第1325話 マルクスの急用
統一歴九十九年五月十二日・朝 ‐
レーマ貴族の
しかし現地で生まれ育った者にはやはりそれは当たり前の光景らしく、アルトリウスなどは体格に相応しい
ルキウスは流石に歳のせいか、二人に比べて食は細いようだ。食卓に並ぶ料理を見る彼は口にこそ出さないものの、ヤレヤレと半ば呆れるような視線を食卓に走らせながら苦笑いを浮かべている。
だが、ルキウスが呆れた様子を見せるのも分からなくはない。ここの食卓はいつも朝から豪勢だが、今日は普段より料理一つ一つの量が多いように思えるからだ。最初の一皿を平らげたことでようやく落ち着きを取り戻したカールは改めて食卓を見回し、違和感の正体に気づいた。
「そういえばサウマンディアの御客人は今朝は一緒ではないんですか?」
カシャカシャと部屋中に鳴り響いていた食器鳴る音が急に静まり返る。昨日の酒宴はどうだったとか、あの時の誰それの話はどうとか、食べながら話していたルキウスたちの声も止まった。ちなみに食事中は音を立てず会話もせずに静寂を保つというテーブルマナーはレーマ帝国には無い。食事中でも構わずしゃべるし、食器を鳴らすのも平気だ。飲み物はズルズルと啜るし、ゲップも
とまれ、アルトリウスとルキウス、そしてリュウイチは手を止めカールに注目した。
「昨日は
前回来られた時のラクダ肉の御礼を言ってなかったので、今日は会えると楽しみにしてたんです」
大人たちの視線から何やら触れてはならないことに触れてしまったような気配を感じたカールが言い訳でもするように言うと、リュウイチが様子をうかがうように答えたが、同時にそれは便乗して質問しているようでもあった。
『マルクスさんは急用ができたとか聞きましたが?』
カールに続いてリュウイチの視線もルキウスとアルトリウスへと向けられた。ルキウスとアルトリウスは互いに見合い
無言の譲り合いの結果アルトリウスが答えることになったが、質問にすぐに答えられず不調法を晒してしまった気まずさも手伝ってか、その口調はどこか投槍になってしまう。
「あ~……はい、
「
カールが驚いてひっくり返った様な声をあげると、ルキウスがカールに言い聞かせるように補足する。
「
ルクレティア様といっしょにね」
ルキウスがカールに説明している陰でリュウイチは一人眉をあげ、シチューの中から肉の塊を掬いだして口に放り込んでいた。カエソーがグナエウス砦に来ていることはもちろん知っていたが、マルクスがグナエウス砦へ向かうことについてはリュウイチは知らされていなかったのだ。
あれ、てことは奴隷の返事は急がなくてよくなったのかな?
リュウイチが一人口の中で煮込まれ過ぎた肉が
「
閣下が来ているなんて知りませんでした。
これにはルキウスも苦笑いを浮かべ逡巡する。多分カエソーはアルトリウシアに来るだろう。ただ、アルビオンニア貴族たちからすればカエソーに今アルトリウシアに来てほしくはないという思いがある。できれば
答えあぐねたルキウスは「どうなんだ?」とアルトリウスに話を振った。
「まだ分かりませんね。
これから
いずれは来るでしょうが……」
口ではそう答えたものの、アルトリウスは高確率で来るだろうと予想していた。アルトリウスの何かを諦めたような口調はその予想を反映したものである。カエソーが来るかもしれないというのにどこか残念そうなアルトリウスの様子に、カールは怪訝な表情を見せた。
「
せっかく
閣下はアルビオンニアで何をしてるんですか?」
アルトリウスは思わずカールの背後に控えるミヒャエルをチラリと見た。ミヒャエルは思わず自分に至らないところを見抜かれたような気になってドギマギしてしまう。
貴族の子供に至らぬところがあればその家庭教師に責任を求められるのは致し方の無い事であろうが、家庭教師を拝命してまだ一週間も経ってないミヒャエルの影響がカールの言動に出てくるわけはない。となると、
アルビオンニウムやブルグトアドルフの戦のことを
でもあれは口外するなと言われているし……
ミヒャエルはカールが知っておくべきことを知らずに質問してきているのを咎められているのではと疑った。が、自身でも既に気づいているように
ミヒャエルはアルビオンニウムやブルグトアドルフで『勇者団』が引き起こした事件についてほぼタイムラグ無しで知ることが出来ていた。アルビオンニウムの戦に関して言えばリュウイチが中継してくれている場に立ち会い、遠いアルビオンニウムで軍勢がどのように動きどのように戦闘が推移していったかを居ながらに知るという得難い経験もしている。だが、そうして彼が得た情報は秘匿されることになった。
アルビオンニウムやブルグトアドルフで盗賊どもが暴れて被害が出ていることは既に世間には知られつつあることだが、アルビオンニウムやブルグトアドルフで起きた情報がアルトリウシアに届くにはそれなりの時間を要する。特に街道の途中にある
でもカールはリュウイチのことを知っているのだからいいのでは?
たしかに問題なさそうではある。だがまだ幼いカールがどこまで秘密を守れるかは未知数だった。カールは外部の人間と接する機会はほとんど無いが、しかし週に一度の日曜礼拝の際だけはティトゥス教会から出張してきてくれるマティアス司祭とその補助をする修道女たちと会う機会がある。教会の聖職者たちはリュウイチのことを知らないし、であれば遠隔地で起きている出来事を居ながらにして知る術について何も知らない。その彼らの前でカールがウッカリ口を滑らせては困ったことになる。カールは叔父のアロイス・キュッテルの影響で英雄譚が大好きで、戦談義などになると夢中になる傾向があるため、もしもアルビオンニウムやブルグトアドルフの話題に触れたりすれば、興奮して口を滑らせてしまう可能性が強く懸念されたのだ。そしてミヒャエルの見たところ、カールにも話を伏せるようにという指示は決して大げさな判断ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます