第796話 説得
統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『
「叛乱を起こした
そのことには私も疑念は抱きません。
現地を守る
ですが、ダイアウルフを駆る
仮に一個
どうやらフローリアの不安を
フローリアの言い分には確かに一理ある。最速の通信手段をもってしても一か月はかかる辺境の情勢が今現在どうなっているかなど分かりようがない。軍隊が叛乱を起こしたのは確かなようですが弱小部隊だしもう鎮圧されてるだろうから現地は大丈夫でしょう……なんて言われて現地へ旅行に行こうなどと言う者は救いようのない阿呆だけである。
いかがかしら?……言葉にはしないがマメルクスへ向けられたフローリアの視線はそう語っていた。マメルクスの対面に座って母の様子を見守るルードの目はいつの間にか冷めてしまっている。
しかし、《
マメルクスは頬杖でもつくように上体全体を右へ
「わかりました。」
マメルクスの発したその一言にルードとロックス・ネックビアードがハッと視線を向ける。ここで
「ではミルフ殿にはサウマンディウムまで行っていただくのはいかがでしょうか?」
「「サウマンディウム?」」
意外な提案にフローリアとルードが声をそろえて訊き返す。
「サウマンディウムはサウマンディア属州の州都です。
そこから先をどうするかは、伯爵の話を聞いてから決めればいい。」
単純な話だ。現地が危なければ安全な範囲で行けるところまで行って様子を確認すればよい。しかし百年ちかくムセイオンに籠って外へ出る機会がほとんどなかった彼らにとっては目から鱗が落ちるような提案だったようだ。フローリアは目を
「サ、サウマンディウムにまで叛乱の影響が及んでいることは!?」
「それはあり得ません。」
あくまでもルードを外に出したくないフローリアは重箱の隅でも
「何でそんなことが言えるのですか!
「
そしてアルビオンニアとサウマンディアを隔てるアルビオン海峡は世界有数の海の難所です。
マメルクスは背中を背もたれに預けた。先ほどまで余裕を見せていたフローリアとは精神的立ち位置が完全に逆転したようである。
「でも
ハン族が現地で操船技術を習得したのではありませんか!?」
「アルビオンニア属州へ
たしかに操船技術を身に着けるために訓練を重ねていたようですが、何年前だったか……海賊退治で海戦に参加したそうですが、まともに戦うことも出来ずに旗艦一隻を残して持ち船をすべて失っています。」
マメルクスがこうまで詳しいのは昨日報告を受けた時点で必要な資料を再確認していたこともあるが、アルビオンニアが帝国にとっての最前線地域であることと、アルトリウシアの領主がかつて帝国に敵対していたアヴァロンニア最有力貴族の末裔であることから元々ある程度注目していたこと、そしてハン支援軍が磨り潰す予定の傭兵部隊の中で最も順調に戦力を減らし続けていたことが理由であった。
「でも、実際に船で脱出しているでしょう!?
旗艦の……なんとかいう船の名前まで具体的に報告書には書かれていました。」
「旗艦『バランベル』号ですな。
以前、レーマの港に浮かんでいた図体のやたら大きいガレアス船ですよ。」
あくまでも言い
フローリアは現在『バランベル』号と名前を変えているガレアス船をかつて見たことがあった。当時は
「ヒトでさえ動かせずに持て余していた船です。あんな船をヒトよりも数段体力の劣るゴブリンなんかに動かせるわけないでしょう?
おそらく、現地で捕まえた捕虜に銃を突き付けて無理やり櫂を漕がせているのです。ですが、それではせいぜい辛うじて動かせるという程度で、まともに海戦を戦うことなどできるはずもありません。
ましてアルビオン海峡を渡るなど……ハッ、冗談にもならんでしょうな。」
最後はわざと派手に笑い飛ばして見せた。これ以上、フローリアが固執しないようにするために……見え透いたハッタリ同然の手法ではあったが、今のフローリアには
「なるほど、わかりました……」
その一言にルードの顔が再びパアッと明るくなり、口さえ開けて口角を吊り上げる。いつものポーカーフェイスしか見たことの無い者にとっては信じがたい表情だろう。それを見たロックスも思わず口元を手で覆って目を見開き、盛んにフローリアとルードの表情を見比べていた。
「いいでしょう。
ルーディにはひとまずサウマンディウムまで行ってもらいます。」
マメルクスはフローリアの視界の外でルードが小さくだが確かにガッツポーズをするのを見た。マメルクスの視線に気づいたのかフローリアが視線だけチラッとルードに向け、呆れと喜びとが混ざった複雑な表情を浮かべる。
「ですが陛下、昨日お約束してくださったとおり、ルーディには護衛を付けていただきます。それは、よろしいですね?」
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