第1345話 誰が悪い?
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
リュウイチは
それを克服するためには一人でも多くの魔力保持者が必要だ。精霊をコントロールできる聖貴族が何よりも求められている。だからこそ現時点で世界唯一の降臨者であるリュウイチに子を産ませようと貴族たちは躍起になっているのだ。
しかしリュウイチは子供を残す気はない。リュウイチはいずれ《レアル》へ帰らねばならぬ身……子供を作ればその子は確実に孤児になってしまう。捨てるつもりで子を残す親があろうか!? 高校生時代に思いもかけず事故で両親を同時に失ったリュウイチにとって、その答は一つしかありえなかったのだ。
だがここでリュキスカという存在が現れた。彼女の母乳を飲むことで彼女の息子は魔力を得た。それこそ精霊をコントロールするほどの強力な魔力をだ。言うまでも無く、これはリュウイチが子を残さなくてもリュキスカの母乳を飲ませることで、ヴァーチャリアで生まれた子供にも魔力を宿すことができる可能性があることを示している。
つまり……リュキスカが貴族たちの需要に応えれば
そう考えてみればリュウイチにとって悪い話ではなさそうな気がしてくる。リュキスカだって結構な収入を得られるだろう。ひょっとして三方が丸く納まる妙案なのではないだろうか?
……いやいや!
だからといって貴族たちが子供を諦めるわけがないじゃないか!
それはそれ、これはこれで両方求めるに決まってる。
リュウイチは頭を振って甘い考えを振り払った。だいたい人間というのは
「あの、兄さん?」
リュウイチの表情や仕草が気になったリュキスカが改めて伺う。それで我に返ったリュウイチは少し慌てた様子で答えた。
『ああっ! ……いや、何でも無いよ』
「やっぱりこの話、断ってこようか?」
『いや、さっきも言ったけどダメって言う理由は無いんだ。
ただちょっと、色々心配なだけで……』
リュウイチとしては内心で自分が楽になるかもしれないと期待したことを気恥しく思い、それを誤魔化すつもりで色々心配と言ったわけだが、リュキスカは当事者だけあってそこに食いついて来た。
「心配って、何が!?」
リュキスカから見ればリュウイチは客の一人ではあるが、同時に神か魔王にも等しい絶対者でもある。リュキスカからすれば不可解なほど遠慮深いリュウイチは貴族たちに遠慮して自ら自分に制約を課しているが、そう言ったものを気にしなければおそらくこの世で出来ぬことなど何もないと言えるほど全能に近い存在なはずだ。そんな人物が心配だと言っているのだから余程の事であるに違いない。しかもそれが自分が関わることだというのだから、気にならないわけは無いのだ。その勢いにリュウイチは思わず小さく仰け反る。
『いや、その……もちろん、リュキスカのオッパイを貰う赤ちゃん?』
「カロリーネ様?
なんかあるの!?」
『そりゃあ、だって……魔力酔いとか、するだろ?』
「う、うちの子は魔力酔いしなくなったよ!?
アタイだって瞑想毎日してるし!」
『それなんだけど……』
リュウイチは言いづらそうに頭をボリボリ掻いてから言った。
『多分、リュキスカのオッパイに魔力が混じらなくなったんじゃなくて、赤ちゃんの方が魔力に慣れちゃったんじゃないかって……』
「えっ!? ……でも、だってアタイ……
アタイの瞑想が無駄だったってことなのかい!?」
リュキスカからすればそう言うことだ。自分が慣れないなりに頑張って続けて来た努力が無駄だと言われて腹が立たない人間など居ないだろう。リュキスカのような性格なら声を荒げてしまうのも当然と言えた。リュウイチはその剣幕に降参でもするように両手を
『いや、まだ決まったわけじゃない。
私も子育てなんてしたことないし、その辺詳しくないんで分からないしね。
でも、現に君の赤ちゃんは魔力を持ってしまったわけだろ?』
それはつまりリュキスカの母乳には魔力が含まれていることの何よりの証だった。リュキスカは母乳に魔力が混ざらないよう、魔力制御の修行を積んではいたが、それは現実に母乳への魔力の混入を防ぎきるには至っていないのだ。だからこそ、リュキスカの子フェリキシムスは魔力を持つに至り、今では精霊に影響を及ぼすほどになってしまっている。
「それじゃやっぱり無駄だったって言ってるようなモンじゃないさ!!」
リュキスカはそう言うと身体を背もたれへ投げ出し、
『君の努力がどの程度成果を挙げていたかは分からない。
確かに努力が足らなかったのかもしれないし、努力の成果は出ているけど修行を始めるのが遅すぎただけなのかもしれない』
「何だいそれ、結局アタイが悪いってこっちゃないのかい?」
リュウイチが何を言いたいのか分からず、リュキスカは皮肉っぽくせせら笑った。
コッチが分からないと思って小難しい理屈なんか
だがリュキスカのその予想に反する言葉がリュウイチの口から洩れた。
『いや、もしかしたら私が悪いのかも……』
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