第520話 発見

統一歴九十九年五月七日、午前 - アルビオンニウム市街地/アルビオンニウム



「やっと、見つけた…さあ、出てこい!そこで何してる!?」


 突然背後から声をかけられ、エンテは身を凍らせた。


 誰だ!?

 何故!?

 どうして見つかった!?


「おい!聞こえなかったのか?

 出てこいって言ったぞ!?」


 頭が混乱して身動きが取れないでいるうちに更に声がする。エンテはゆっくりと立ち上がり、そして恐る恐る振り向いた。そこにいたのはやや薄汚れてはいるがやたらと上等なフード付きマントを被った男だった。背はエンテより低いが態度は堂々としたもので、南蛮人のように白く整った顔立ちには自信に満ち溢れた不敵な笑みを浮かべている。膝丈のマントに隠れている部分は見えないが、すくなくとも剣などの武器を持っているようには見えない。


 一人なら…いっそ、ヤッちまうか!?

 コイツに弾が入っていれば…


 エンテが拾いあげたばかりの短小銃マスケトーナをギュッと握りしめ、ゴクリと唾を飲むと別の声が聞こえた。


「リー様!」


「おう、ファドか!?こっちだ!一人見つけたぞ!!」


 ファド!ファドだって!?


 新たな声がした方を見ると、確かに見覚えのある男がいた。黒づくめの襤褸ボロまとった細身の男。ペトミー・フーマンと共に『勇者団ブレーブス』の命令伝達役として何度かエンテの前にも姿を現わしたことがある、エンテたちにとって不吉の象徴ともいえる忌まわしい男だ。


 ああ、てことはコイツも『勇者団』か…

 ああなんてこった…見つかっちまった…


 エンテの顔から意欲が失われ、力が抜けていく。西山地ヴェストリヒバーグを越えてアルトリウシアへ逃れ、そこで人生をやり直す…その希望は脆くも崩れ去った。

 エンテも他の盗賊たちと同様、『勇者団』に力づくで傘下に入れられたクチだ。当然、その時には『勇者団』の戦闘力を目の当たりにしている。当時の仲間を殺されたのだ。他の盗賊を加える際にも、力が振るわれるのを見た。


 『勇者団』は盗賊を捕まえる時、手下にした盗賊たちを勢子せことして使って獲物を追い詰めさせ、逃げられないように取り囲んでおいて、降伏を呼びかける前に最低一人を殺す。そうして実力を見せつけ、反抗は無駄だと思い知らせる。降伏を呼びかけるのはその後だ。それで降伏しなければ更に殺す。それは獲物となった不幸な盗賊の意志を殺ぐのと同時に、勢子として周囲を取り囲む盗賊たちに対して、お前たちも反抗すればこうなるぞと見せしめる意味もあってのことだった。

 だからエンテたちはだいたい二度か三度は『勇者団』が遊び半分に人を殺すのを見ている。それは常に一方的であり、圧倒的であり、そして呆気なかった。何が起こったのか分からないほど一瞬の出来事であることもあれば、相手が渾身の力をふるっているにもかかわらず、それが全くの無駄であることを示すかのようにわざとゆっくり殺すこともあった。ただ言えるのは、それを見せつけられた誰もが人間がああも簡単に一瞬で血シブキと肉塊に変わるものとは想像したことも無かったということだ。それくらい隔絶していた。


 多分、聖貴族の坊っちゃんなんだろう。

 盗賊俺たちの事なんか屁とも思ってねぇんだ。


 盗賊たちは反抗を諦めるしかなかった。そして、エンテもまたその一人だった。歯向かっても無駄だ。殺されるだけだ…それが骨髄にまで染み込んでいる。


「お見事です、リー様!

 この者、確かに一昨日夜の第一部隊にいた盗賊の一人です。」


「そうだろう!?

 俺にかかれば逃亡者を見つけるくらいわけないさ!

