかもしれないな…
「あの……
「うん……いや、事情は分かった。」
ネロたちの説明は終わった後もそのまま
ネロに思考を邪魔されたアルトリウスは、しかしそれで気を悪くすることはなかった。ムスッとした表情のままではあったが、俯いていた顔を起こし、改めて二人を見降ろす。
「だが、こういう事は起きないようにしてもらいたいな。
お前たち、分かっているのか?
一つ間違えば大変なことになっていたんだぞ?」
「はい、申し訳ありません。」
「はい、申し訳ございません。」
二人は同時に口をそろえて答える。
「
このことが下手にハッセルバッハ家の誰かの耳にでも入れば、またぞろお家騒動が再燃しかねん。この時期にこれ以上の面倒は困るぞ?
ま、今回は降臨者様の御手伝いと言う事で言い訳は立つがな。」
降臨者がやることを手伝う…それは《レアル》の
だが、大義名分を得たことで今回は却って手柄となる。降臨者から《レアル》の叡智を授かり、それを世に広めて世界の発展に
「しかし、今回の一件もリュウイチ様の存在が公表されるまでは秘さねばならん。
リュウイチ様の降臨を秘したまま、カール閣下やエルゼ様がケーキを焼いたという事実だけが先に広まって見ろ…どうなるか、わかるな?」
アルトリウスがジロリと睨むと、二人はコクコクと大きく頷く。
「よし、では今回の件も当面は口外禁止だ。
お前たちの部下たちにもきっちり伝えて置け。
それからルールス、今日のケーキのレシピはしっかりと記録しておけよ?」
「もちろんです!材料も料理も簡単ですから、いつでも再現できます。」
ルールスのこの答えにアルトリウスは少し顔を
「そうじゃなくて、《レアル》の叡智としてムセイオンに報告せねばならんのだ。」
「はいっ、作りながら
あとでちゃんと清書させます。」
わかってるなら最初からそう言えばいいのに……アルトリウスはその言葉を飲んで目を閉じると、眉間を揉みながら今度はネロに話を振った。
「よし、ではネロ。」
「はい」
神妙なネロにアルトリウスは半ば身を乗り出すようにして言い聞かせる。
「もしかしたらリュウイチ様は今回のようなお遊びがお好きなのかもしれん。
相手は《レアル》から来られた降臨者様だ。我々の常識でははかり知れんこともあるだろう。
今後、リュウイチ様の好みを探る意味でも、よくよく注意するように。」
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