アルビオンニア変容
マニウス要塞入城
第88話 朝の目覚め
統一歴九十九年四月十一日、早朝 - ティトゥス要塞内子爵邸/アルトリウシア
目が覚めた時、部屋はまだ暗かった。
夜中に目が覚めてしまったかとも思ったが、天井付近の採光窓からは弱いが青白い光が差し込んでいる。
昨夜飲んだ酒のせいだろう、いきなりスッキリ目が覚めてしまった。二度寝しようかとも思ったが、こうもシャキッと意識が覚醒してしまうとそんな気にもなれない。
かなり
まるでザルのようにガバガバ飲めた。
ヘルマンニとサムエルの父子は大丈夫だろうか?
あの二人は足元がふら付くまで飲んでたはずだ。まあ、自分の脚で歩けてたし、家はすぐ近くだそうだから大丈夫だろう。
龍一は起き上がり、ベッドに座ったまま伸びをした。
酒を飲みすぎて胃が荒れまくってる朝、それまで寝転がってる状態から置きあがったことで胃液が流れ、それまで胃液に接していなかった荒れた胃壁に突然胃液が接した事で沸き起こる不快感から急激に吐き気を催した経験が龍一にも過去に何度かあった。
起き上がってからそういう気配がまるで無い事に改めて気づき、この身体スゲーなと変なところで感心してしまう。
ベッド脇の足元に置いてあった分厚いコルク底の上履きを履いて立ち上がり、身体を捻ったり曲げたり軽く体操してみるが、不快なところも
便利なもんだ・・・。
昨日の事なんか全部嘘なんじゃないか、夢でも見たんじゃないかと思いたくなってくるが、今こうして自分が立っている部屋は間違いなく昨夜ルキウスに案内された客間だった。
「夢じゃねぇんだなぁ・・・」
口に出してその現実を噛みしめる。そして昨日の出来事を思い出す。
目が覚めたら黒い甲冑着て変な部屋で砂まみれで寝てた。
目を閉じたら何かステータス画面とかメニュー画面みたいなのが見えて、適当に弄ったら《
実際、そいつの言う事を聞いてたら戦闘が起きそうになった。あんまりにも自然に戦闘が始まったんでてっきりチュートリアルの戦闘イベントかと思ったくらいだ。
だが、どう考えてもゲームじゃない。ゲームのような世界観に見えるが、臨場感というか没入感というか、とにかくあらゆる感覚がリアルすぎる。それにかなり広い範囲を歩き回ってるのに壁にぶち当たらない。これは自分の家でVRゲームやってこんなに歩いたら壁に当たるか階段から落ちる筈だ。
ゴブリンだと言う連中だって、どうもゲームやアニメで見知ってるゴブリンと違う。なんちゃら原人とかネアンデルタール人とか、そんな感じの見た目だ。
そしてその後現れたゴブリンの軍勢はヒトの女の子と一緒に行動してたし、古代ローマ軍っぽい軍装に、何故か鉄砲まで持ってた。
その後、なんやかやでアルトリウシアとかいう土地へ連れてこられた。
途中、戦闘に巻き込まれたようだったけど、船の乗員たちは可能な限り戦闘を避けようとしていた。
強靭な自制心と理性を兼ね備えてるんだろう。
だが、着いた先のアルトリウシアという土地は酷いありさまだった。
途中ですれ違った連中・・・ハン族とか言うらしい・・・が叛乱を起こしてテロしまくったらしい。
見渡す限り煙が上がっていて、帰港予定だった海軍基地はグチャグチャに破壊されまくっていた。
仕方なくセーヘイムとか言う別の港へ入港。主要メンバーが報告やら情報収集やらに行ってる間に、ヘルマンニとサムエルの父子に夕飯を御馳走してもらった。
内容は魚介四割、肉三割、クッキーやケーキみたいな粉モノが二割、果物が一割ってところだったかな?
野菜は脇役で他の料理にちょっと混ざっている程度で、あとは漬物が添えてあるぐらいだった。
酒はワインと黒ビールと
黒ビールはサムエルの奥さんが自分で醸造したという、昼食にも出されたやつだった。あと蜂蜜酒は初めて飲んだが、思ったほど甘くは無かった。ワインの方が甘かったくらいだ。てか、まるでシロップみたいに甘いワインがあってびっくりした。あと、何かブドウ以外の何かハーブみたいな変な匂いも気になった。
まあ、気になったのはそれくらいで、料理もお酒も十分美味しかった。
漬物はちょっと塩辛すぎの酸っぱすぎのような気はしたけど、これは日本の漬物の味に慣れすぎたせいだろうと思う。
健康志向で減塩化が進んだせいで、日本で売られている漬物はいずれも昔の本来の漬物に比べ塩味が薄い。本来保存のための漬物なのに、減塩しすぎて常温保存ができなくなってしまっている漬物のなんと多い事か・・・。
でも、それが分かっていたとしても、これがホントの味なんだとしても、やっぱり塩辛すぎると感じてしまうのは仕方ない。慣れというのはそういうものだ。
まあ、酒のつまみにはむしろ好都合だろう。
酒は何故かどれだけ飲んでも酔った気にならなかった。飲んでるのは確かに酒だし、アルコールも感じる。身体が暖かくなるような気もするし、気分が軽くなるような気持ちにもなるが、一向に酔っぱらってきたような酩酊感が無かった。
そのせいかヘルマンニもサムエルも
最初は遠慮していた二人もだんだん素直に飲むようになってくる。気づけば二人はかなり酔っぱらっていた。一応、ふら付きながらも自分の脚で歩けてたから大丈夫だろう・・・とは思うけど、調子に乗って飲ませすぎたかもしれない。
そのうちアルビオンニア侯爵夫人エルネスティーネとアルトリウシア子爵ルキウスという二人の領主が迎えに来た。
アルビオンニア侯爵とはこのアルビオン島全土が含まれるアルビオン属州全体を納める領主らしい。そしてアルトリウシア子爵とはアルビオンニア侯爵領の一部を治める。
元々は伯爵が属州の知事みたいな感じで、副知事みたいな地位で子爵があり、さらにその下に地方の首長として男爵という地位があったものが、世襲化し貴族化してしまったのだそうだ。
アルビオンニア属州は帝国でも新しい属州で帝国版図の外縁にあたるため辺境領という特別な扱いを受けていて、領主も伯爵より権限の強い侯爵位が与えられているのだそうだ。
侯爵の上は公爵があるが、これはレーマ皇帝の外戚にあたる。日本の天皇制で言うなら宮家、江戸幕府で言うなら御三家御三卿みたいなものだ。
さて、テントに入ってきた侯爵夫人と子爵・・・子爵はホブゴブリンと聞いていたので、護送してきた軍団兵たちと似たような見た目で、特に驚くようなことは無かった。
まあ、アルトリウスの養父で血縁上の叔父と聞いていたのに、毛色が全く違うのが一寸意外だったかな?
