第534話 《地の精霊》の警告
統一歴九十九年五月七日、夕 - ライムント街道/アルビオンニウム
『では、長らく留めてしまったようじゃの。
そろそろ、
ルクレティアよ、
アルビオン海峡を
「ルクレティア様!」
「
「ええ、大丈夫よ。問題ないわ。」
ルクレティアも立ち上がってホッと息をつくと、侍女のクロエリアや従兄弟のスカエウァが
「ルクレティア様!!」
「ああカウデクス殿、お騒がせしました。」
ルクレティアが身近にいた者たちと互いに安堵を共有していると、騒ぎを聞きつけて少し離れたところで跪いていた護衛隊長のセルウィウス・カウデクスがガシャガシャと軍装を鳴らしながら駆け寄った。
「いえ、
「はい、アルビオン海峡の精霊アルビオーネ様の
忘れもしない、セルウィウスもあの日あの時、アルビオン湾口で隣の船からアルビオーネの姿を見ており、その存在は知っていた。
「アルビオーネ様!?
海峡の精霊がこのようなところまでわざわざ、いったい何を!?」
「いえ、その…今日のヴァナディーズ先生の船旅の安全をお願いしていたのですが、サウマンディウムへ無事についたと
「「「「おおお~~~」」」」
ルクレティアが何でもないという風に微笑みながら言うと、周囲にいた者たちから一斉にどよめきが上がる。
アルビオン海峡…東西の大洋からそれぞれ、毎秒百六十~二百万トンもの海水が流れ込み、反対側へ抜けていくと推定され、その凄まじいエネルギーが集中している。毎秒数トン程度の水量しかない滝でさえ《水の精霊》が宿っているのだから、この莫大なエネルギーに精霊が宿らないわけがない。アルビオン海峡にも当然、強力な精霊は居るであろうと予想はされていたが、その存在は先月まで確認されたことは無かった。これまでに水属性に適性のある神官が幾度となく接触を試みたことがあったが、海峡に全体に漠然と強い魔力を感じることはできても、具体的に《水の精霊》の存在を確認することはできなかったのだ。
それがリュウイチが降臨して以来、状況が大きく変化している。今まで人間の相手なぞ全くしなかった《水の精霊》が突如姿を現わし、リュウイチに恭順の意を示したのみならず、ルクレティアの願いを聞き、おまけにその結果を使い魔を使って報告しに来たという。
それはリュウイチがいかに強大な力を持っているかを如実に示す一つの例であったし、同時にその
「わ、わざわざそれだけのことをお告げに参られたのですか?」
「いえ、他にも…そう、あの船は『
「『勇者団』から攻撃!?」
「ええ、どうやら湾口のあたりで…ですがアルビオーネ様がお守りくださり、『勇者団』はアルビオーネ様の御力により
その際、『勇者団』はアルビオーネ様に御無礼を働いたらしく、『勇者団』は海峡を渡らせないと申されました。」
「おおお~~…そ、それは…」
なんと言っていいか分からずセルウィウスは目を丸める。周囲で話を聞いている者も似たような反応を示していた。ルクレティアにそういわれても、実際に何が起こったのか想像することは難しい。
アルビオーネと『勇者団』の戦いとなえばおそらく魔法によるものだろう。だが彼らは魔法による戦闘というものを実際に見たことが無かったし、物語や演劇の中で触れたことがあるのみなのである。そして、物語や演劇といったものがどれだけ現実から
ゆえに、彼らの思考は停止せざるを得ない。何を言っていいか分からず、何をどう解釈すればいいかすらわからない。そのため、しばらくルクレティアを呆けたような目で無言のまま見、そして与えられた情報から彼らの常識で理解できる範囲で有効な要素を拾いあげ、現状に結び付けていく。
セルウィウスが顔をほころばせた。
「な、なるほど…
しかし、それならもう我らの旅の安全も約束されたようなものですな…」
「と、いいますと?」
セルウィウスの発言の意味がわからず、ルクレティアはキョトンとした顔で訊き返した。
「船が出たのは朝方…あの船はアルトリウシア艦隊で使っているような櫂船ではなく、帆船でした。アルビオン湾の中は風が弱いですから、帆船はどれだけ頑張っても湾から出るのに櫂船の倍以上の時間がかかります。
だとすれば、船が湾口に差し掛かったのはおそらく昼頃、そこでアルビオーネ様と『勇者団』が戦ったのなら、今頃はようやくアルビオンニウムへ戻ってきたくらいでしょう。つまり我々には追い付けません。」
「ああ!…では!?」
ルクレティアを始め、セルウィウスの説明を聞いた者たちの表情がパァっと明るくなる。セルウィウスは皆の反応に気を良くして続けた。
「はい、『勇者団』が我々がアルビオンニウムを出たことに気付いて慌てて追いかけたとしても早くて真夜中…闇夜の中では馬を走らせることもできんでしょうから実際には明日の朝方といったところでしょう。
ですが、アルビオーネ様との戦いで消耗しているのに、回復を待たずに追撃して即戦闘とは参りますまい。
そうなる前に我々はこの先でキュッテル閣下の
『いや、そうはなるまい』
突如、セルウィウスとセルウィウスの説明を聞いていた者たちの頭の中に直接、声が鳴り響く。そして、ルクレティアとセルウィウスの間くらいの所、ルクレティアの顔の高さぐらいのあたりに《
「ア、《地の精霊》様!?」
ルクレティアが驚きの声を上げると、ルクレティア以外の者たちが一斉に《地の精霊》に向けて頭を下げて跪く。
「《地の精霊》様、どうかされたのですか?
そうはならないとはいったい?」
ルクレティアの問いかけに《地の精霊》は南を指差した。 全員が一斉に《地の精霊》が指さした方へ視線を走らせる。
そこには既に夕闇で黒く染まりつつあるブルグトアドルフの街があった。その手前にはカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子率いる
彼らはルクレティアたちがアルビオーネが来たせいで停止していたのに気づくのが遅れ、しばらく前進しつづけていたためだいぶ距離が開いてしまっていた。
『この先の集落、賊が潜んでおる。
前を行く連中の半分ぐらいの勢力だが、武装を整え、待ち構えておるぞ。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます