第533話 襲撃計画

統一歴九十九年五月七日、夕 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 古代から近現代に至るまで、一貫して物流の中心を担い続けてきたのは海運であった。それは《レアル》であってもそうだし、このヴァーチャリア世界においても全く同じである。

 そして、現在のヴァーチャリア世界においても、そして鉄道が普及される以前の《レアル》世界においても、陸上での輸送を最も多く担っているのは、意外に思われる人もいるかもしれないが、やはり水運であった。河川や運河を利用した水運に優る輸送手段は存在しない。

 ここ、アルビオンニア属州においてもそれは同じで、アルビオン湾からシュバルツゼーブルグを経てズィルパーミナブルクに至るまで、本来であればライムント街道に沿うようにシュバルツァー川と呼ばれる一本の川が流れており、かつては物資輸送において重要な役割を担っていた。ライムント地方において軍や人の移動はライムント街道を利用するが、物資の輸送に関しては一貫してシュバルツァー川に依存している。

 しかし、やはり一昨年の火山災害によりシュバルツゼーブルグ以北のシュバルツァー側は流れ込んだ大量の土砂によって寸断されたままになっており、船舶が航行できない状態が続いている。おかげで土砂に埋まってしまった川からは水があふれ出し、河川沿いにあった家屋や農地の多くが今も水に浸かったまま放置されている。


 ブルグトアドルフの西側を北へ向かって流れるシュバルツァー川は周辺は、そういうわけでかつては船の往来が盛んだったものの、一昨年からずっと人気のない場所となっていた。河川敷ともなれば当然、ブルグトアドルフやライムント街道からも一段低くなっており、こちらが土手から頭を出さない限りライムント街道を進むレーマ軍から見つかる恐れはない。

 『勇者団ブレーブス』のサブリーダーであるスモル・ソイボーイはそこで待機していた。おかげでライムント街道の東側を南下しながらスモルを探してきたティフ・ブルーボールとペトミー・フーマンはブルグトアドルフを中心に時計回りにグルっと大きく回り込まねばならなかった。ブルグトアドルフ襲撃に都合の良い終結ポイントを上空から確認しつつ、超低空で飛行し続け、シュバルツァー川に降りて北上し始めたところでようやくスモルの姿を見つけ出したとき、もうペトミーは魔力欠乏寸前でヘトヘトになっていた。


「いた!いたぞペトミー!!」


「ああ…わかってる…くそっ、スモルの奴…なんでこんなところに…」


「大丈夫かペトミー!?」


 ペトミーの顔は真っ青になっており、冷たい汗で顔を濡らしている。ティフは本気でペトミーを案じた。


「ああ…降りるぞ…」


 こちらに気付き、両手を大きく振るスモルに向けて天馬ペガサスを走らせる…そう、もう地表スレスレの超低空飛行をする彼らの天馬は今やシュバルツァー川の川面を走っているかのようだった。


「スモル!!」


 そこにはスモルの他にスタフ・ヌーブがいるだけで、二人以外の姿は何処にも見えない。


「ティフ!遅かったな、何をしてたんだ!?

 てか、どうしたその格好!?」


 スモルは泥まみれのティフを見て驚いた。寒いのを我慢して飛んできただけあって二人とも既に濡れた服も身体も乾いてはいたが、ティフはアルビオーネの『水撃』ウォーター・ショットを食らいまくった時に身体中に着いた泥がそのまま残っていた。

 スモルに驚かれてティフはバツが悪そうに顔をしかめる。


「気にしないでくれ。それより他の連中はどうした?どこにいる?」


 河川敷に止まった天馬から降りながら、待ちきれないという様子でティフがスモルに尋ねると、スモルは駆け寄って答えた。


「デファーグとソファーキングは置いてきたままだ。

 まだ回復してないみたいだったからな。

 スワッグとエイー、それとナイスはブルグトアドルフの南の森で待機している。

 盗賊どもはもうブルグトアドルフの中だ。

 ペイトウィンとスマッグはどうしたんだ?

 あとファドも、ティフがここに来たって事はファドはティフんトコに行ったんだろ?」


「ああ、来たぞ。

 ペイトウィンとスマッグは多分今頃木こり小屋に戻った頃だ。

 ファドも一緒にな。」


 地上に降りたティフが振り返ってスモルの反問に答えると、スモルは目を丸くして慌てだす。


「何だって!?

 スマッグはともかくペイトウィンのことは戦力としてあてにしてたのに!!

 連れて来てくれなかったのか!?

 お…おい、大丈夫か!?」

「フーマン様!?」


 ティフとスモルが会話を始めて間もなく、ティフの後に天馬を降りたペトミーが天馬をと同時にフラッとよろけてその場に崩れ落ちる。それをスタフが咄嗟に受け止めた。


「ああ、大丈夫だ…ちょっと、魔力を使いすぎちまっただけだ…

 ちょっと寝かせてくれれば…すぐに治る…」


 一瞬気を失いかけたペトミーだったが、スタフの鎧の冷たく硬い感触で気を取り戻すと、弱々しい声で言った。


「スタフ、済まないがペトミーをどこか休めるところで寝かせてやってくれ。」


「分かりました、ブルーボール様。」


 石ころがゴロゴロ転がっているこの場よりは多少は寝転がるのに都合の良さそうな草地の方へスタフに運ばれて行くペトミーを見送りながらスモルは驚きを隠せない。


「どうしたんだ?

 何であんなに…」


「それについては後だ、それよりも状況はどうなってる!?」


 ティフの呼びかけに我に返ったスモルの方に向き直って説明を始める。


「ああ、昼前にスワッグとファドがメークミーを見つけたんだ。

 奴ら、手紙で何か交渉したいみたいな事を言っときながら、俺たちを油断させといてメークミーを余所へ連れていく腹だったのさ。

 それで急いで動ける奴全部を動員して、ここブルグトアドルフで奴らを待ち伏せて、メークミーを奪い返す準備を整えたんだ。」


「それはファドから聞いた。

 作戦はどうなってる!?」


 てっきり喜んでくれると期待していたスモルは意外にも厳しい表情を崩さず、それどころか詰問するような様子のティフにわずかに動揺し、数秒ほど目を泳がせたが「来てくれ」というと河川敷の土手を登り始めた。


「頭を出すなよ?

 奴らに見つかっちまう。」


 途中から姿勢を低くして這うように土手の斜面を登りきると、あとはライムント街道まで平坦な牧草地が広がっているばかりだ。土手から用心深く顔を覗かせると、ライムント街道上に松明たいまつを掲げたレーマ軍の行列が並んでいるのが見える。


「レーマ軍だな?」


 ティフが確認するとスタフは説明を始める。


「ああそうだ。前からサウマディア軍団レギオン、そしてホブゴブリン軍団レギオンの半分、その後ろにブルグトアドルフから逃げ出した住民どもと、その後ろにホブゴブリン軍団のもう半分だ。

 メークミーはサウマンディア軍団に囲まれた馬車の中にいる。

 例のスパルタカシアはホブゴブリン軍団に囲まれているあの白い馬車の中だ。これは奴らが休憩した時に確認したから間違いないぜ。

 今は馬車から降りて何かしてるみたいだがな。」


 見ると確かにホブゴブリン軍団は停止しており、白い馬車の周りに人が集まっているのだが、何故か全員がしゃがみ込んでいるようだった。松明で照らされているとはいえ暗いうえに距離がだいぶあるので何をしているのかよくわからない。


「何してるんだ?」


 ティフは強大すぎる精霊エレメンタルと立て続けにぶつかってしまった事から、ルクレティアが何か精霊との間で儀式でもしているのではないかといぶかしんだが、スモルの方は気にしていないようだ。あっけらかんとした様子でそのまま説明を続ける。


「さあな…それよりも、ティフたちが来るチョット前に急に止まって何か儀式みたいなのを始めた。そのせいでサウマンディア軍団とホブゴブリン軍団の間が開いている。コイツぁチャンスだぜ?」


 確かに、これからあの行列を攻撃することを考えれば今以上のチャンスはないだろう。行軍中の部隊が二つに分かれて距離が開いて締まっている。その間隙かんげきを突ければ、半分の戦力でも大打撃を与えられるのは疑いようがない。

 興奮を隠せない様子のスモルにティフは用心深く尋ねた。


「何をする気だ?」


 スモルはティフの顔を見据え、自信に満ちた顔で答えた。


「決まってる!

 先行するサウマンディア軍団がブルグトアドルフに入ったところで攻撃開始だ。」

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