第1324話 それぞれの祈り
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
あちゃ~……やっぱ
ホントは今朝も一人で
リュキスカはリュウイチ専属の娼婦として雇われ、一日に四デナリウス……つまり十六セステルティウスという破格の報酬を貰えることになっている。これは売れっ子娼婦の稼ぎの二倍、
そう言えば昨夜は騒がしかった……
レーマでは家族しか居ないのであれば全員で一緒に食事を摂るが、客人が居る場合は男女で別れて食事を摂る。普段、リュウイチはリュキスカもルクレティアも家族の一員のように扱ってくれており、食事の際はリュキスカもリュウイチと同席している。だが今日は礼拝のために侯爵家の一家と子爵家の一家が宿泊している。当然、食事は男女別々に摂ることになる。
オトのオッサン、さては寝ぼけてやがったね!?
オトはまだ二十五歳だからオッサンと呼ばれるほどの歳ではないが、しかしリュキスカのその予想は正しかった。オトもウッカリしていたのだ。シャンとしていたなら薄暗い
しかし、既に食堂へ足を踏み入れてしまった以上、後の祭りである。向こうもリュキスカに気づいてしまっているのだ。今更引き返せない。引き返せば何事かと思われてしまうことだろう。
「あら、リュキスカ様!
おはようございます。
もうお加減はよろしくて?」
リュキスカが固まってる間にエルネスティーネがスッと椅子から立ち上がってリュキスカに挨拶する。エルネスティーネの挨拶が終わらないうちにアンティスティアも、そして侯爵家の娘たちも椅子から立ち上がってリュキスカを迎える姿勢を整えた。これではもう引き返し様がない。
「え、ええ、ありがとうございます。
おかげさまで」
エルネスティーネの挨拶にリュキスカは我に返ると、ややぎこちない愛想笑いを浮かべて返事をした。
「大事な御身体ですもの。
御無理はなさらないで」
「いや、本当に今朝はもう調子がいいんです。
何か、今朝もすっきり気持ちよく目が覚めちゃって……
なんだかいい風が吹いてるみたい」
アンティスティアが続いてリュキスカを気遣うと、リュキスカは二人の貴婦人からの気遣いをどう受け取ったものか困ったように戸惑い半分に答える。リュキスカは別に彼女たちのことが嫌いなわけではない。が、やはり
今までも彼女らとは幾度か話も食事も一緒にしてはいるし、その都度さして大きな失敗をすることなくやり過ごしてはいたのだが、今思い返せばやはりその都度その都度、会話が本格的に始まる前はやはり緊張していたような気がする。今は体調を崩していることからも、少し気弱になっているのかもしれない。
「まあ、それならいいのだけれど、本当に御無理はなさらないで」
アンティスティアが重ねて気遣うと、エルネスティーネはリュキスカの横にスッと回り込み、リュキスカの背中に手を回して食卓へと
「では朝食に致しましょう。
もしも苦手なものがあったら遠慮なくおっしゃって」
「いや、アタイは苦手なモノなんて!」
「そうかもしれないけど、体調が崩れている時は普段大丈夫なものが食べられなくなったりするものよ?」
いや別に妊娠してるわけじゃないし……てか何でこの人たちアタイが体調悪いの知ってんの!?
リュキスカは背筋が寒くなるような不気味さを感じながらも断る術が見つからず、ぎこちない笑みをかすかに引きつらせながらエルネスティーネに促されるまま席に着いた。
「リュキスカ様、おはようございます!」
エルネスティーネの娘ディートリンデが元気に挨拶し、それにエルゼが続く。
「おはよ、ございます!」
元気な女の子に挨拶されてはリュキスカも悪い気はしない。エルネスティーネやアンティスティアに感じていた不気味さを一瞬で忘れ、リュキスカはニッコリ微笑みかえした。
「ああ、おはようございます御姫様方」
御姫様と言われたのがくすぐったいのか、ディートリンデははにかみ、エルゼは白い歯の覗く口をニーッと横に伸ばして微笑み返した。
「さぁさぁ、私たちも席に着きましょ!」
エルネスティーネがパンッと手を叩いて呼びかけると、貴婦人たちは各々自分の席に着き始めた。そこでリュキスカは貴婦人たちを差し置いて自分だけ先に椅子に座っていたことに気づき、思わず慌てかけるが今更どうしようもない。バツが悪そうに周囲の様子を見回すと、少女たちは席に着くや否や両手を合わせてお祈りのポーズを取り始める。それを見とどけるとエルネスティーネも同じようにお祈りのポーズをとり、気づけばキリスト者ではないはずのアンティスティアまでお祈りのポーズをとっていた。リュキスカも慌てて手を合わせる。そのリュキスカの耳にエルネスティーネの祈りの言葉が、反対側からはアンティスティアの祈りの言葉が聞こえ始めた。それぞれ別の神に祈りを捧げているようだ。
こういうのが面倒なんだよねぇ……
貴族ってのは真面目と言うか面倒と言うか……
お祈りをするポーズをとったままリュキスカは無言で貴婦人たちの様子を伺いつつ、祈りの時間が終わるのを待ちつづけた。
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