 街中だったら難しかっただろうが、ここには他に人はいないからな。

 誰かがいれば十中八九、逃亡者だ。」


 エンテを見つけたことを嬉々として誇るのはエドワード・スワッグ・リー…ヒト種の聖貴族で格闘系戦士だった。目立つような武器は使わないが、武器を兼ねた防具で身を固め、魔力で強化した肉体を駆使して格闘することを得意とする肉弾戦のエキスパートである。リーチの短さを補うために敵の気配を察知する鋭敏な知覚と、自身の気配を消して相手に接近する隠形おんぎょう術を鍛えている。その実力はファドにも決して引けを取らない。


「さあ早くこっちへ来い、逃亡の罪は重いぞ?

 見せしめのため、みんなの前で殺してやる。

 だが、安心しろ。俺は優しいから痛くないように一瞬で殺してやるからな。」


 ファドに向けられた笑顔はそのままに、スワッグはエンテに冷たい視線を浴びせる。エンテは顔色を急速に青ざめさせた。


「ま、待ってください!

 誤解です旦那方!!」


「誤解だと?」

「何が誤解だ、こんなところまで来ておいて…」


 スワッグとファドが無造作にエンテに向かって歩み寄り始める。覆面で顔を隠しているファドの表情はイマイチわからないが、スワッグの顔からは笑顔が消えていた。


 ヤバい!マジで殺される!!


「ホントです!逃げたんじゃない、ホラ!見て!見てください!!」


 エンテは腰を引きながら拾ったばかりの短小銃と雑囊ざつのう、そして自分が担いでいた短小銃二丁と弾丸の入った雑囊をそれぞれ両手に持って差し出した。


「ほらコレ!コレッ!!コレを拾っていたんです!!

 一昨日、ヤラれた連中が持ってた銃を、落として無くしちまった銃と弾を!!

 逃げたんじゃない!殺さないで!殺さないで旦那方!!」


 スワッグとファドの顔を交互に見ながらエンテが必死になって、膝を半分まで折って姿勢を低くしながら銃と雑囊を差し出すと、スワッグとファドはエンテのすぐ前あたりで歩みを止めた。


「ホントか?ウソをつくとためにならんぞ?」


「ホントです!ウソじゃないです!!

 ほらっ!ほらコレ、この通り!!」


 立ち止まったまま数秒考えた後にスワッグが言うと、エンテはその場に両膝を付き、両手で捧げた銃と雑囊を揺すってアピールする。すると今度はファドが珍しくクスっと笑い、見透かしたように言った。


「そいつは路銀ろぎんにするために拾っただけじゃないのか?」


 貴族に捨てられた奴隷女の子として産まれ、暗黒街で育ったファドにとっては盗賊のような小悪党の考えることを見抜くことなど容易たやすいことだ。エンテはファドの方に向き直り、必死で弁明する。


「ちっ、違いますよ!

 ア、アタシの銃は元の、野営地ラーガーに置いて来てあるんです。

 ホントですよ、帰れば分かります。

 逃げるんなら、そいつも持ってきますよ。」


 実際にエンテは自分に与えられた銃は盗賊団の野営地に置きっぱなしにしてあった。だがそれは、火打ち金フリンジが摩耗したのか、それとも火打石フリントの角度がずれたのかわからないが、一昨日使っているうちに火花が飛ばなくなって撃てなくなってしまったからだった。撃てない銃なんてお荷物にしかならない。

 そこでエンテは自分の銃を野営地に残し、弾薬だけを抜き取って一昨夜の戦場で死体を漁り、銃と弾と剣を拾いながら来たのだ。もちろん、拾った時に火花がちゃんと飛ぶかどうかは確認して…。


「何でわざわざ銃を拾って回ってる?」


「じゅ、銃はアタシらにとっても必要なんです。

 これからも、軍隊とドンパチやるんなら、アタシらの身を守るのは銃しかないんだ。なら、少しでも拾い集めて、増やした方が良いでしょう!?」


 ファドと顔を見合わせたスワッグはフンッと鼻を鳴らすと、目の前でひざまずく哀れな盗賊を見下ろして言った。


「ふむ、まあいいだろう。」


「コイツを信じるんですか、リー様?」


「信じるにしろ信じないにしろ、どのみち連れて帰るんだ。

 殺すなら他の仲間たちの目の前で見せしめにするんだ…ろ?…んっ?」


「「?」」


 話の途中で急にスワッグは注意を脇へ反らせた。西の方を見て急に黙りこくる。ファドとエンテはその様子に一瞬呆気にとられたようだったが、ファドの方はすぐにその理由に気付いたようだった。


