最初の日曜日

第136話 要塞施設の使用許可

統一歴九十九年四月十五日、朝 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア



「で、射撃練習場を使わせてほしいと?」


 ここはマニウス要塞の要塞司令部プリンキピア、その長たる要塞司令官プラエフェクトゥス・カストロルム執務室タブリヌムである。そこの主カトゥス・カッシウス・クラッススは呆れを隠さずに言った。


 昨日、クィントゥスがリュウイチから授かった宿はクィントゥスの予想を超えて大きな問題として扱われていた。

 最初、クィントゥスは直属の上司となったアルトリウスに直接相談を持ち掛けた。彼は大隊長ピルス・プリオルではあるが、率いる大隊コホルスはリュウイチ警護に専従する特命部隊であるため、命令系統は軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムを通さず軍団長レガトゥス・レギオニス直轄となっているからだ。

 昨夕、ティトゥス要塞での郷士ドゥーチェとの会合から戻ってきたアルトリウスはクィントゥスからリュウイチの宿について相談を受けることになった。


 降臨者リュウイチが自らの奴隷たちにミスリル製の武具を与えようとしているが、認めてよいか?


 これはかなり難しい問題である。

 奴隷は主人の持ち物なのだから、奴隷に主人が何を持たせようが外からとやかくいう筋合いのものではない。だが、その主人が降臨者で、与えようとしている物が聖遺物・・・それも強力かつ貴重な物となると問題が生じる。


 聖遺物は《レアル》の恩寵おんちょうそのものと言っていい。

 そして《レアル》の恩寵独占は大協約によって禁じられている。


 奴隷はであって、人間ではない。

 降臨者自身が奴隷に聖遺物を持たせる事自体は、持ち物と持ち物を組み合わせるだけの事に過ぎず、恩寵独占云々という問題は生じない。

 だが、彼らはいずれ解放される存在である。おそらく、三年程度の比較的短期間で解放されるだろう。

 もし奴隷が解放されたとしてその時に聖遺物を所有していたとしたら、それは恩寵独占になるのではないか?


 仮にそれが恩寵独占にならないとしたら、それを利用して聖遺物で装備を整えた軍勢を作り上げる事さえ可能になってしまうだろう。リュウイチがそれに協力するかどうかはともかく、その可能性が示された時点でアルトリウシアは諸外国やレーマ本国から危険視されるかもしれない。


 実を言うと、かつてレーマ帝国と戦った過去を持つアヴァロニウス氏族は一部のレーマ貴族から未だに危険視されているのだ。グナエウスの代になってようやく叙爵し安住の地を手に入れたというのに、ここで叛意を疑われるような事があればどのような扱いを受けるか分かったものではなかった。

 最悪、転封や領地召し上げということも考えられる。


 それにミスリル製の装備を与えられた奴隷たちがそれを奪われてしまう可能性もある。ミスリル製品に比べれば奴隷の命など比べ物にならない程安い。殺して奪おうとする者が出て来てもおかしくはない。

 奴隷が殺されるだけなら別に大した問題ではない。殺人事件などどこででも起こる事件だ。

 だが、世界ヴァーチャリアの宝とも呼ぶべき聖遺物が奪われた。それも強力な武具が奪われたとなれば大問題だ。

 奪った者がその装備によって強大な武力を有するようになれば、軍団レギオーを動員しても簡単には鎮圧できなくなるかもしれないのだ。

 また、奴隷自身がその武具を身に着けて犯罪行為に手を染めた場合、強力すぎる装備ゆえに鎮圧が難しくなることも考えられる。


 アルトリウスは領主貴族パトリキではあるが、それ以上に軍人だった。

 子爵家としての都合もあったが、それ以上に軍人として強力な武具の装備者が増える事の方を懸念した。

 だが、だからといってそれを禁じるのも躊躇ためらわれる。



 結局、クィントゥスがそうだったようにアルトリウスも自分で判断を下すことを避けた。

 まず、軍団幕僚たちを交えて協議を行った。

 幸い、防具の性能を実際に評価したいというリュウイチの意向もあることから、性能を評価した上で、それを装備した奴隷が軍団で対処不能なほど強化されてしまう恐れがあるのなら遠慮していただく事とした。


 そこで問題が生じた。

 確認するためには実際に短小銃マスケートゥム長小銃オーハザマで撃ってみる必要がある。

 当初は郊外の演習場を使うつもりだったが、そのためには立会たちあいを希望しているリュウイチを演習場まで連れて行かねばならない。だが、演習場はかなり開けていて一般見物客が自由に見学できるようになっている。しかも広いので周囲に兵士を配置して封鎖するのも現状では難しい。

 となると、要塞内の射撃練習場を使うしかない。

 そこで、今朝になって要塞司令に相談を持ち掛けたのだった。



閣下アルトリウス小官カトゥスはいささか凡庸ぼんようではありますが話を理解できない程愚か者ではありません。事の重要性は理解しているつもりです。

 一昨日は、小官もリュウイチ様に御目通りするえいよくさせていただいたことですしね。

 ですが、現状ではそれはお受けできません。」


 マニウス要塞は二つの軍団を駐屯させることを考え、区画を大きく二つに分けて東西対称に軍団用設備を配置し、その中間である中央地区に共用施設を配置してある。射撃練習場はその中央地区に存在していた。

 中央地区の共用施設には軍病院ウァレトゥディナリウム公衆浴場テルマエなどもあり、収容した避難民たちは自由に行き来している。

 現在、降臨者秘匿のために高級将校用宿舎プラエトーリウム周辺を通行止めにしている状況で射撃練習場周辺まで通行制限をかけると、要塞内の避難民の通行に著しい影響が生じる可能性が高い。

 しかも射撃練習場に隣接する兵舎から避難民を一時的とはいえ退去させねばならない。つい先日二千人も追い出した後なのだから空いてる兵舎が全く無いわけでは無い。だがそれらの空き兵舎にはアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの増援部隊を収容する予定であり、現在その準備作業の真っ最中でもあるのだ。


 少なくとも要塞司令カトゥスを始め要塞運営に関わるスタッフたちにとって、それは現実的とは言えなかった。

 ハン支援軍アウクシリア・ハン叛乱事件以来、その対応に忙殺されているカトゥスらにしてみれば、朝っぱらから何を言ってるんだと文句の一つも言いたくなるところだ。



司令カトゥス閣下、お待ちを。

 軍団長アルトリウス閣下、事情は理解したつもりですが、それはそれほど急がねばならない問題でしょうか?

 せめて半月ほどでもいただければ、要塞内の兵舎の移築作業が開始できます。その後でしたら収容避難民を順次追い出すことができますが?」


 要塞司令官付き事務官カッリグラプスのセウェルスが訊ねた。彼は以前からカトゥスに重用さいいように使われていたが、叛乱事件当日の対応が評価され副官のような扱いを受けている。現在では要塞内で収容している避難民の管理を担当し丸投げされていたため、降臨者リュウイチについても一昨日の時点でカトゥスから知らされていた。


アルトリウスも無理を言うつもりはないし、奴隷に武具を与えるのを待ってもらおうと思えば出来なくはないだろう。

 ただ、出来る事ならあまり待たせたくは無いのだ。

 今、降臨者リュウイチ様は事実上の軟禁状態にある。だが、それは降臨者リュウイチ様ご自身の御理解と御協力があってこそのものだ。我々に軟禁状態を強制するだけの実力は全くない。

 今のこの状況をなるべく維持するためには、降臨者リュウイチ様の不満となることはなるべく避ける必要があるのだ。」


「ゆえに、待たせたくない?」


 セウェルスはポーカーフェイスを保っているが、カトゥスは溜め息を吐いて額を掻きつつ、視線を床に落とす。

 まあ、前向きとは言い難い反応である。


「・・・表向きの理由はそうだ。」


 アルトリウスの言葉に二人はピクリと反応する。


「なるほど、では表向きではない理由も伺いましょうか?」


 セウェルスは背筋を伸ばしながらそう言ってアルトリウスに説明を促した。カトゥスの方は無言のまま薄っすら冷笑を浮かべ、まるで普通の人には見えないネズミが床を這っているのを観察するかのように視線を泳がせている。


ウァレリウス・サウマンディウスカエソー伯爵公子閣下とレムシウス・エブルヌスアントニウス卿が明後日にはお帰りになられる。

 分かっていると思うがお二人の真の目的はアルトリウシア支援ではなく、降臨者リュウイチ様についての報告を持ち帰る事だ。特にレムシウス・エブルヌスアントニウス卿は元老院議員セナートルとして、そのまま帝都レーマに報告を持って行くだろう。」


「つまり、降臨者リュウイチ様が奴隷にお与えになろうとした聖遺物の性能がどれほどのものか、お二人にお見せしたいわけですか?」


 セウェルスはアルトリウスの言わんとしている事を先読みし、なおかつ納得もしたようだ。対してカトゥスの方は大きく溜め息をついただけだった。この男は決して無能ではないはずだが、何かにつけて消極的であり態度もこんな風だから人気はまるでない。


「ですが、射撃練習場は使うだけならまだしも人払いまでとなると無理ですな。」


 あくまでも拒絶の態度を見せるカトゥスをセウェルスが制した。


「お待ちください、閣下カトゥス

 それでは軍団長アルトリウス閣下、人目に付かずに射撃が出来さえすれば、射撃練習場でなくても構いませんか?」


「なにか良い場所があるのか?」


小官セウェルスは空堀が使えると思います。」

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