アルトリウスはコボルトの血を引いているそうだから、彼だけが特別なんだろう。
服装は生地の良さそうなチュニックにローブみたいなのを羽織ってるだけだったが、ローブは黒地に黄色い糸で刺繍を施した
意外だったのは侯爵夫人の方だった。ヒトだと聞いていたし、エルネスティーネ・フォン・アルビオンニアなんて名前だからてっきりドイツ系の白人女性かと思っていたのに違った。
人種的にどこの人と特定するのはちょっと難しいが、中東あたりに良く居そうな感じの女性だった。肌の色はまあ日本人が肌色と表現したがる範囲の色で、微妙に小麦色っぽく見えなくもない感じ。南欧あたりなら白人でもあんな肌になるだろうか?
半眼気味の半月型の目で、瞳の色は黒。目は大きいが瞳も大きいせいで、ギリギリ三白眼にならずに済んでるような感じでチョイたれ目気味。
鼻は鼻筋が通っていて形が良いが、
うーん、中東というよりインドあたりの女性かもしれない。真正面から見るとヒンドゥー教の女神像で描かれるような顔っぽいけど、横から見るとインド人にしちゃ鼻が高すぎる。ギリシャとかマケドニアとかあの辺の人みたいな鼻だ。
間違っても不美人という印象ではないのだが、この顔でエルネスティーネと言われてもピンと来ないかなぁ・・・いやいや、こんなこと言うと人種差別とか言われてしまうな。
髪の毛はボリューム豊かな黒。
身体つきは年相応にぽっちゃり目・・・ちなみに今年三十歳で四児の母だそうだ。
衣装は確かにドイツとかスイスとかあの辺の民族衣装っぽくはあったけど、貴族と言うよりは農民の女みたいなシンプルな服だった。
彼女の護衛や付き人たちは殆どが黒人かアラビア系っぽい褐色の肌をしていた。
領主二人はテントの外まで来るとヘルマンニを呼び出し、それからヘルマンニに紹介してもらう形でテントに入ってきた。
そして龍一の前で跪き、被り物を取って顔を見せると
それからポーションについて御礼を述べ、同時にやはり高価すぎるものはいただけないので一時的に預からせていただき、貰ったポーションの代わりに軍団が備蓄している物を放出する。そして、無くなってしまった備蓄の補充分が納入され次第順次返却したい旨説明を受けた。
まあ、どんな好意も押し付けたんじゃ迷惑にしかならないので、それで都合がよいならそうしてくださいと返事をし、それから今夜の宿への案内を受けた。
その後ヘルマンニ父子と別れ、馬車に乗せられてここへ連れてこられた。
ルキウス子爵の宿舎だそうで、中は大きく公的なエリアと私的なエリアに分かれていた。まあ、貴族様の家ならそういうものなのだろう。
人払いが徹底されているらしく、
意外だったのは土足厳禁なことで、公的エリアまでは普通に靴を履いたまま入っていけたのだが、公的エリアから私的エリアに入るところで履物を替えるように言われ、上履きとして分厚いコルク底のサンダルを渡された。
これが結構履き心地が良い。
案内された部屋には何故かルクレティアが先に来て待っていた。聞けばリュウイチの世話をするのだという。
それで部屋の中のあれこれについて説明を受けた。
一番驚いたのが便所だ。部屋の中にあるポータブルトイレ・・・いわゆるオマルにするのだが、し終わったら尻をルクレティアが拭くというのだ。
尻拭き用のコットンを見せながら「これで私が拭かせていただきます」と大真面目に言うルクレティアの説明に思わず耳を疑った。
「は!?」
さすがに驚かないわけがない。
「大丈夫です!私、父の世話もしてますから慣れてます!
高貴な方の身の回りのお世話は高貴な血筋の者の務め、必ずやご満足いただけるよう果たしてごらんに入れます!!」
彼女の父は一昨年の災害で大怪我を負って以来下半身が動かなくなっており、
彼女の決意と使命感は非常に固かったが、さすがにそれは自分でやるからと説得した。しかし、使用済みオマルの後片付けは彼女がやるらしい。
さすがに俺も女子高生にケツ拭かせる趣味は無いなぁ・・・うん、無いよ。無い無い。
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