「「隠れろ!」」

「えっ?!あっ!あの!?」


 ファドとスワッグはほぼ同時にエンテを突き飛ばすようにして、エンテがついさっきまで漁っていた死体が転がっている廃墟の物陰に潜り込んだ。


「なっ、何です!?」

「シッ!!」


 動揺するエンテをファドが黙らせ、スワッグはゆっくりと静かに顔を出して西の方の様子をうかがう。それに続いてファドが同じように顔を出し、ついでエンテも何事かと顔を出した。すると、かなり先の方でレーマ軍が行進しているのが見えた。南へ向かっている。


 あ、あんな遠くの気配に気づいたのか!?


 驚きよりも呆れてしまったエンテを差し置いてスワッグとファドが小声で話しを始める。


「ホブゴブリン軍だ」

「重装歩兵ですね…あの馬車…」


 行軍中のレーマ軍に加わっている馬車の一台から、彼らは魔力を感じ取った。それは彼らにとっては馴染みのある気配。


「気付いたか?」

「ハイ、あの気配はサンドウィッチ様です。

 指輪を外していらっしゃるようで…」

「多分、助けを求めてるんだ…俺たちに、分かりやすくするために…」

「どこかへ移送されるんでしょうか?」

「もうか!?

 俺たちと交渉するんじゃなかったのか!?」

「そのはずですが、まだわかりません。

 もしかしたら神殿が手狭だから宮殿の方へ移送するのかも…」


 スワッグとファドはこの会話を英語でしていたのでラテン語とドイツ語しか分からないエンテには二人が何を言っているのか分からなかった。だが、どうやら今目の前を通り過ぎていく軍隊のことを話しているらしいことだけは理解できた。


「あの軍隊…どうやらアルトリウシアへ帰るみたいですね。」


 神殿からあの軍隊がいなくなればこれ以上戦わなくて済む…そう考えたエンテが安堵してそう言うと、二人は驚いてエンテを見た。


「何で分かる!?」

「適当な事を言うとためにならんぞ!?」


 思わぬ二人の反応にビビりながらエンテは慌てて説明し始めた。


「いや、見てください!ほら、あの馬車…あれはスパルタカシウス家の馬車だ。

 ホラあれも、一番豪華な白い奴がスパルタカシア様がお乗りの馬車で、それに続いているのはスパルタカシウス家の御家来衆の馬車です。

 あれが南へ行くってことは、スパルタカシア様の御一行がアルトリウシアへ帰るって事ですよ。」


「間違いないか?」


「あの車列は毎月アルビオンニウムとアルトリウシアを往復するからアタシも何度か見たことあるんです。間違い無ぇですよ。」


 エンテの説明を聞いた二人の顔色が急に青ざめていった。

 ティフ・ブルーボールの目論見ではルクレティアを通じてレーマ軍と交渉し、捕虜となったメークミー・サンドウィッチを解放させることになっているはずだ。交渉を持ち掛けてきたのはレーマ軍側からだったし、こちらからの手紙にはメークミーの解放を求める要求が盛り込まれていた筈なのだ。それなのに、交渉が行われる前からメークミーが馬車で移動させられている…これはレーマ軍が『勇者団』と交渉する気が無いか、交渉する気はあったとしてもそれによってメークミーを解放する気は無いことを示している。


「まずいぞ!すぐに追いかけないと、間に合わなくなる!

 ファド!お前はすぐにブルーボール様へ報告しろ!」


 スワッグはすぐさまファドに命じた。


「分かりました、リー様は!?」


「俺はソイボーイ様に報告して、急いで盗賊どもをブルグトアドルフに先回りさせる。」

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